2-1-5 セラエノ道中膝栗毛③ そしてこうなった
さてさてアリシア達を出し抜いて、キョウ達を追いかけるアンナ達四人組である。こちらも思惑通りに事が進んだ訳ではなかった。アビィを除く三人は、予想されていたにもかかわらず、最大の齟齬を解消する事が出来ないまま、出発の日を迎えてしまったのである。
その前兆としてキョウ達が出発する一日前、孤児院総出で出発準備にてんてこ舞いする中、最もその手腕を見込まれていた筈の最強の存在が、その能力を全て封印されてしまい、機能不全に陥るという事態が発生していた。
その図は一目にして瞭然である。
『アビィがアンナのスカートのウエスト部分を、中の下着込みでガッチリ掴んで離さない』
という説得力のある図式だった。
その為、アンナは期待された活躍が出来ず、忸怩たる思いを抱いていた。
そんなアビィの姿を見た孤児院の皆は、「これから大好きなマージお姉ちゃん達が旅に出るから、きっとアビィは寂しいのだろう。」と、アンナ込みで大目に見たのだった。そう、ラーズとウルの二人と、当のアンナを除いては……
ラーズとウルの二人は 、この事態に頭を抱える。
「やべェ、アビィの奴、絶対に感づいている。」
メガ・クトゥンの隠し部屋に気づかれた時、アンナの機転でその時は事なきを得たが、三人は危険な冒険に、まだ年端もいかないアビィは同行させないという事で意見は一致していた。マージョリー達が出発する前の準備中、三人それぞれ忙しく動き回り、なんとかアビィから距離を置き、隙を見て決行という思惑が、最初から力業で封じられてしまった。
アビィは何故かこういう事に対して妙に感が鋭い。
過去の事例に照らし合わせ、無理矢理アビィの意に沿わぬ行動を取ると、まず確実に絶対に100%大泣きをされ、収集がつかなくなってしまう。そんな事になったら、自分達の計画が露見して、何もかもがパーになってしまうかもしれない。三人は揃って心の中で頭を抱えた。
こうして三人は、メガ・クトゥンの出発前夜、こっそりアンナが先行して隠し部屋に忍び込み、次の日の夜更けに孤児院を抜け出すラーズとウルの手引きをする、という当初の作戦の大幅な修整を余儀なくされる。しかし、効果的な代案が何も浮かばないまま、遂にメガ・クトゥンは出発してしまった。背に腹は代えられない、三人は孤児院の皆が寝静まった頃合いに、こっそりと抜け出して後を追う事に決める、きっとその頃にはアビィも夢の中だろう。
三人の思惑通り、アンナに離れまいと気を張っていたアビィも、疲れたのかいつもより早く床について寝息をたて始めた。その様子に安堵した三人は、自分達も夜中の脱出行に備えて、早めに布団に入ったのだ。後は夜中のトイレに行くふりをして寝室を抜け出し、こっそり格納庫に行ってンガ・クトゥンに乗り込み、あらかじめナイアルラートとメガ・クトゥンの契約精霊『ブラックナイト』に残す様に頼んでおいた、誘導の
しかし、そう上手に問屋さんは卸してくれる筈もない。孤児院の皆が寝静まったのは、真夜中過ぎて丑三つ時も越えて、東の空が白む前の夜の闇が一番濃い時間帯、アンナに起こされたラーズとウルはベッドの下に隠していたカムフラージュの人形を布団の中に押し込むと、はやる心を抑えつつ、抜き足差し足で寝室を後にした。途中アビィのベッドを確認した三人は息を殺して外へ出ると、目的の格納庫に近づくにつれて抜き足差し足は駆け足となり、やがて全力疾走となる。息を弾ませて格納庫に駆け込み、隠していた道中の水と食料を両手に抱え、自分のンガ・クトゥンの前に来て腰を抜かした。彼らが目にしたものは、アンナのンガ・クトゥンのタンデムシートの上で、上機嫌であやとりをしながら自分達を待つアビィの姿だった。彼女もラーズ達と同じく、布団にカムフラージュの人形を仕込んで誤魔化していたのだ。事ここに至り一刻の猶予も無くなった三人は、やむなくアビィを同伴してキョウ達の元に向かったのである。
しかしこの事態は、三人には不本意ではあろうが、実は非常にラッキーなハプニングだった。何故ならば当初の計画通りに事が進むと、アンナがマージお姉ちゃん達を見送りに来ないという不自然な現象が発生して、そこから三人の計画が露呈する可能性が有り、失敗する確率の方が高かったのである。何はともあれ三人はアビィに救われた事実を知らず、しくじった感丸出しの表情で満天の星空の下を、先行するメガ・クトゥンの後を追うのであった。
一行が誘導の魔導気を辿って道を急ぐ途中、故障したやや小型のメガ・クトゥンを前に、憔悴した表情を浮かべている旅芸人の一座に出会った。ラーズとウルは無視して先を急ごうと主張したが、このまま放って行けば野盗に襲われるだろう、無視して行くことは出来ないとアンナが彼らに声をかける。
「どうしましたか? 」
アンナにそう声をかけられた旅芸人の一座のメンバーは皆一様に驚いた、集落を遠く離れた街道で子供に、それも女の子に声をかけられるとは夢にも思ってはいなかったのである。
「何かお困りですか? 」
再度アンナが声をかけると、予想外の出来事に声を失っていた一同が我にかえってざわめき出す、その中から一人、やや小柄ではあるが恰幅の良い男が歩み出て、アンナに丁寧に頭を下げた。
「これはこれはお嬢さん、親切にお声をかけて頂き有難う御座います。私達はサッチ&サベージという旅芸人一座で御座います、私は座長のロード・サッチと云います。実は私達のメガ・クトゥンが故障してしまい往生しているところなんです。」
「それはお困りでしょう、私に少し心得が有ります、よかったら見せて貰えますか?」
子供と侮らず、慇懃に答えた座長のサッチに好感を持ったアンナは、心から気の毒そうな表情で協力を申し出た。
「何と! あなたの様な娘さんに、機械魔導師の心得が有るとは!? 地獄に仏とはこの事です、是非お願いします。」
アンナの申し出に、まさかこんな少女がとサッチ座長は大いに驚いた。そして平身低頭でその申し出を受け入れた、先を急ぎたいラーズとウルの抗議の声を無視し、アンナは乞われるままに一座のメガ・クトゥンの前に立つ。
「何処が悪いの? 教えて。」
アンナはメガ・クトゥンのボディーに慈しむ様に両手をそえると、精霊の言葉に耳を傾けた。
ルルイエ世界では、機械も精霊魔術と切り離せない関係にある。元々機械文明は、精霊魔術を使えない者がそれを補うために発生した物で、魔導文明と補完関係にあったが、火油や精石といった高位魔導を簡単に凌駕するエネルギー源の発見と実用化により、一時精霊魔術を駆逐する勢いで発展していく。
