2-1-4 セラエノ道中膝栗毛② どうしてこうなった……?

 ハスタァの疑問に、マージョリーが訥々と答え始めた。


 事の発端は、キョウがアンナとウルに、メガ・クトゥンの改装を命じた時まで遡る。


 二人はキョウからメガ・クトゥンの改装を任せると告げられた時、心の中で密かに小躍りした。

 アンナは操縦系と足周りの改装を担当すると宣言すると、これ幸いとウルは内装を担当すると宣言して、それぞれ作業に掛かった。

 作業開始当初、二人は必要最低限の連絡を取り合い、互いに不干渉の態度で作業を進める。

 アンナはどんな些細な事でも、理由をつけてメガ・クトゥンの操縦をしたがり、ウルはラーズを助手につけて、失敗した時の保険にと、やや多めの資材を発注した。


 そう、彼等は何とか自分も旅に同行出来ないかと、それぞれの方法でアプローチしていたのである。


 お互いに、バレたらキョウに告げ口されて水泡に帰すと思い込み、疑心暗鬼の牽制混じりの共同作業であった。疑心暗鬼は作業の連携に齟齬を生み、中弛みが生まれ、そのせいで進捗状況がやや遅れ気味であった。しかしながら、アンナにとっては、それが怪我の功名となる。彼女は中弛みとなった時間を利用し、絶対に足手まといにはならないと胸を叩ける程、操縦技術に磨きをかける事に成功していた。


 さて、となると、お次は同行する為の手段である。


 まともに頼んでも、危険と言われて断られ、改めて留守番を頼むと、きつく念を押されるのは火を見るより明らかである。アンナはどうやって潜り込むか、あれこれと思案しながら、ウル達の作業する倉庫に向かった。彼等の作業の進捗状況を確認する為と、自分の思惑がバレてはいないかを確認する為にである。倉庫の中に人がいる様子は無い、アンナはそのまま足を進め、ウル達の作業を確認する。作業台に無造作に置かれた計画書を手に、改装中のトレーラー部に入って行った。

 彼女はすぐに、計画書の図面と実物の間に違和感を感じる。リビングスペースと、プライベートのカプセルスペースが、微妙に狭いのだ。そして、操縦席後部と格納庫の間が、連結部であるという事を差し引いても、どうにも幅が有り過ぎるのだ。

 彼女は図面と見比べなければ、発見し得なかったであろう、その部分を確かめに向かうと、そこには外壁と壁の間に、それとは分からない巧妙に偽装された隠し扉と、ンガ・クトゥンが格納出来る幅の空間を発見する。

 何のためのスペースなのだろうと、訝しげに思う彼女の耳に、その奥から男の子の声がした。アンナは息を潜めて、耳を澄ませる。


「ウル兄ちゃん、ンガ・クトゥン固定用のフック、取り付け終わったよ。」

「ようし、これで次は僕達の為のカプセルを備え付けて完成だ!」

「これを知ったら、キョウ兄ちゃんもマージお姉ちゃんも、きっとびっくりするだろうな。」

「ああ、でもまだバレる訳にはいかないから、仕上げのカプセル設置は今夜、みんなが寝た後でこっそり作業するぞ。」

「合点。」


 会心のイタズラを決めた表情で、二人はハイタッチを交わした。


「聞いたわよ。」


 ラーズとウルは、ハイタッチを交わした姿勢のまま凍りついた。錆び付いて回転の悪くなったネジの様に、ギギギと首を動かし振り返ると、両手を腰に当てて身を乗り出し、自分達を見つめるアンナの姿を認めた。生憎逆光で、二人にアンナの表情を確認する事は出来なかった。


「いや、アンナ、違うんだ! これは……、なぁ、ラーズ……」

「うん、違うんだよ、アンナ姉ちゃん、ねぇ、ウル兄ちゃん……」


 二人は風前の灯となった完成目前の計画をどうにかして守るために、必死にアンナに言い訳しようとするが、全く予期せぬ突然の出来事に泡を食うだけで効果的な言い訳をする事が出来なかった。


