かみきり
チョキ…。バサッ。
チョキチョキ…。バサッ。
いやあ。人間のお方とこうしてお話するのも久しぶりでさあ。
それにしても旦那。よくあっしが“かみきり”だとわかりましたね?
それによく此処“かみきり床屋”がわかりましたね。
あっしらのような妖怪が好きなんですかい?
っというか生粋の妖怪マニアかなにかですかい?
やっぱり!巷では何やら“妖怪ブーム”がきてるそうですなあ。
あっしのようなただ髪を切るだけの妖怪でも写メは欲しいですかい?嬉しいねえ。
チョキチョキ…。…バサッ。
すいやせんね。作業しながら話させてもらいますが、あっしに分かることだったらなんでも聞いてくだせえ。
あっしの趣味ですかい?勿論髪を切ることでさあ。人間の髪は久しく切っておりやせんが、ひょっとして旦那の髪を切らせてくれるんですかい?何?間に合ってる?なあに!遠慮するこたあございやせん。そうですかい?旦那もなかなか釣れませんなあ。
人間の髪はもうしばらく切っておりやせんぜ。
最近はもっぱら妖怪どもの毛ばかり刈ってまさあ。
妖怪の間じゃああっしのハサミ裁きは有名ですぜ!
おかげで毎日妖怪たちからの予約で一杯でさあ。
そこでほれ。すやすやと寝息を立ててる提灯小僧なんかは一ヶ月待っていただいて、先程ようやく髪を切り終えたとこでさあ。
余程嬉しかったんでしょうな。髪を切り終えてからしばらく鏡から離れやせんでしたぜ。
「ヤバい!わざわざ仙台から来た甲斐があった!今から激モテの気しかしねえ!」と酸漿(ほおずき)のような赤い顔を更に赤くして喜んでいやしたわ。
好きなことをして相手から喜んで貰えるなんかこれほど嬉しいこたあございませんぜ。
まあ自ら嫌いなことをしてる妖怪なんざ世の中何処を探してもいませんがね。
先程からジロジロ見ていらっしゃるがそんなにあっしが珍しいですかえ?
カッコ良すぎて見惚れてやしたか!え?違う?またまた!嘘はいけやせんぜ。
何かに似てる?確かにあっしは嘴(クチバシ)がありやすんで鳥に似てるといわれますが、なかなかどうして!愛嬌のある面してるでしょ?え?鳥は苦手だって?
じゃあペンギンはどうです?ペンギンは好きと。何?今思い出したが実は意外とオカメインコは好きだと。
オカメインコとあっしならどっちが可愛いですかい?なるほど。オカメインコと。
旦那即答ですな。結構心が傷つきやすぜ。
「両方の頰っぺを赤くまん丸に塗ったらよい。」ですとな。そしたら可愛くなりやすかね!
今よりはマシになると。…旦那、それ以上責められるとあっしのハートが壊れてしまいますぜ。
チョキチョキ…。…バサッ。
両手がハサミで困らないかって?あっしは困ったことなんかございやせんぜ。
24時間いつでも切ってたいですからねえ。“切る”ことがあっしの生命の源でさあ。
切ってて疲れないかって?疲れたこたあ一度もございやせん。
初めて人間の髪を切ったのはいつって?たしか人間の時代で言うところの“江戸時代”でしょうかね。
あまりの美しさに見惚れてしまいましてね。次の瞬間「切りたい」衝動に駆られましてね。
美しく結った女の髪を半分ほど頂戴したわけです。
不思議なもので、一度その感触を味わってしまうと「また切りたい。」という欲が生まれてきやしてね。次から次へと女の髪を切りやした。
男の髪は切らなかったのかって?あれは駄目だ。人間の女の髪の美しさには到底敵いやしません。
チョキチョキチョキ…。…バサッ。
その頃のあっしは何かに取り憑かれたかのように女の髪だけを狙って夜な夜な切りまくっていやした。妖怪なのに取り憑かれることもあるのかって?“美しい”と感じる感情があるんですから何かに取り憑かれても不思議はございやせん。そんな自分がたまらなく好きでさあ。
ただね。ある時を境に人間の髪を切らなくなりやした。
あれはたしか明治の初め頃のことなんですがね。あるお屋敷の共同便所の入り口で女が来るのを待っておりやした。勿論髪を切るためでさあ。そしたらしばらくしてそのお屋敷の召使いの女が現れやしてね。待ってましたとばかり、後ろから髪を頂戴したんでさあ。
そしたらその女、凄い悲鳴をあげながらお屋敷に転げるようにして戻ったかとおもうと、これは後に知ったことなんですがね。その女、隣のお屋敷まで走っていってそのお屋敷の中で狂ったように暴れると、そのまま気を失ったらしくて、これが新聞沙汰になりやしてね。あっしも少し反省したわけでさあ。
髪を切って喜んでくれるのは嬉しいんですが、髪を切ることで相手を傷つけてしまうことをお恥ずかしい話ですが、その時になって初めて知りやしてね。それから今日まで人間の髪は切っちゃあいません。勿論、相手に頼まれたらそりゃあ喜んでお切りしますぜ。
ただ人間にはわからぬよう、このような目立たぬような場所でひっそりと床屋をやらせてもらってますんでね。人間が此処に来たのは旦那が初めてでさあ。
「かみきり床屋来店記念」に髪を切っていかれては如何です?
何何?さっきも言ったけど間に合ってる?旦那ー釣れやせんねえ。
ところでヘアースタイルなんかは研究してるのかって?
そりゃあ最近の雑誌など読みながら日々勉強してやすぜ。
まあ9割方あっしのセンスでバッサリいきやすがね。
旦那何故少しホッとしたんです?気にするなって?そういわれると余計に気になるのが妖怪の性ってやつですぜ!何?面倒くさくなるからマジで忘れろと。まあ旦那の頼みなら仕方ございやせんね。
チョキチョキ…。…バサバサッ。
切ることの魅力を教えてくれですって?
旦那、それをあっしに語らせたら時間がいくらあっても足りやせんぜ。
まあ一つ挙げるなら“切ることによって繋がる喜びがある”ということですかね。
こうして妖怪の髪や毛を切ることで知り合いになったり、人間の髪を切ることであっしの存在が人間社会に知ってもらえたり、切ることで得られた喜びは沢山ございやす。
あっしは切り続けることでそれらの喜びをもっと感じていたいんでさあ。
よし出来やしたぜ!
そう言うとかみきりは得意げに“かみ”を広げて見せた。
そこにはかみきりと沢山の妖怪たち、そして沢山の人間がお互いに手を取り合い一つの大きな輪を作りその輪の中心に“絆”という文字を入れた見事な切り絵があった。
どうです?あっしのハサミ裁きもなかなかのもんでしょう?
この切り絵のように人間と妖怪がお互いに切っても切れない、切り捨てられない気持ちの繋がりをいつまでも持ち続けていきたいですなあ。あっしはいつもそれを望んでおりやす。
この絵は旦那に差し上げます。
なあに遠慮は要りやせん。あっしと旦那の友情の証でさあ。
勿論あっしは旦那だけじゃなく全ての人間と仲良くなりたいですぜ。
あっしに髪を切ってほしくなった時はいつでもお越しくださせえ。
此処“かみきり床屋”はいつでも旦那を歓迎いたしやすぜ!
どうかお気をつけてお帰りくだせえ。次また旦那にお会いできるのを楽しみにしておりやす!
ありがとうございやした!またのお越しをお待ちしておりやす。
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