こうして補完関係の崩れた両文明は次第に対立関係となり、やがて泥沼の滅魔亡機戦争に発展していった。この戦争を終わらせるべく立ち上がった三人の聖女、二人のマリアとマグダラが両陣営の最終決戦時に発動した『鍵魔法』は、決戦兵器の機神機甲とゴーレム兵にのみ働いたものでは無かった。三人の願いは対立ではなく相互理解と融和である、その願いを聞き届けたルルイエ世界の最高神クトゥルーは、全ての機械はそれと似た働きをする精霊との契約がなければ稼働しない様に世界を改変したのだ。それにより生まれたのが、機械魔導師である。機械魔導師とは、機械を稼働させるために精霊との契約を仲介する者で、機械設計、製作者たる
また、『深きものども』『
「そう、そことそこね、分かったわ。有難う、精霊さん。」
精霊の言葉を聞いて故障箇所を突き止めたアンナは、自分のンガ・クトゥンから補修テープを取り出すと、ラーズとウルにメガ・クトゥンを持ち上げる様に指示を出し、車体の下に潜り込む。そして小さな亀裂の入ったパイプを見つけ出すと、慣れた手つきでテープを巻き付け、呪文を唱えた。
補修を終えたアンナがメガ・クトゥンの下から這い出し、ラーズとウルに車体を下ろす様に指示を出す、そして一座の者に動かす様に声をかけた。アンナの指示に従い、一人の芸人が運転席に飛び乗り、メガ・クトゥンを動かすと、今まで動かなかったメガ・クトゥンが見事に動きだした。これを見た一座の者は歓声をあげ、口々にアンナを褒め称える。アンナはその歓声に少し照れながらも、サッチ座長に問題点を報告する。
「
「そうでしたか、有難うございます、是非そうさせて頂きます。」
「それと、動かなくなる前に、予兆の様な物はありませんでしたか? パワーが徐々に無くなるとか、足並みが乱れるとか? 」
「よく分かりますね、実は二三日前から……、それでアクセルを煽りながらここまで……」
ハンカチで汗を拭きながらサッチ座長が答えると、やっぱりと頷きながらアンナが話を続ける。
「やっぱり、そのせいで魔導タービンの軸受けがへたっています、それと魔導増幅機も焼け気味です。全体的に車体そのものがかなりくたびれています、差し出がましい様ですがこれを機会にオーバーホールなさる事か、買い替える事をお勧めします。」
「そんな事までお分かりになるとは、あなたは素晴らしい機械魔導師ですな。いや、恐れ入りました、いい加減古い機体ですからなぁ……。う~ん、しかし先立つ物が……」
「そうですか、差し出口を言って申し訳ありませんでした。では私達は先を急ぎますので、これで失礼します。」
先送りしてきた現実を突きつけられ、渋面を浮かべるサッチ座長に頭を下げ、アンナが立ち去ろうとすると、慌ててサッチ座長はアンナの手を取って引き止める。
「ああっ、お待ち下さい、窮地を救ってくれた恩人をこのまま帰すなんて、我が一座末代迄の恥になります。何もお構いできなくてお恥ずかしい限りですが、お食事を用意致します、どうか召し上がっていって下さい。」
すぐに出発して遅れを取り戻したいアンナではあったが、無下に断るのも失礼と思い申し出を受ける事に決めると、現金な事に助ける事を渋っていたラーズとウルが歓声をあげて喜んだ。
そうして一座に食事を振る舞われ、大道芸を披露された子供達は目を輝かせてこの一時を楽しんだ。
そんな子供達に、サッチ座長はにこやかな笑顔を浮かべながら、何故子供達だけでこんな所に居るのか? 親は心配しないのか尋ねると、それに対してラーズとウルが競う様に今までの経緯を話す。大好きなマージお姉ちゃんがキョウとマグダラの導きで、マリア病からルルイエ世界を救う旅に出た事、自分達はその力になる為に孤児院から家出して来た事、そしてマージョリーとキョウが凄く強くて、凄い精霊機甲とメガ・クトゥンを持っている事などを自慢気に話した。そんな彼等の話を、サッチ座長は目を細めながら聞いていた。
楽しい食事会も終わり、アンナ達と旅芸人一座は暫しの間名残を惜しむと、互いに「道中お気をつけて」と声を掛け合い別れの挨拶をすると、それぞれの目的地に向かって出発をしていった。アンナは予定が更に遅れた事を少し気に病んだが、困っている人を自分の力で助ける事ができた事で、深い充実感を感じていた。そしてこれならきっとマージお姉ちゃん達の足手まといにはならないと自信を深め、胸を踊らせながらンガ・クトゥンの操縦捍を握りしめ、足取りも軽やかに先行するマージョリー一行を追うのだった。
一方子供達を笑顔見送ったサッチ座長はその姿が遠くに消えると、浮かべる笑顔の質を180度変えていた。そして傍らの座員に目配せして呼び寄せると、何やら耳打ちをして指示を与えた。座長の指示を聞いた座員は、目を丸くして驚いた。
「マジですかい、座長!? おいらぁ気が進まねぇなぁ……。」
「馬鹿野郎! つべこべ言ってねぇで、言われた通りあとを着けてこい、ボンクラ!」
「へいへい、行ってきやすよ、行けばいいんでしょ、全く怒鳴らなくたって……」
気が進まない様子で、ぼやきながらンガ・クトゥンに乗り込む座員に、サッチ座長は苛立たしげに怒鳴り付ける。
「ブツクサ言ってねえでさっさと行きやがれ! いいか、ヘマしてガキ共に見つかるんじゃねぇぞ、良いな!」
「わぁってやすよ、座長。ほんじゃ、気が進まんけど行ってきやす。」
子供達のあとを着けて出発した座員の背中を見送りながら、サッチ座長はニヤリと下卑た笑顔を浮かべながらこう言った。
「ふへへへへ、俺にもツキが回って来たぜ。」
孤児院を家出してから三日目の夜、子供達は目的のキョウ達の乗るメガ・クトゥンに追いついた。逸る心を抑えつつ、アビィの首飾りの勾玉からナイアルラートを呼び出した。そして中の三人にバレない様に結界魔法を張って貰い、抜き足差し足で隠し扉から隠し部屋に忍び込み、ンガ・クトゥンを固定した。固定作業を終えると、子供達は各々のカプセルベッドの中に潜り込み、初めての大冒険の疲れから、泥のように眠るのだった。
疲れと緊張から解放された子供達が目を覚ましたのは翌日の昼過ぎだった、アンナのンガ・クトゥンに積み込んでいた食料で腹拵えをした四人は、これからどうやってキョウ兄ちゃんとマージお姉ちゃんの前に出るか、そして旅の同行を認めさせるかを話し合った。しかし、勢いでここまで来たものの、基本的にノープランだった彼等の知恵の泉は既に枯れ果てており、三人寄っても文珠の知恵とはいかなかった。結局話し合いで効果的な作戦を思い付けず、幸い水と食料を多めに持ち出ていた事から、最初の目的地のセラエノまでは息を潜めて隠れて過ごす事にしたのだった。
おいおい君たち、水と食料だけじゃ、それは無理じゃあないかなぁ……、肝心な物を忘れていないかい?