「ふうん、外壁と内壁、各フロアの隔壁のサイズを微妙に誤魔化して余剰空間を作り出し、それを隠し部屋にして潜り込み、こっそり連れて行ってもらう計画だったのね。」


 アンナは気が動転して狼狽える二人を余所に、その計画に感心してそう感想を述べた。その口調が、余りに淡々としていたため、ラーズとウルは褒められているとは気がつかず、蒼白な表情でアンナの言葉を聞いていた。


 絶対にキョウ兄ちゃんに報告される。

 もう、おしまいだぁ。


 そう思い、二人はまるで死刑判決を聞いている被告人の様な面持ちでアンナの話しを聞いていた。

 しかし、続けて発せられたアンナの言葉に、まず驚き、次に呆気にとられ、そして狂喜した。


「二人とも、よく考えたわね。私も協力するわ、だからカプセルベッドは三つ用意してね。」


 逆転無罪を勝ち取ったラーズとウルは予備の材料を使い、超特急でアンナ用のカプセルベッドを作り上げた。互いの目的が一致している事を知った三人は、腹の探り合いや無意味な情報秘匿から解放され、共通の目的に向かい、一致団結して知恵を出し合った。

 その結果、若干遅れ気味だった改装作業の進捗状況が、一気に改善する事となる。

 時間に余裕の出来た三人は、作業を通じてそれぞれの知識を教え合う。アンナは二人からンガ・クトゥンの操縦を学び取る。既にメガ・クトゥンを乗りこなすアンナである、二人のレベルに追いつくまで、さしたる時間はかからなかった。ラーズとウルは、アンナから精霊機甲やンガ・クトゥンの整備術を学ぶ。今までは壊しても、修理は人任せだった二人は、この学習を通してンガ・クトゥンの仕組みを学び取り、その知識を操縦に活かして、更なる実力の向上に繋げた。ウルは整備や修理も簡単な物は一人でこなせる様になり、ラーズもアンナの助手は務まる程度になっていく。


 そうしてアンナのカプセルベッドが出来上がり、例の隠し部屋に取り付けようと、三人が夜更けにこっそり寝床を抜け出し、無事秘密裏に作業を終えてハイタッチを交わした瞬間である。


「わたしのおへやは?」


 不意に背後からかけられた声に、三人は心臓が口から飛び出る位に驚いた。かろうじて叫び声をあげる事だけは防ぐ事に成功した三人は、自分自身を褒めながら振り返る。


「ねぇ、アンナおねえちゃん、わたしのおへやは?」

「にゃる、がしゃんな?」


 そこには、アビィがナイアルラートと一緒に、ワクワク顔のキラキラの瞳で見上げる姿があった。


「そんなの無いよ。」


 ぶっきらぼうにラーズが答える。


「アビィはこの前マージお姉ちゃんと出掛けただろ、今度は留守番……」


 ラーズはラーズで、黙ってついていく事の危険性を理解している。大事な妹分のアビィを危ない目にあわせたくないラーズは、彼女から視線を逸らし、わざと意地悪な口調でそう言葉を続けた。しかしながら、彼の内心を知る術の無いアビィは、その言葉が終わらないうちに顔を歪めて、みるみるうちに瞳に大粒の涙を浮かべていく。

 視線をアビィに戻して、アビィのその姿を認めたラーズは、瞬時に自分自身の失敗を悟り、蒼白になった。そう、今はいつもの調子で泣かせてはダメなのだ!


「バカ!! ラーズ……」


 そうウルはラーズを叱責したが、実の妹を持つ彼とて、アビィの大泣きを止める効果的な手段を持たない。

 狼狽えまくる二人を救ったのは、やはり最年長のお姉ちゃん、アンナであった。


「ごめんなさいねアビィ、あなたの分のお部屋は無いの。あなたはまだ小さいから、一人でおねむは寂しいでしょう、だから私と一緒に寝るのよ、アンナお姉ちゃんと一緒は嫌?」


 その言葉に、アビィは泣き出しそうだった目をクリクリさせて、アンナを見上げる。


「アンナお姉ちゃんと一緒は嫌? 」


 もう一度、念を押して優しく聞いたアンナに、アビィは大輪のひまわりの様な笑顔を向ける。


「アビィ、アンナおねえちゃんといっしょがいい。」


 御機嫌の笑みを満面に浮かべるアビィを前に、何とか誤魔化して宥める事に成功した三人は、ほっと胸をなで下ろすが、この後どうアビィに対応するかを考えると、急速に気が重くなっていった。


