3.出会い〈3〉
入学式から数日が経ち、クラスの雰囲気にも、学校生活にも慣れてきた
僕の通う
とはいえ、少子化の煽りを受け、今は普通の高校とほとんど変わらない。
正直自分はどこでもよかった。
将来なりたいものがあるわけでもなければ、高学歴を目指したいわけでもない。
ただ、母が推したから決めただけ。
それでも、今はここで良かったかなと思う。そこそこ厳しい校風ではあるが、堅苦しい感じはない。
部活には参加つもりは無かった。それでも、妹から音楽部に入るよう言われてからは、なんとなく音楽部に籍だけは置こうかと考えていた。
家の外で音楽に触れるのは、ずいぶん久しぶりのこと。緊張もある。不安もある。
それでも、音楽室へ向かう足取りは思ったより軽い。
先日の喫茶店での出会いがあってから、前向きに考えるようになった。話の種になればなんて考えていた。
音楽部は、吹奏楽・合唱・軽音楽(バンド)の3つのグループに分かれているようだ。かつては3つの部が存在したはずだが、今は一つの部として扱われている。
消去法で軽音楽のバンドに入ることにした。
バンドメンバーは、新入部員である同級生一人と、あとは先輩二人。
同級生の
もう一人のメンバーである
「よろしくな!タケ!」
蚊帳の外になる心配をよそに、勝手に呼び名を決められて、三人の輪の中へ引きずりこまれた。
フレンドリーな関係を築こうと、お互いをニックネームで呼び合おうということになった。
名字ですら呼んだことのない初対面の人たちを愛称で呼ぶという不思議な状況に流石に戸惑った。
慣れるまで名字で…とは提案したものの、そのままうやむやにされそうだと拒否され、最終的には「これは先輩命令だ」と冗談半分に言われ、仕方なく受け入れた。
「よろしくおねがいします!ツカさん、太郎さん、ハナさん」と精一杯、ニックネームで呼ぶように努力した。
「さんは付けなくていいぞ~。俺たちは同じバンドで活動する仲間だ。今日初めて会ったからって、遠慮はいらないからな!」とツカは注意した。
少々強引なツカをなだめてから、太郎は、慣れるまではさん付けでもいいと言ってくれた。
「それよりさ~早く音合わせしようぜ~。楽器どうする~?」とツカは何事も無かったかのように話題を変える。
「そうだね。さっそくだけど、タケは何がいい?」
太郎のその問いに一瞬迷った。
ピアノにすべきか、ギターにすべきか。だが、考えるまでもなく答えは口から出ていた。
「ギターができるので、ギターでお願いします」
「よしっ。じゃあ、ツカとタケがギター。ハナがドラムで僕がキーボードってことで」太郎が分担していく。
「さっそく、やろうぜ!」とツカは張り切って準備をし始めた。
とんとん拍子に話が進んでいくのは正直戸惑うが、向こうからぐいぐいと来てくれるのはありがたい。
簡単な譜面を持ってきて、何度も繰り返し演奏した。
一部分ずつ確認し、演奏していく。
最初はバラバラで何度も止まりながらだったが、徐々にそれぞれの演奏がひとつにまとまっていく。
改めて、誰かと音を奏でる楽しさを感じた。今まで一人でやってばかりだったことに改めて気づかされた。
音が重なり合い、厚みが増していく。その感覚が非常に心地よかった。
「タケ、結構いけるんだな!これなら初ライブに向けた練習が早くできそうだ!」
ツカは演奏するのが好きなようだ。
同じ世界の人間のはずなのに、違う世界を生きる人間かのように思えて、少しだけ距離を感じた。
初ライブは5月の中旬。地域のイベントに参加することが決まっていた。
いきなり人前で演奏することになるとは思っていなかった。
とりあえず、迷惑をかけることのないように、必死に練習していくのみだ。
それから数日経ち、雄太とスケジュールが合い、喫茶メロディに行くことになった。
「あ、いらっしゃい。世羅くんと西田くんだったよね?」
喫茶店に入った途端、大田さんに気づかれた。
「よかったら、ココどうぞ」と言って、前と同じ席に案内された。
「あの…この前は、ありがとうございました」