子供達の思惑は、翌朝目覚めと共に上がったマージョリーのけたたましい悲鳴と共に、敢えなく潰える事となった。そして隠し部屋から引き出されたアンナ、ウル、ラーズの三人は、マージョリーの前に正座させられる事となった。
子供達の計画が潰えた理由は、彼等が失念していた最重要懸念事項、トイレ問題であった。夜中のトイレに起きたアビィがカプセルから抜け出し、隠し部屋からトイレに行って用を足すと、寝ぼけまなこを擦りながらアンナのカプセルではなく、マージョリーのカプセルに潜り込んだのである。アビィはそのまま四日ぶりのマージお姉ちゃんのぬくもりを満喫して、朝までぐっすりと眠ったのだった。朝、二の腕に感じた重さと痺れの感触で目を覚ましたマージョリーは、何かしらと思って目を覚ますと同時にその原因を知り、目を見開いて驚いた。
「えぇええええええええええ! 」
「マージおねえちゃん、おはよう。」
「ア、ア、ア、ア、アビィ! どうしてここにいるの!? 」
悲鳴を上げたマージョリーは、大輪のひまわりの様な笑顔を浮かべて朝の挨拶をするアビィに叫ぶ様に質問をすると、彼女はご機嫌の笑顔で事の顛末を話した。程なくして隠し部屋からラーズ、ウル、そしてアンナが引き出され、マージョリーとキョウの前に正座する事に相成った。アリシアからの連絡で、子供達の家出を知っていたマージョリー達だったが、まさかこんなに用意周到だったとは予想をしてはいなかった。マージョリーがいつから計画を立てていたのかを問い質すと、アンナとウルはキョウに改装を命じられた時からだと答えた、そしてキョウも正座をさせる側からする側へと立場を変える事となる。子供達は必死に役に立って見せる、足手まといにはならないとマージョリーに訴えるが、マージョリーは渋面を浮かべてキョウを睨むだけだった。
そんな彼等に助け船を流したのはマグダラとイブン・ガジであった。二人は自分達が滅魔亡機戦争の折り、マリア騎士団に参加したのは今のアンナより少し年上だった事、当時もラーズ程度の子供が連絡員として参加していた故事を挙げ、危険の無い所での手伝いを認めてはどうかと提案した。しかし、危険の無い所という曖昧な線引きは出来ないとマージョリーは難色を示し、セラエノで迎えに来るノーデンスと共に帰る様に子供達に命じたのだった。
ガックリと項垂れる子供達に、今度は包み隠さずメガ・クトゥンの改装について説明する様にとキョウが求めると、これが最後のチャンスとばかり、一生懸命に説明した。キョウは子供達だけでジャンクの山から作り出した、アンナ用のンガ・クトゥンに目を見張り、外壁に設けられた隠し扉に唸り、そして操縦席に隠して装備された魔導クリスタル、輝くトラペゾヘドロンと契約精霊ブラックナイトの存在に感嘆した。そして子供達の心意気をただ頭ごなしに押し潰すのは愚策と考えていたキョウは、基本的にマージョリーの意見に賛成しつつもセラエノに到着するまでの間、テスト期間として子供達に手伝いをさせてはどうかと提案した。自分を想う子供達の心に内心痺れる程の喜びを感じ、本音は少しでもその気持ちに応えたいと思っていたマージョリーは、キョウの提示した落とし所に一も二もなく飛びついた。そして子供達が増長しない様に、わざとしかつめ顔でそれを許可したのだった。
そうして子供達が暫定的ではあるが、メガ・クトゥン内に自分の位置を確保した夜、事件は起こった。オートキャンプ変型をして、夜営の体制を整えていたマージョリー一行の元に、アンナが応急処置を施した、旅芸人一座のメガ・クトゥンが駆け込んで来たのである。
旅芸人一座のメガ・クトゥンが急制動の騒音と土煙を上げて、マージョリー一行のメガ・クトゥンの脇に寄せると、中からサッチ座長が止まるのももどかしいといった勢いで、立ち込める土煙もものともせずに転げ落ちる様に飛び出した。サッチ座長は血相を変えてマージョリー達のメガ・クトゥンに駆け寄ると、操縦席の扉を激しく叩きながら、大声でわめき始めた。監視カメラでその様子を確認したキョウとマージョリーは、彼らを追い剥ぎかその類いだろうと判断し、子供達をリビングに集めて合図が有るまでそこを動かない様に指示を出した。
リビングはキョウとマージョリーが共にメガ・クトゥンから出払った時、マグダラが戦闘等の管理、管制を行うCIC室を兼任しており、外部からの攻撃では、例えそれが
「夜遅くに何の用だ?」
キョウの問いかけに振り向いたサッチ座長は、気配も感じさせずに背後に忍び寄った二機のンガ・クトゥンの姿に肝を潰した。
「ひぇえええ、怪しい者じゃありません! 話しを聞いて下さい! 」
サッチ座長が腰を抜かしながら叫ぶと、マージョリーは自機が手にする鉄棍を彼の鼻先に突き付けて詰問する。
「こんな夜更けにやって来て、乱暴に見ず知らずのメガ・クトゥンの扉を叩いておいて、怪しくないとはよく言ったものね。どう怪しくないのか聞かせて貰おうじゃないの!? 」
キョウの静かな殺気とマージョリーの剣幕に蒼白となったサッチ座長は、膝から力が抜けて尻餅をつくと、アワアワと二人を見上げるだけで、何も喋る事が出来なかった。
その様子をリビング内の外部警戒モニターの画面越しに見ていたアンナが慌てて外に飛び出し、間に割って入った。
「待って、マージお姉ちゃん、キョウお兄ちゃん。」
突然のアンナの行動に、キョウとマージョリーは狐につままれた表情で、互いの顔を見合わせた。
アンナのとりなしで、リビングに通されたサッチ座長は、出された水を飲み干して人心地つくと、真剣な眼差しをキョウとマージョリーに向ける。
「大変です、この街道上で隊商が野盗の大軍に襲われています! 私達は何とか逃げ切りましたが、ここに奴等が来るのも時間の問題です! 早く逃げなさい! 」
サッチ座長の報告に、キョウとマージョリーが顔を見合わせる。
「キョウ!? 」
「ああ。サッチさん、野盗はどっちの方向にいる? 」
「はい、向こうです。」
サッチ座長が示した方向は、進行方向とは反対側であった。マージョリーは改めて子供達の無事に胸を撫で下ろし、子供達を抱き締めた。そして、真剣な眼差しでキョウを見つめる。
「キョウ!! 」
「ああ、行こう、マージ。」
「行くって……、どこへ……? 」
「ん? 野盗を退治に。」