「どうするんだよ、アンナ姉ちゃん、あんな事言って。」

「知らないわよ、ラーズが泣かす様な事言ったからでしょう。」

「ナイアルラートも一緒だし、仕方ないよ。師匠達にバレない様に、今は仲間に入れておこう。」


 ウルがそう締めると、三人は上機嫌でナイアルラートと手を取り合って喜び踊るアビィを見て、大きなため息をついたのだった。


 メガ・クトゥンの最終調整を行いながら、三人はアリシアとマグダラの目を盗み、こっそりとアンナ用のンガ・クトゥンを製作する。野盗の打ち捨てて行ったジャンクの中から使えそうなパーツを選び、組み立てられたンガ・クトゥンは、ラーズとウルのそれに比べて一回り大きい。

 大きくなった理由は、アビィを乗せる為にタンデムシートを付けた事と、数日分の食料と水を積み込む為である。それと、乗りこなせるといっても、アンナは女の子である。暴力を好まない、優しい彼女には近接戦闘は無理だろう。やむなく戦闘になった場合、少し鈍重でも防御力と大火力に主眼を置き、軽快なラーズとウルの機体を火力援護を目的とした設定の機体となった。


 彼等の周到な準備は、ノーデンスの『クマちゃん』の完成目前に最終局面を迎える。

 アンナはメガ・クトゥンの操縦ユニットに、密かに精霊機甲用の魔導クリスタルを組み付け、精霊と契約して、いざという時の備えにしようと考えていた。

 新月の夜、倉庫の資材庫の奥に、厳重に管理され保管されている最高級の魔導クリスタル『輝くトラペゾヘドロン』をこっそり持ち出したアンナ、ラーズ、ウル、そしてアビィの四人は、森の奥の泉で斎戒沐浴をする。

 そうして身を清めた後、四人は大地に精霊召喚の魔法陣を描き、召喚の儀式を始めた。キョウ達にバレないように、魔導結界を張り巡らせるのは、ナイアルラートの役目である。


 儀式は無事終了して、めでたしめでたし……などとすんなり事が運ぶ訳が無い。


 確かにここルルイエ世界では、精霊魔法が一般的となっており、人間と精霊の交流が日常的に行われている。更に四人はマグダラやアリシアの手伝いで、キョウのアザトースやマージョリーのリュミエールの整備、ノーデンスのナイトゴーントの改装作業を通じて、それぞれの契約精霊と交流をもつ機会に恵まれていた。その上、日頃から友達付き合いしているキョウの使い魔妖精、ナイアルラートの存在もあり、精霊に対して人一倍親近感を持っていた。


 召喚した優しい精霊にお願いすれば、万事解決して、計画も一歩前進するに違いない。

 そう考えて、期待に胸を膨らませ、召喚の儀式を開始した子供達は、召喚されて現れた異形の精霊を目にして、自分達の甘さを思い知った。


 魔法陣の中央に現れた『それ』は、禍々しい光を発しながら、辺りに瘴気と殺気を撒き散らす、全身を黒い毛で覆われた、顔の無い怪物であった。


 輝くトラペゾヘドロンという、最高位のマジックアイテムが契約媒体となるのである、どれほど怪物じみた強力な精霊が召喚されても不思議は無い。そして召喚された精霊が強力な程、契約の儀式には伴う危険性が増大して行く。『それ』を目の当たりにした子供達は、本能で生命の危険を感じ、後悔するよりも先に、圧倒的な恐怖に心を支配された。

 恐怖に震える子供達は、ガチガチと歯を鳴らし、舌が思う様に回らず、契約の言葉を発する事が出来ずに、『それ』が自分達に向かい、這い寄る姿を見つめていた。

 そんな恐怖の中、ウルとラーズは、腰を抜かしながらも、必死で『それ』の前に立ち、アンナとアビィを背中に庇った。そんな二人の覚悟も虚しく、『それ』が目前に迫った時、アビィがナイアルラートと一緒に、二人の間をトテトテと歩いて前に出た。そして、まるで手を取る様に、『それ』の黒い毛を握り、大輪のひまわりの笑顔でこう言った。