この間の奢ってもらったことに関して、お礼を言いそびれていた。
「別にいいのよ。私なりの挨拶だと思って。それより、二人は何か曲を聞いたりする?」
「まぁ、流行りの曲とかは聴きますけど…」と僕はあまり知らない風を装った。
本当はピアノを習っていた時に様々な曲を見聞きしている。その延長で、色々な曲を聴くことが習慣となっている。
「合唱曲なら任せてください!」と雄太は自慢げに答えた。
それに彼女が食いつくことはなく、話が続いた。
「アマガサっていうフォークユニットが居るんだけど、その人の音楽に影響を受けて自分の曲を書き始めたの。知らないよね…」
そう言って、ピアノを弾き始めた。
~心が凍えそうな時は 春の風を呼んで君のそばに~
彼女はピアノを弾きながら歌う、いわゆる弾き語りというやつ。
思ったよりも澄んだ歌声をしていた。
この前、聴いたメロディにどこか似ていた。
「その頃、自分で楽譜を作って弾くのにハマっててね。この曲に影響されて作った曲が、二人が絶賛してくれた曲なの」
そう言いながら、一部分を弾いてくれた。
何度聞いても良いメロディだった。
「えへへ、ちょっと恥ずかしい」
聴き入る僕らを見て、恥ずかしそうに言った。
「本当にいい曲ですよ」と僕はフォローした。
「ありがとう。でも……この曲、私は好きじゃないの…」
「そうなんですか?」
意外だった。この曲をもし自分が書いたとするならば、自慢して回るだろう。
「なんでかな…悲しい感じがするんだよね……」
確かに悲しそうな曲だ。
原曲はラブソング。それが、まるでカップルが別れたかのように、悲しそうな曲調になっている。
「そんなことないですって!最後は春が来てハッピーエンドじゃないですか」と、雄太が反論する。
「原曲はね…。私のは別物なんだよ…」
この曲を作った頃のことを思い出しながら語っているようだ。
「当時の心境とか状況にだって左右されるから……私の中ではっていう話ね」と付け加えるように言った。
「そうですか……」
そう相づちはしたものの、気まずい空気が流れた。
沈黙を作るまいと、彼女は声のトーンを上げて喋り始めた。
「それより、やけに音楽に敏感に反応するわね?ピアノは習い事だったの?」
過剰に反応しすぎた。普通の人を装うつもりだったのだが。
「え……あ、はい……。ちょっと特殊な教室だったので、ワンフレーズだけですけど、作曲をさせられてたんです……いろんなお題出されたりしてまして…」
「へぇ……そうなんだ…」
それを聞いた彼女は表情を変えた。しかし、すぐに明るい表情に戻し、話を続けた。
何か思い当たる節でもあるのだろうか?
「そうだ!君たち何かリクエストとかない?」と彼女は唐突に僕らに問いかける。
「リクエスト、ですか…?」
急に訊かれて返答に困る。それは雄太も同じだ。
「ごめん。いきなり言われても困るよね…こうやって、興味を持ってくれる人に出会うことあんまりないから、つい…」
「こちらこそ、すみません…思いつかなくて…」
申し訳なさそうにする彼女に戸惑い、僕も謝る。
「じゃあ……今度、また会うまでの宿題にしておこうかな?」
コロッと顔色を変えて、そんな言葉をかけられたため困惑した。
「えっ…あ、はい!」
「わ、わかりました!」
僕らは反射的に言葉を発した。
「じゃあ、マスターに珈琲を注文するみたいに言ってね」
満面の笑顔でリクエストの仕方を説明する。
「わかりました!」と真に受けていると、我慢できずにくすくすと笑って言った。
「…ふふふ、冗談よ。君たち気に入った!またいつでもおいで、リクエストとか抜きで普通に聴きに来てくれればいいから」
どうやら彼女に遊ばれていたようだ。
ピアノに向かう時の真剣な表情が嘘のようで、話をしてみると意外と明るい人だった。
彼女と仲良くなれたらという思いが芽生えた。
音楽を通じた仲間が、一人、また一人と増えてゆく。
不思議な感覚を覚えながらも、今は考えていても仕方ないと言い聞かせた。
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