まるで散歩に出かける様なキョウの口調に、サッチ座長は目を剥いた。
「そんな! お二人がお強いのはアンナちゃん達から聞いていますが、たった二人でなんて、死にに行くようなもんだ、奴等は精霊機甲も持っている。悪い事は言いません、一緒に逃げましょう。」
押し止めるサッチ座長に、キョウとマージョリーは笑って答える。
「すぐ戻るから、ここで寛いでいてくれ。」
「子供達を頼むわね。」
格納庫に向かう二人の背中を、おろおろしながら見つめるサッチ座長に、マグダラが蔑む様に声をかける。
「ちょっとアンタ、マージはともかく、私のマスターを誰だと思っているのよ。」
呆れた視線を向けるマグダラと、出撃した二人に、全幅の信頼を寄せるアンナの眼差しに、サッチ座長は力なくソファーに腰をおろした。
「アンナ、早速の出番よ、しっかりね。」
「はい、マグダラ先生。」
マグダラの檄に、アンナは緊張した面持ちで返事をすると、リビングをCICにモードチェンジし、モニター画面で格納庫内の様子を確認する。画面にはそれぞれの精霊機甲に乗り込むキョウとマージの姿があった、アンナは大きく深呼吸をすると、手早くコンソールを操作する。
「キョウお兄ちゃん、アザトースの拘束、外します。」
「了解。起きたか? アザトース。」
魔導拘束が外れ、キョウが声をかけると、アザトースの魔導炉が始動し、起動シーケンスを開始する。それをCICから確認したアンナは、次にマージョリーのリュミエールの魔導拘束を解除した。
「マージお姉ちゃん、リュミエールの拘束、外したよ。」
「オーケィ、アンナ。行くわよ、リュミエール。」
マージョリーの声に反応し、リュミエールが起動シーケンスを始める。格納庫は、二機の精霊機甲が排出する魔導気が満ちる。
「格納庫、ハッチ開きます」
アンナの操作で逆Tバー方式のハッチが開く。
「アザトース、行って来る。」
「リュミエール、出るわよ。」
二機の精霊機甲が魔導気を煌めかせて飛び立つその姿を、子供達は頼もしそうに見送るのだった。
サッチ座長が示した方向を暫く飛ぶと、キョウ達の目に野盗の群れが飛び込んで来た。説明通り精霊機甲を含む大軍で有るが、もう一方の隊商の姿が見当たらない。「妙だな」と思いつつも、キョウは速攻での解決を試みつつも、マージョリーの実戦訓練を施した。
「マージ、いい距離だ、超長距離魔導槍砲(ばんしん)の準備を。」
「ええっ、何で!? 」
マグダラ伴わずに出撃したため、近距離の格闘戦闘で片をつけるものだと思い込んでいたマージョリーは、驚いてキョウに聞き返す。
「早めに敵の数を減らしておけば、後の戦闘が楽になる。今戦闘のイニシアチブを握っているのはこっちだ、出来れば気づかれる前に片をつけたい。」
「簡単に言うわね、マグダラ居ないのよ。」
「今までの特訓の目的は何だっけ? 」
「ハイハイ、わっかりましたぁ~。」
マージョリーは不承不承、リュミエールに超長距離魔導槍砲『
「マージ、飛行したまま撃ってくれ。」
「えっ!? キョウ、今何て言ったの? 」
一段以上上がったハードルに、耳を疑いマージョリーは聞き返す。
「このまま撃つんだ、マージ。」
淡々と繰り返すキョウに、マージョリーは呆れながらもしぶしぶと、その言葉に従った。
「全く、撃てば良いんでしょう撃てば。どうなったって知らないわよ。」
マージョリーがトリガーを引くと、超長距離魔導槍砲『蕃神』が火を吹き、その反動を殺し切れずにリュミエールが空中で後方に回転した。不安定な弾道で飛んだ魔導弾は野盗の群れの脇を舐め、二三機を破壊しただけで、遥か彼方へ消えて行く。思わぬ事態に動揺し、野盗達は辺りを見回す、この野盗達はかなり戦い慣れている様で、至近の機体と臨時のペアを組み、互いの背中を守りながら警戒し、見る間に落ち着きを取り戻していった。
その一部始終を見届けたキョウは、あちゃーといった表情浮かべると、悲鳴を上げながら必死で機体を立て直すマージョリーに指示を出した。
「ダメだマージ、やり直し。」
「だからまだ一人じゃ無理だって……」
「マージ! 」
「ハイハイ。」
キョウに促され、マージョリーはもう一度トリガーを引くが、その結果はまた同じだった。呆れたキョウはマージョリーにアドバイスをする。
「マージ、いつでも全力で一生懸命なのは君の美点だけど、常にフルパワーで攻撃する事は無かろう。」
「だぁってぇ……」
手練れの野盗集団は、マージョリーの二射目を捌くと、素早く射点を特定し、あっという間にアザトースとリュミエールを取り囲む。接近戦闘に移行したため、マージョリーは超長距離魔導槍砲『蕃神』から近距離武装、紅蓮剣ヤマンソ、聖水剣ハイドラに兵装転換しようとしたが、キョウはそれを制止する。
「マージ、僕との一騎討ちで感じた、あの感覚を思い出すんだ。」
「……あの感覚……」
「手本を見せてやる、よく見ていろよ、マージ。」
アザトースの左右の肩部装甲がスライドした。
この戦闘を遠くから伺う目があった、サッチ座長に子供達の後をつける様にどやされた、あの座員の目だ。彼はアザトースとリュミエールが野盗達に取り囲まれた瞬間、もう勝負はついたと判断する。
「いくらすげえ精霊機甲を持ってても、あんなに下手くそじゃ……。あ~あ、囲まれてやんの、もうダメだなアレは。座長に報告だ。」
座員のンガ・クトゥンは、アンナ達の待つメガ・クトゥンに向かって走り出した。座員はメガ・クトゥンに転がり込むと、悲痛な表情でサッチ座長に報告する。
「座長! 大変だ! あの二人、
「何だって!! そいつは一大事だ、アンナちゃん、今すぐ逃げるんだ! 」
二人のやり取りを見て、マグダラの目が妖しく光る。
「ちょっと、そこのアンタ。」
「俺っちですかい? 」
不意にマグダラに声をかけられた座員は、間抜けな顔で返事をした。
「そう、アンタよ。マスター達が殺られたって、本当なの? 」
「……本当でさぁ、赤い精霊機甲がでっかい大砲を二回外して、その隙に囲まれてあっという間に。」
嬲る様な妖しい目付きと口調で聞いてきたマグダラに、一瞬呆気にとられた座員だったが、捲し立てる様な口調で答える。最後に自分の首筋に、手刀を当てて説明をした座員から視線を逸らせ、マグダラは一瞬顔をしかめる。
「全く、馬鹿マージ。ウル、ラーズ。」
一言マージョリーに文句を言ってから、マグダラは男の子二人に声をかける。