「アビィたち、マージおねえちゃん、キョウおにいちゃん、マグダラおねえちゃんのおてつだいしにいくのよ。あなたも、いっしょにいく? 」


『それ』はアビィの行動に、戸惑う様に動きを止めた。アンナは恐怖に言葉を詰まらせながらも、必死にアビィの言葉の後に続き、『それ』に声を掛ける。


「……私達、どっ……どうしても、マージお姉ちゃん達の役に……、たっ……立ちたいんです。お願い……します、ちっ……力を、貸して……下さい……。」


 ラーズとウルの二人も、必死に『それ』に、願いを込めた目で訴えた。


「ソノモノハ、ヨキ、モノカ。」


 動きを止めた『それ』は、四人の頭の中に直接語りかける。


「うん、マージおねえちゃんもキョウおにいちゃんも、それにマグダラおねえちゃんにアリシアおねえちゃん、みんなやさしい、いいひとだよ。」

「マージお姉ちゃん達、これからマリア病から世界を解放して、全ての娘達を救う戦いの旅に出るんです。私達、どうしてもマージお姉ちゃん達の力になりたいんです。」

「お願いします、力を貸して下さい、精霊さん。」

「お願いします。」


 必死に頭を下げて願い出る子供達の頭上で、ナイアルラートが身構える。彼女の瞳の中には、たとえ刺し違えても子供達を必ず守ると、決意の色がありありと浮かんていた。


「う〜っ、にゃ〜っ! 」


 ナイアルラートの姿を認めた『それ』は、慈しむ様に声なき声の発する。


「ワガケンゾク……、イキノコリガ、イタノカ……。」


『それ』は自らが発散していた禍々しい殺気と瘴気を吸収すると、黒い静謐な光を放ち、仮面を被りローブに身を包んだナイトの姿に変貌した。

 ナイトはアンナとアビィには、凛々しい青年の姿に、ラーズとウルには、凛とした少女の姿に見えていた。

 放心状態の子供達の前に跪き、ナイトは誓いの言葉を口にする。


「小さき者共よ、吾は汝等の望みを叶えよう。吾は今より汝等の父の様に敵を打ち倒し、母の様に危険から守護する事を誓う。汝等を助ける者に栄光あれ、仇なす者に永遠の呪いあれ。」


 そう言うと、ナイトは子供達の手を取り、その手の甲に誓いの接吻を捧げた。そして静謐で清らかな黒い光の粒子になり、輝くトラペゾヘドロンの中に消えて行った。


 こうして契約の儀式を終え、満面の笑顔で輝くトラペゾヘドロンのクリスタルを拾い上げ、頬ずりしてきゃいきゃいとはしゃぐアビィとナイアルラートとは対照的に、アンナ、ラーズ、ウルの三人は、全身から力が抜け、その場にぺたりとへたり込む。


「ラーズ……、お前チビってないよな……。」

「……チビってなんか……、ないやい。」


 震える声で、ウルがラーズに尋ねると、ラーズも震え声ながらも気丈に答えた。


「……わ、私……、お、お漏らししちゃった……。」


 真っ赤になって、恥ずかしそうに俯き、アンナがそう告白すると、驚いた様な罰の悪そうな顔でラーズとウルが彼女を見つめた。


「……実は……、僕も……。」

「……本当は……、オイラもなんだ……。」


 おずおずと告白し合った三人は、お互いの顔を見つめ合う。そして……


「「「あ〜ん、怖かったよ〜。」」」


 堰を切ったように、三人は抱き合って大泣きを始めた。


「……ほへ?……」

「にゃる、にゃる?」


 抱き合って大泣きする三人を、不思議そうに目をパチクリさせて見つめるアビィとナイアルラートであった。


 翌早朝、いつ洗って干されたのか、全く記憶の無いパンツが三枚、ズボンが二着、そしてスカートが一着、物干し竿で風に吹かれているのを発見し、「はて?」と首をかしげるマージョリーがいた。


 さて、そんなこんなで準備を終えたアンナとウルが、完成したメガ・クトゥンをキョウに引き渡したのは、ノーデンスが新しい愛機、ナイトゴーントハイパーボリアカスタム、その名も『クマちゃん』を手に入れた翌日である。

 アンナとウルは、キョウが内装の偽装を一目で見破るのではないかと、手に汗を握りチェックを終えるのを待っていた。

 しかし、キョウは内装関係にはあまり頓着しないのか、必要な物がきちんと揃っていて、きちんと機能するかどうかを確認すると、意外な程あっさりとOKを出し、緊張する二人を拍子抜けさせた。


 キョウが重点的にチェックしたのは、操縦系と足回り関係である。アンナが施した改装は、操縦ユニットにトレーラーを二台連結した八本脚の多脚仕様のメガ・クトゥンに、更にホバー変型機能とオートキャンプ変型機能を組み込んだ意欲的な機体である。各脚のスムーズな連携と、シームレスなホバー変型が、メガ・クトゥンの運動性と乗り心地を左右する。


 因みに、ここルルイエ世界では、装輪車両はマイナーである、理由は精霊魔法の普及だった。人々は古くから精霊達と共存し、その領域を侵さない様に生活環境を整えてきた。

 道路も人間に便利な様に、整地して出来た物は無く、何百年に渡り踏み固められて完成して行った。街道と呼ばれる大きな道路は、かつてルルイエ世界を二分して争われた、滅魔亡機戦争における軍靴の跡である。この戦争が如何に大規模で、長期間に渡り続けられたかを示す、貴重な史跡でもある。こうして出来た道路であるが故に、その状況は天候、季節に左右される。この様な道路事情では、装輪車両は不向きである、それに対応するために、ここルルイエ世界では、移動機械は多脚仕様及びホバー仕様が採用され、進化してきた。因みに装輪車両は屋内向けの車椅子や、カーゴキャリア等に用いられる。


 一通りのテストを終え、キョウがアンナに向けて最高のコルナを贈り、彼女の面目を大いに立たせる。同時にそれは旅立ちが決まった瞬間でもあった、孤児院総出で必要な物資を積み込み、出発の準備を済ませると、翌朝に出発と相成った。


「行ってらっしゃい、キョウ様、マージ様、お姉さま。どうか、お気を付けて。」

「留守は任せろ、ネオンナイト! 子供達はこの俺様が、しっかり守るから安心しろ!!」

「行ってらっしゃい、マージお姉ちゃん。」

「お土産、忘れないでね! 」


 アリシアを中心に、ノーデンス、そしてアンナやラーズにウルといった孤児院の子供達が手を振って、姿が見えなくなるまで見送った。


 メガ・クトゥンの姿が見えなくなっても、子供達は名残惜しそうに、その場を離れようとしなかった。

 アリシアも同じ気持ちだったが、三人から後事を頼まれて預かった身とあれば、いつまでも浸ってはいられない。「いけない、いけない」と、両手で自分の頬をパチパチと叩いて気合いを入れ、気持ちを切り替えて引き締める。