「はい、マグダラ師匠。」
「なーに、マグダラ姉ちゃん。」
「ちょっと二人で様子を見てきて。」
マグダラの指示に、二人の子供達が表情を明るくする。
「やったぁ!! 」
「行ってきます、マグダラ師匠! 」
小踊りして格納庫に駆け込み、それぞれのンガ・クトゥンに乗り込んで、勇んで外に飛び出し駆け出すと、
「坊ちゃん達、案内します。」
「ありがとう、おじさん。」
「お願いします。」
二人は座員に礼を言いながら、ンガ・クトゥンを巧みに操り、一座のメガ・クトゥンに飛び乗った。座員はそれを確認するとメガ・クトゥンを疾走させ、夜の闇の中に消えて行く。彼らを見送るマグダラとアンナの背後で、サッチ座長が人知れずほくそ笑んだ。
案内を買って出た座員の操るメガ・クトゥンの中で、ウルとラーズは違和感を感じていた。それは初めは小さいものであったが、次第に大きくなっていく。初めの小さな違和感は、時間が経つにつれて不安に成長していき、
「なあ、変じゃないか、ラーズ。」
「ウン、ウル兄ちゃんもそう思う? 」
互いに違和感を感じている事を確認し合ったウルとラーズは、お互いに頷き合うと視線を前方でメガ・クトゥンを操縦する座員の背中に向けた。
「まだ遠いんですか? 」
「ああ、まだかなりありやすぜ。」
ウルの質問に座員は答えるが、その声の質は若干ではあるが、先程自分達の所に駆け込んで報告した時の様な緊迫感が薄れていた。二人はその若干の違いを聞き取り、座員が本当は自分達をキョウ達の所に案内しているのではなく、どこか別の場所に連れて行こうとしている事に気がついた。
二人の感じていた違和感とは、キョウ達に向かっている筈のこのメガ・クトゥンが、徐々に目的地から離れて行く感じがしている事だった。二人は闇雲に飛び出して来たのでは無い、今までキョウやマグダラに鍛えられてきたお陰で前述の通り精霊と深く親和している、そのためアザトースやリュミエールを探し出す事は二人にとっては造作もない事である、そんな事は知る由もない座員はサッチ座長の指示に従って、二人を案内するふりをして安全地帯へと非難させていたのだ。座員の行動に不信感を覚えたウルとラーズは、メガ・クトゥンを降りて、自力でキョウ達の元に向かう事に決めた。
「おじさん、ありがとう、ここまでで良いです。」
「じゃーねー、バイバ~イ。」
二人がそう言い残してメガ・クトゥンから飛び降りると、座員は目を剥いて驚いた。
「何だって!? そんな事されたら、座長にどやされちまうぜ……。」
座員は青い顔で急ハンドルを切り、メガ・クトゥンを方向転換させて二人を追う。いい加減ガタがきて、寿命が近づいているメガ・クトゥンのあちこちが負荷に耐えかねる様に音を立てて軋む。
「うひゃー、持ってくれよー。」
座員はそう呟くと、機嫌を損ねて久しい動力系に鞭を入れ、強引にウルとラーズが操るンガ・クトゥンの前に出て、無理矢理その足を止めた。
「危ない! 」
「うわぁ! 」
ウルとラーズが巧みにンガ・クトゥンを操り、メガ・クトゥンを避ける。
「何するんですか!? 」
「危ないじゃないか! おじさん!! 」
抗議する子供達を無視して、座員はメガ・クトゥンの操縦席でペダルを踏んだり、魔導炉のスイッチを押したりしている。そして窓から半身を乗り出して車体を確認すると、煙を吐いている魔導炉を認めてガックリと肩を落した。
「こりゃどやされるだけじゃすまんかも、せめてガキども確保しとかないとマジいな……」
ぶつくさと小声でボヤく座員は、操縦席後ろの荷台に固定されているンガ・クトゥンに乗り移ると、寿命が尽きたメガ・クトゥンから飛び降り、ウルとラーズの前に立ち塞がる。
「いやぁー、坊ちゃん達、ここから先は通せないなぁー。」
座員は人の良い笑顔を浮かべ、揉み手でウルとラーズにおもねる様に話しかけた。
「何でだよ、おじさん。」
「俺達、早く師匠の所に行かないと! 」
「いやいや、あの二人はもうダメだし。危ない事をして後を追うより、安全な所に逃げて生命を繋ぐ方が、その師匠とやらも喜ぶんじゃないかなぁ?」
逸る子供達を何とか宥めすかそうと、座員は努めて丁寧な語り口で説得するが、選ぶ言葉を間違えた。キョウとマージョリーの実力を知らない座員は、二人の実力を熟知する子供達の疑念を更に深い物とした。
「キョウ兄ちゃんが、野盗なんかに負けるもんか! 」
「おじさん、僕達が師匠の所に行くと、何か拙い事でもあるの!? 」
「まさか、そんな訳無いって。俺っちは親切で……」
ウルの質問に座員は内心狼狽える、そして動揺を悟られまいと、わざとらしい笑顔を顔面に貼り付け、親切心を強調しようとしたが、その言葉は子供達に遮られる。
「怪しいなぁ。」
「本当に親切心ならありがとうございます。でも、僕達なら大丈夫です、そこを通して下さい。」
あくまでも押し通ろうとするウルとラーズに、座員は遂にキレてしまった。思い通りにならない子供達に業を煮やし、その本性を現す。
「このガキども、下手に出てりゃ良い気になりやがって! 子供は素直に大人の言う事を聞いてりゃ良いんだ!! おい、みんな出て来い、こうなりゃ力ずくだ!! 」
座員の合図で、数機のンガ・クトゥンが姿を現す。ウルとラーズは顔を引き締め辺りを見回す、皆知った顔だ、昨日一座のメガ・クトゥンで見た芸人達だった。彼等は手馴れた動きで二人のンガ・クトゥンを取り囲む。
「ラーズ、油断するなよ。」
「ウル兄ちゃんこそ、ドジ踏まないでよ。」
「生意気言うな、行くぞ! 」
「合点!! 」
ウルとラーズは立ち塞がる座員達のンガ・クトゥンを突破すべく、自機を操り踊りかかった。
ウルとラーズが、豹変した座員達と戦闘を始めた頃、メガ・クトゥンに残ったサッチ座長とアンナ達の間でも、ひと悶着が起こっていた。
「早くここを離れましょう、このままでは貴方達まで野盗の餌食になってしまう。」
「いいえ、ここは離れません、キョウお兄ちゃん達もラーズ達も、野盗なんかには絶対に負けません。」
「信じられない気持ちは分からないでもないが、たった今報告が有ったでしょう。意地を張っていては手遅れになる。」
「意地なんか張っていません、報告が間違っています。」
二人の押し問答は、ラーズ達が出発した後に、偵察に出ていたと称する座員の一人が、ラーズ達が野盗に襲われて全滅したとの報告を持ち込んでから始まっていた。
部下の座員の報告を聞いたサッチ座長は、青い顔でここから逃げる事を提案するが、マグダラもアンナも頑として首を縦に振らない、それは誤報だから動く必要は無いと頑なに主張していた。
らちの開かない問答が続き、サッチ座長はとうとう本性を剥き出しにした、善人の仮面をかなぐり捨て、下卑た口調で傍らのアビィを乱暴に抱き上げて、隠し持っていたナイフを突き付ける。
「おい、嬢ちゃん達、大人しく俺の言う事を聞け! じゃないと、このガキをコイツでブスりだぞ。」
サッチ座長の態度の豹変に、思わずアンナとマグダラは息を呑む。言葉を失った二人を見て、事は成ったと確信したサッチ座長は、勝ち誇った様に話し始める。
「やれやれ、面倒かけやがって、小娘共が。メガ・クトゥンを直して貰った礼に、せめて偉い貴族様にでも売ってやろうと思ってたのによ、このままじゃ野盗共に横取りされちまう。」
「そんな……」
「悪く思わねぇでくれよ、嬢ちゃん。今の世の中、お人好しが馬鹿を見るのさ。恨むんなら、自分のお人好し加減を恨むんだな。さぁ、とっとと出発するんだ。」
信じていたサッチ座長に裏切られ、動揺するアンナに、座長はメガ・クトゥンを操縦する様に命令した。
サッチ座長は、子供達と出会った時に、この計画を立てていた。アンナ達の話を聞くに、そのキョウ兄ちゃんとかマージお姉ちゃんとかいう奴らは、底抜けのお人好しらしい。このルルイエ世界では、そんな馬鹿な奴らは生きていけない、早死するのかおちだ。だったら俺達が生きる上での肥やしになって貰おうじゃないか。
そう算段をつけたサッチ座長は、近隣を根城とする、自分が顔の利く野盗達に、単独行のメガ・クトゥンの情報を流した。そしてキョウ達のメガ・クトゥンを訪ね、一芝居打ったのである。
キョウ達の始末を野盗達に任せ、アンナとアビィを攫って権利者有力者に売り、メガ・クトゥンを奪い、ラーズとウルを騙して一座の芸人に仕込む。
そんな青写真を描いていたサッチ座長だったが、そうそう上手く事が運ぶ訳が無い。何しろ彼が目をつけたターゲットは、確かに筋金入りのお人好しだが、並のお人好しではない。彼が都合良く描いた筋書きは、実は初めから破綻していたのである。まぁそれでも、善意の第三者として皆から感謝される未来図も有るには有ったのだが、それは
アザトースの左右の肩部装甲がスライドすると、魔導穿孔砲クトーニアンの砲口が現れた。鈍く輝きを放つその迫力に、マージョリーは一瞬心を奪われる。
「マージ、僕が一番最初に、君に教えた事を憶えているかい? 」
キョウの言葉に、マージョリーは我に返ると、一騎打ちの時に諭された言葉を答える。
「どんなに強大な魔力を持っているからといって、考え無しで常に全力で振り回していては、魔力と機体の制御が雑になって隙が生まれる……だったかしら? 」
「一語一句同じとは言わないが、まぁそんな所だね。」
愛弟子の回答に一応の満足をしたキョウは頷く、そして先程行ったマージョリーの攻撃にダメ出しをする。
「そこ迄分かっていたら、何でさっきはフルパワーで蕃神をぶちかましたのかな? 」
「だぁってぇ~、
苦笑混じりに質問の形でダメ出しをしたキョウに、マージョリーは口を尖らせて反論した。
「違うよ、状況に応じて使い方を変えなきゃ。それでこそあの一騎打ちで君が掴んだ事が活きるんだ。君が掴んだ事は何だっけ? 」
マージョリーの反論をバッサリ切った後、キョウはフォローしつつ、マージョリーを正解に導いて行く。
「心を静かに、そして熱く。闘志は細く、鋭く、深く。繰り出す軌道は最短距離、リュミエールが無理無く、最速で最大の力を発揮出来る軌道……。」
「うん、そうだね。では『最速で最大の力を発揮』に、『状況に応じて使い方を変える』を加味するとどうなる? 」
「????? 分かんない。」
テヘペロと舌を出すマージョリーに、キョウは苦笑する。今ここにマグダラが居たら、さぞや賑やかな事になっただろうな、という思いが頭に涌いたキョウだったが、それを引っ込めて講義を続ける。
「最適で最良の効果を発揮する、となる。つまりこういう事だ。」
そう言ってキョウは砲口の前方に拘束魔導を込めた魔法陣を展開、両肩の
一瞬で拘束され、地面に繋ぎ止められた野盗達の精霊機甲を眼下に、マージョリーはキョウの高い空間把握能力と、魔力の精密制御能力に舌を巻く。
「君の蕃神で、絶対零度の弾丸を精密狙撃すれば、同じ事をもっと楽に出来たんだよ、マージ。」
「私にも、同じ事が出来る……」
「じゃあマージ、仕上げを頼むよ。」
「オッケー、叩き潰……」
「さない! 」
仕上げと聞いて、即殲滅と合点したマージョリーに、キョウはストップをかける。
「マージ、今の話の流れでどうしたら『叩き潰す』方向に流れるのかな? 」
「どうしてダメなのよ〜? 野盗なんだから叩き潰したっていいじゃない。」
「これは潰さずに制圧する実戦訓練。はい、蕃神を構える。」
合点がいかないまま、マージョリーはキョウの言われるままに蕃神を構える。
「そしたら重力弾を撃ち込んで、重力結界を張る。」
マージョリーはキョウの指示に従い、蕃神のトリガーを引いた。キョウは思惑通りに拘束した野盗達を重力結界で封じ込んだ事を確認すると、マージョリーに労いの言葉をかける。
「お疲れ、マージ。上出来だ。」
「何か消化不良……」
キョウの褒め言葉は嬉しいのだが、ここに至る一連の戦闘指示に釈然としないものを感じていたマージョリーは、複雑な表情を浮かべて一言呟いた。
「こんな面倒な事しないで、サクッと潰してしまえばいいのに。」
「何で? 」
不満げに言葉を吐き出すマージョリーに、キョウは更なる本心を引き出そうと短く質問をした。
「だってコイツらは私達のメガ・クトゥンを襲いに来た敵なのよ、叩き潰されて当然よ。」
「その理屈をそのまま用いると、ハスタァやノーデンス、それにマージ自身もこの世に居なくて当然という事になるが? 」
キョウの言葉にマージョリーはハッとした、今ではキョウ仲間付き合いしているこの面子は、それぞれ出会いにおいては敵対し、一度は刃を交わした間柄である。