「さぁ、みんな、戻って今日のお勉強とお手伝いよ。あの三人がいないからって怠けていたら、帰って来た時に笑われるわよ。」


 アリシアの言葉に、子供達は元気良く手を上げて「ハーイ。」と答えた。その姿を見て破顔したノーデンスは、豪快に笑った後でアリシアの言葉に付け加える。


「おう、みんなその意気だ、偉いぞ。三人の留守中に一生懸命頑張って、帰って来た時に成長した姿を見せつけて、驚かせてやろうじゃないか!なぁ!」


 そう言ってノーデンスが拳を天に突き上げると、子供達は元気良く「おー!!」と答え、拳を天に突き上げる。そして我先に孤児院の建物に向かって駆け出した。

 その姿を眩しそうに見つめたアリシアは、もう一度三人が旅立って行った彼方に振り返る。


「キョウ様、お姉さま、マージ様、留守は私がお引き受けしました。どうか悔いの残らない様、御存分に戦って下さいませ。」


 そう心の中でもう一度強く誓い、エールを送ってアリシアは、子供達の後を駆け足で追うのだった。


 こうしてマージョリーの孤児院の子供達は、アリシアを先生にして日常に戻って行った。


 朝起きると、みんなで用意して朝食を摂り。

 片付けを終えると勉強の時間。

 勉強の後は昼食を摂り、その後の時間は男の子達はンガ・クトゥンの操縦教習。そして女の子達は黄金の蜜蜂の世話と黄金の蜂蜜の採取。

 夕食の後は消灯まで子供達の自由時間として自主性に任せ、自分はベタニア商会の執務をする。


 そんな日常がこれからやって来る。


 そう考えていたアリシアの思いは、夜が明けて早々に、木っ端微塵に打ち砕かれた。

 朝食の支度に起きた子供達の人数が、四人足りない。

 ラーズとアビィはともかく、責任感が強くいつも早起きのアンナとウルが寝坊とは珍しい。


「まさか、そんな事は無いわよね……。」


 アリシアはある種の胸騒ぎを覚え、台所を子供達に任せ、四人の寝床に向かった。


「さぁ、もう朝よ、起きなさい!」


 そう言ってラーズの布団をめくり上げると、そこにはラーズの姿は無く、代わりにカムフラージュの人形が横たわっていた。アリシアは思わず「ひいっ!」と悲鳴を上げてのけ反り、一瞬で顔が引きつって青ざめる。

 ドタバタと駆け回り、アビィ、ウル、そしてアンナの布団を引き剥がすと、どの寝床の中にもラーズのそれと同じく、カムフラージュの人形が横たわっていた。


「ななななな、なによコレぇ〜〜〜!!」


 アリシアはペタりと尻もちを着き、彼女にしては些かはしたない悲鳴を上げたのだった。騒ぎを聞きつけた子供達とノーデンスが見た物は、「留守はお任せ下さいって約束したのにぃ〜!これじゃぁ私の面目丸潰れじゃないのよ〜っ!」と、子供の様に転げ回って、じたばたと手足を動かし四人の子供達の身勝手で理不尽な仕打ちに、届かない抗議の声を張り上げるアリシアの姿だった。


「ラーズ達、狡い。僕も行きたかったのに……」


 彼女の姿を見て、ラーズ達が内緒でこっそりマージお姉ちゃん達を追いかけて行った事を察した一人が、口を尖らせてそう言うと、周りの子供達も、口々に「僕も」「私も」と不平を漏らした。


「あなた達何を言ってるの!? 私だって行きたいわよ!」


 アリシアは、支離滅裂な叱責を飛ばして子供達を黙らせると、キッと睨む様な目つきでノーデンスを見つめる。とばっちりを喰らうと予測して、半身を逸らして身構えるノーデンスに、アリシアが厳しく指示を出す。


「何ボケっとつっ立ってるのよ、ノーデンス。さっさと四人を、連れ戻しに行きなさい!」

「行っても良いが、多分追いつけないぞ。まぁ多少の危険はあるかも知れんが、腕前だけなら坊主達に敵う野盗はここら辺には存在しないし、それよりだなぁ……」

「それより、何よ!?」


 三人の留守中のハイパーボリア防衛と、子供達の育児に教育、それになんと言っても後方支援と情報収集の重要性を鑑み、己を殺して孤児院に留まったアリシアである。しかし、本音は自分も三人に同行して、傍らで役に立ちたかったのだ。

 連れ戻しに行くのさえ自分で行きたいというのに、悠長に構えるノーデンスに対し、この脳筋は人の気も知らずにと、アリシアが食ってかかる。

 しかしノーデンスは、まぁまぁ落ち着けと言わんばかりに、やんわりと答える。


「それよりも、お前さんの配下の『なんとかシャーズ』を使ってだな、子供達の先回りをしてネオンナイトに知らせて、保護して貰った方が良いんじゃないか? 坊主達の安全の面からも、そうすべきだと俺は思うんだが。」

「あの子達の同行を、なし崩しに認めるって言うの!?」


 そんな事を認めたら、今夜中にこの孤児院から、子供達がいなくなってしまう。


 いくら脳筋のノーデンスでも、それは分かっているので、そうではないと頭を振って説明を続ける。


「いやいや、そうは言っていない。まずは坊主達をネオンナイトに保護して貰い、セラエノに着いた所で『なんとかシャーズ』に身柄を渡し、そこへ俺が迎えに行く。そうすれば、誰も慌てる事無く行動出来るだろう。」