「いいかいマージ、これからの戦いに臨むため、君には一人でも多くの仲間が必要になる。その相手は常に最初から賛同して仲間になってくれるとは限らない、初めは立場の違いで、掲げる正義の違う敵として出会うかも知れない。ただ敵対してきたからと言って、考え無しに叩き潰す戦いをするのは愚策だよ。」
マージョリーはキョウの言葉を胸に刻み込む、そして自分はキョウに仲間として求められていた事を改めて知り、胸を熱くした。上気した心を誤魔化すため、マージョリーはわざとらしく話題を変える。
「え、ええ、そうね、確かにキョウの言う通りだわ。うん、気をつけるわ、ありがとう。で、
「ああ、サッチ座長に任せてセラエノのギルドに引き渡すよ。」
「ええっ!? 何で!? 」
キョウの答えにマージョリーは目を剥いた、いくら悪目立ちしたくはないとはいえ、ギルドへの届け出はマージョリーが済ませれば、キョウが目立つ事は無い筈だ。いくら子供達が道中食事の世話となり、野盗の危険を報せてくれたとはいえ、彼等に賞金の三分の一を渡す義理は無い。アンナは彼等のメガ・クトゥンを応急とはいえ修理している訳だし、今危険を冒して野盗を撃退したのは自分達なのだ、礼を言われる事は有っても分け前をくれてやる必要など微塵も無い。マージョリーの疑問はもっともである、キョウは彼女の疑念に答えるべく口を開いた。
「確かにマージを言う通りなんだけど、少し引っかかるんだ。」
「引っかかる? 」
「ああ、彼等はいま一つ信用出来ないんだ、感だけどね。」
「確かに、私もなんか胡散臭いと思っていたの。」
「だから、煩わされる前に金を握らせて、満足して御退場願おうと思ってね。」
ならば、いくら実戦訓練とはいえ、この戦術を採用した事に合点がいく。たった二人でこの人数の野盗を『殲滅』では無く『制圧』した、という事実は、サッチ座長とやらが余程の馬鹿ではない限り、彼我の実力差を理解出来るだろう、そしてそれは彼等にとって大きな脅しとなる。
ふむふむ成程と頷くマージョリーに、やや緊張したキョウの声が届く。
「マージ、注意して。戦場音楽だ。」
キョウの示す方角から、小規模校ながら、戦闘しながら接近する勢力を確認したマージョリーは、気合いを入れ直して操縦桿を握り直す。マージョリーが集中すると、リュミエールのセンサーが反応する。接近するのは複数のンガ・クトゥン、そのうち後方の二機は、ラーズとウルのンガ・クトゥンだ、二人が何者かの集団を、追い散らす様に接近して来る。
キョウとマージョリーは、二人を支援して保護するために、愛機を飛翔させた。
「なんでこんなガキが、こんな腕を持ってやがんだよ。」
ラーズとウルを捕らえるつもりが、逆に圧倒されて潰走するハメに陥った座員は、誰に向けるとなく文句を吐き捨てる。子供と侮り、数で圧倒しようと襲い掛かった座員達は、想像を遥かに越えた技量を持つ二人の子供達が繰り出す、予想出来ない連携攻撃に翻弄され、糸屑程も反撃の隙も見い出す事叶わず、逃げの一手を打つ事のみを強いられていた。
「馬鹿野郎、畜生!! 」
「何だって俺がこんな目に!? 」
「おい、アレを見ろ! 」
口々に文句を言いながら、逃げ惑う座員達の一人が、前方から迫る二機の飛翔体に気が付いて指をさす。
「アイツら殺られたんじゃねぇのかよ!? おい、アッチはダメだ、コッチに逃げるぞ! 」
キョウ達が殺られたと報告した座員は、挟撃されるのを避ける為、横方向へ逃げ道を転換した。
ようやくキョウとマージョリーに合流出来たラーズとウルは、ンガ・クトゥンのコクピット内から身を乗り出し、アザトースとリュミエールに向って、ちぎれんばかりの勢いで手を振った。
「二人とも危ないじゃない、どうしてこんな所に居るの? 」
マージョリーの問いかけに、二人は今までの経緯を早口で報告する。
「きっと僕達のメガ・クトゥンも襲われてるよ!! 」
「アンナ達が危ない! 師匠、急いで!! 」
二人の報告を聞いたマージョリーは、厳しい眼差しでキョウを見つめる。
「道理で、居ない訳だ。」
輝くトラペゾヘドロンで出来た勾玉の首飾りを一撫でして、キョウは一言呟いた。アンナとアビィの安全を確信したキョウではあるが、それでもこの場面では力強く帰還の音頭を取る。
「よし、みんな急いで戻るぞ! 」
アザトースがウルの、リュミエールがラーズのンガ・クトゥンを抱え、アンナ達の待つメガ・クトゥンに向って飛翔を開始した。
それは図らずも座員達が逃げた方向と一致していた。
アビィを人質に取り、善人の仮面をかなぐり捨てたサッチ座長は、アンナに向ってこの場からの離脱を強要したその時、アビィの首飾りの勾玉から、黒い粒子の塊が弾丸の様な勢いで飛び出した。
「にゃーる、がしゃんなー!! 」
黒い粒子の塊は、サッチ座長の眼前でナイアルラートの姿となり、座長の顔面に回し蹴りを炸裂させた。その隙にアビィは、サッチ座長のナイフを持った腕に思い切り噛みついて、彼の拘束から逃れた。
「痛てててててっ! 何しやがんだ、ガキィ!! 」
サッチ座長がアビィを追うと、彼女の前にはナイアルラートが戦闘態勢をとって庇って居る。更にナイアルラートの後ろでは、不気味な粉体が魔導結界を張っていた。
「アビィちゃんを虐める悪漢め、この儂が許さんぞ!! 」
魔導結界を張るイブン・ガジが宣言する。彼の存在を知らないサッチ座長は、姿の見えない不気味な男の声に怯み、ターゲットをアンナに変えて飛びかかろうとしたが、メガ・クトゥンの契約精霊のブラックナイトが顕在化してそれを阻んだ。
「畜生、だったら! 」
サッチ座長はマグダラにターゲットを変えて飛びかかる、すると……
「うがぁっ! 」
確かにマグダラの腰にタックルを決めて、人質に取ったと思ったサッチ座長は、背中に強烈な痛みを感じて呻き声を上げた。左右を確認すると、いつの間にか彼は外に飛び出し、仰向けに地面に転がっていた。
思わず見上げた先に、捕まえた筈のマグダラが宙に浮いてこちらを見下ろしている。
「あら、ゴメンなさい。生憎私には実体が無いの。」
マグダラはそう言って妖しく微笑んだ。彼女はこれを狙って、ロックを外した扉の前に立っていたのだ。
「クソっ! 馬鹿にしやがって! 野郎共、出てこい! 」
描いていた思惑が外れ、ヤケになったサッチ座長は、痛みを堪えながら隠しておいたンガ・クトゥンに乗り込むと、周りに伏せておいた座員に声をかけた。すると、得物を手にしたンガ・クトゥンに乗った座員達が、ゾロゾロと姿を現した。
「こうなりゃ、娘の一人でも攫って行かないと、腹の虫が収まらねぇ! 野郎共、気合いを入れろ! 」
「「「「「へいっ! 」」」」」
座長の檄で、気合いを入れた座員達がメガ・クトゥンを襲う。その姿を認めたアンナは、素早く開いた扉を閉めてロックをかける。そしてアビィを抱き締めて耳元で優しく囁いた。
「お姉ちゃんが何とかするから安心してね、いい子で待っているのよ、アビィ。」
「ウン、アビィ、いいこにしてる。」
大輪のひまわりの様な笑顔で見上げるアビィを、アンナはもう一度抱き締めた。そして立ち上がると、真剣な眼差しをマグダラに向ける。
「マグダラ先生、私、行って来ます! 」
「アンナ、気をつけるのよ。」
「はい。」
アンナの言葉の中に、隠している恐怖を感じ取ったマグダラは、淡い光を放って実体化すると、優しく彼女を抱き締めた。
「大丈夫、いつも通りやれば良いのよ。怖いのは当たり前、恥ずかしくないのよ。怖さを素直に受け入れるの、そうすれば引き際が分かるわ。」
「はい、マグダラ先生。」
「いざとなったら、ナイアルラートもブラックナイトもいるわ。いい、いつも通りやれば大丈夫。」
「はい、行って来ます、マグダラ先生。」
意を決したアンナは、格納庫へと駆け出した。格納庫に入ると、彼女は自分専用のンガ・クトゥンの始動前チェックを手早く済ませた。そして、操縦席に乗り込むと、普段は淑やかなアンナが、両手で自分の頬を叩いて気合いを入れる。
「アンナ、行きます! 」
格納庫の後部ハッチから飛び出したアンナが見たのは、強固な魔導結界を前に攻めあぐねているサッチ座長と、座員の姿だった。
「お止めなさい、どうしてそんな事をするのですか!? 」
アンナが叫ぶ様に問いかける、するとサッチ座長は、飛んで火にいる夏の虫とばかりに、アンナのンガ・クトゥンに襲いかかる。
「野郎共! ガキが痺れて飛び出して来たぜ! 捕まえろ!! 」
「「「「へいっ! 」」」」
一斉に襲いかかる、一座のンガ・クトゥンを前に、アンナは冷静に自機の兵装を立ちあげる。彼女の素早い操作で、ンガ・クトゥンの肩部と腰部に、四門の大型火器が出現した。これはマグダラがキョウのATD-X心神Ⅱを解析した時に、M60A2バルカン砲を参考にして開発した魔導バルカン砲『ファロール』である。
彼女は一座のンガ・クトゥンをマルチロックすると、全砲門を開いて彼等を一瞬で吹き飛ばした。それも座員達のンガ・クトゥンの四肢を吹き飛ばすに止め、操縦席には全く損傷を与えず、死傷者を出さずに制圧したのだった。
アンナはンガ・クトゥンを飛翔させ、サッチ座長の四肢を破壊されたンガ・クトゥンの傍らに着地する。
「どうして、こんな酷い事をするんですか? 」
目に涙を浮かべて問い詰めるアンナの前から逃げようと、サッチ座長は必死で操縦桿に魔力を込めるが、手足を失ったンガ・クトゥンは彼の思いに反し、芋虫の様にうごめくだけだった。アンナのンガ・クトゥンは、そんなサッチ座長のンガ・クトゥンを抱え上げる。
「うわぁあああっ! 悪かった! すまん、謝るから助けてくれ! 」
アンナはサッチ座長の謝罪の叫びを無視して、ンガ・クトゥンを正座させると、機体の腿にあたる部分の上に、サッチ座長の乗るンガ・クトゥンをうつ伏せにして固定した。
「どうして、どうしてこんな酷い事が出来るんですか? 」
そうサッチ座長を問い詰めながら、アンナは機体を操作する。アンナの機体は彼女の思い通りに、右手マニュピレータを、固定したサッチ座長の機体に打ち下ろす。因みに打ち下ろされた部分は、サッチ座長の機体の臀部にあたる場所である。その衝撃がバックラッシュして、中のサッチ座長の臀部に衝撃を与えた。図らずも『お尻ペンペン』の形を示す二機のンガ・クトゥンに、敵味方問わずにその視線を奪われた。
「痛え! 悪かった! もう止めてくれ! 勘弁してくれ! 」
「悪い人! 悪い人! 悪い人! 」
大声で許しを乞うサッチ座長を無視して、アンナのお尻ペンペンは続く、そこへラーズとウル、そしてキョウとマージョリーから逃げていた座員達がやって来る。彼等はいきなり訳の分からない状況に直面して、一瞬呆気に取られて動きを止めた。
そんな彼等に、サッチ座長は怒鳴りつける様に指示を出す。
「お前ら! ボサっとしてないで、さっさと助けねぇか! 」
座長の怒号で我に返った座員達は、座長を助けるべく行動しようとした、しかし、その機先を制する様に発せられたアンナの言葉がそれを封じた。
「あなたのお母さんは、こんな事をさせる為に、あなたを産んだのですか!? 」
この言葉が、一座の者全ての心の琴線に触れた。
「あなた達は、お母さんに恥ずかしくないんですか!? 」
涙を流してお尻ペンペンを続けるアンナの姿に、サッチ座長を始め座員一同はそれぞれの母親の姿を見た。そして道を踏み外した己を恥じた。
「ゴメンよ、ゴメンよぉ、母ちゃん……」
サッチ座長がそう言って、人目をはばからずに号泣すると、それが皮切りとなって座員達も口々に今は亡き母親に懺悔して号泣した。
暫くして戻ったキョウ達が目にしたものは、すっかり心を入れ替えて、アンナに取りすがり号泣する一座の男達だった。
「という訳なのよ……、それ以来アイツらは『俺達はアンナ様の親衛隊だー』ってあの調子。」
「ははぁ、成程。」
説明を聞いたハスタァは、思わぬ出来事にどう答えて良いか分からずに、当たり障り無くそう言葉を発するしか無かった。
大勢の大人の男達に跪かれて困惑するアンナに、キョウが助け舟を流すべく、男達の背後から声をかける。
「それで、サッチ座長、何か分かった事が有るんだろう? 」
「はい、キョウ様、やはりセラエノは不味い事になっています。」
あの事件の後で、キョウ達は彼等を許す代わりに、セラエノの下世話な部分の情報を集める密偵として働く事を命じたのだった。
目的地セラエノを目前にして、サッチ座長の報告を受けたキョウ達は、オズ・ボーン枢機卿からの差し入れ『ツァトゥグアの生き血』の清涼感とは裏腹に、月夜の中渋面を浮かべるのだった。
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