「それもそうね。サンチョ!パンサ!この事をキョウ様達に知らせて。それからあの子達の護衛もお願い!」

「ハッ。」

「直ちに。」


 ノーデンスの言に、一理あることを認めたアリシアは、配下のエルトダウン・シャーズ呼び出すと、影の中から、部隊長と思しき二人の人影が現れた。

 アリシアが厳しい表情で指示を与えると、二人は短く了解の返事をして、素早く行動を開始した。


 彼等の後ろ姿を満足げに見送ると、アリシアはノーデンスに向き直り、早速アンナ達を追う様にと改めて指示を出す。


「さぁ、ノーデンス、あなたも早く四人を追いかけて。」

「うぬっ!? 」


 アリシアと一緒に、エルトダウン・シャーズの二人を見送ったノーデンスは、さて俺は彼等からの報告が来るまでに、伝手を頼ってメガ・クトゥンを借りて、それから……。と思案を始めた所に、再度同じ指示が下されて、面食らってアリシアの目をのぞき込む。

 そんなノーデンスの目を『馬鹿なのアンタ?』と言わんばかりの呆れた目つきでのぞき返し、アリシアは指示を繰り返した。理屈や効率はどうあれ、今後の孤児院の維持の事を考えると、大人として今すぐ四人を連れ戻す姿勢を子供達に示す必要がある。それはキョウとマージョリー、そしてマグダラに後事を託されたアリシアにとって当然の判断だった。


「は・や・く・あ・ん・た・も・つ・れ・も・ど・し・に・い・き・な・さ・い。」

「だから、今から追いかけても追いつかんと言っているだろう。ここは奴らに任せて、俺達は坊主達を受け取る算段を整えてだなぁ……」

「どうして追いつけないの!?」


 アリシアはノーデンスの説明の後半部分を聞き流して遮り、馬鹿な事を言うなと目で言いながら、質問を被せた。


「悔しいが、ンガ・クトゥンの扱いは坊主達の方が上だ、同じンガ・クトゥンで追いかけて、追いつける訳が無いだろう。」


 そう答えるノーデンスを、虫でも見る様な目つきでアリシアは、再度質問をする。


「何で同じンガ・クトゥンで追わなきゃいけないの?」

「そりゃ……、決まってるだろう……」


 ノーデンスはたじろいで、アリシアから視線を逸らす。アリシアは歯切れの悪いノーデンスの、逸らした視線の先に回り込み、さっき発した言葉よりも、些か詰問の色を強めて彼に迫る。


「何が決まっているのよ!? 」

「……いや、だからだなぁ……」

「だぁかぁらぁ、何が決まっているのよ!? 」


 煮えきらないノーデンスの態度に、フラストレーションMAXとなったアリシアは、名状し難い不機嫌オーラを燃え立たせ、這い寄る様にノーデンスに迫る。その姿にたじろいだノーデンスは、遂に本音を口にした。


「まさか、俺にアレに乗って行けと言うんじゃないだろうな!?」

「何がまさかよ、そんな事当たり前じゃない、何のための『クマちゃん』よ!!」

「そんな馬鹿な!! 」

「馬鹿はアンタよ、ノーデンス! しのごの言わずにさっさと行く!! 」


 アリシアの剣幕に追い立てられ、ノーデンスはトボトボと肩を落として格納庫に向かった。


 もし、アレに乗ってハイパーボリアの外に出て、人目についたら俺の賞金稼ぎとしての人生はおしまいだ。


 ノーデンスの耳には格納庫に響く自分の足音が、今まで自分が築き上げて来た賞金稼ぎとしての威厳と畏怖が崩壊していく音に聞こえていた。


「はぁ……」


 大きなため息をついたノーデンスは、愛機にかかったシートをめくるのだった。


 薄いシートがこんなにも重いとは……


 肩を落とすノーデンスの前に精霊機甲(フェアーリー)、ナイトゴーントハイパーボリアカスタム『クマちゃん』が偉容を現す。主人を認識し契約精霊イェグハが魔導炉に火を入れ、機体は順調に稼働状態へと移行していく。

 主人の内心とは裏腹に、やる気満々のオーラを全身から発散する愛機を見上げ、ノーデンスは力なく呟いた。


「どうしてこうなった……」

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