2-1-2 メガ・クトゥン改装にまつわる四方山話

 ハイパーボリアのマージョリーの孤児院では、ノーデンスのナイトゴーントのカスタマイズと並行して、全員総出である作業にも邁進していた。


 大型貨物運搬用のンガ・クトゥン、通称メガ・クトゥンの改造である。


 マージョリーとキョウ、そしてマグダラの三人が、マリア病からルルイエ世界を解放する為の戦いの旅に出るにあたり、精霊機甲の運搬手段と、道中の宿泊施設の確保が必須であった、そのためのメガ・クトゥンである。


 二人がそれぞれの機体、アザトースとリュミエールで目的地まで一飛びすれば、というマージョリーの案は、マグダラとアリシアの二人により、即座に却下された。


 移動の際に『なるべく目立ちたくない』という事が、その理由である。


 マージョリーのリュミエールはともかく、禁忌の精霊機甲としてルルイエ世界に悪名を馳せるキョウのアザトースを白昼堂々と人目に晒すと、無用のトラブルを呼び起こす可能性が高い、それは可能な限り避けるべきだ。いや、絶対に避けなければならない。


 だからどうしたの、キョウが悪い事をした訳ではない。世間に対して後ろめたい事が無い以上、正々堂々と胸を張り、大手を振って行動すべきである。でなければ、自分達の行動の正当性を示す事は出来ない。


 というマージョリーの主張に対し


 その意見は尤もだが、マージョリーには残された時間が後一年しか無いという現実がある。悪目立ちが原因で白騎士教団等から無用の妨害を受け、目的を果たせずにタイムリミットを迎える羽目になったら目も当てられない。それに、B級賞金首は累難を恐れられ、接触を避けられる傾向にある、白騎士教団に不倶戴天の敵と指定されているネオンナイトなら尚更だろう。宿すら取れない事も考えられる。その時の保険に必要な措置でもある。


 そうキョウが異を唱えると、マージョリーはころっと意見を転換する。


 彼女は瞳に星を輝かせ、「さっすがキョウは考える事が違うわ」と、あっさり前言撤回し、ノリノリでキョウの意見に合意した。そんなマージョリーの姿を白い目で眺めつつ、マグダラとアリシアは購入したメガ・クトゥンの改造プランの検討を始めたが、そこでまたひと悶着が発生した。


 改造に必要な内容はアザトースとリュミエールの格納スペース、及び簡易整備スペース、それに生活スペースである。

 これらをなるべくコンパクトに配置する為に、皆の知恵が絞られた。

 まずは格納スペースだが、アザトースとリュミエールを片膝着きで跪いた姿勢で格納させる事で省スペースを実現、その姿勢で更にもう一機格納出来るスペースを作り、簡易整備スペースとする。トレーラーは逆Tバー方式を採用、屋根から開く事で、二機の発進と格納の簡便性を高めた。

 此処まではすんなり決まったのだが、問題となったのは生活スペースである。これを巡り、キョウ、マージョリー、マグダラ、アリシアの意見が四つに割れた。


 まず、キョウの意見だが、操縦席の後ろに簡便ベッドを設え、自分がそこに寝る。整備スペースにキッチンを設え、更にマージョリーの寝台を置き、彼女の生活スペースと兼用とする事を提案した。

 こうすれば、更なる省スペースが見込め、改造が楽になると得意顔のキョウだったが、三人娘の呆れた視線と、その後に続いた反対の姦しい言葉の十字砲火を受け、あえなく粉砕されてしまった。


 アリシアの「キョウ様、長旅になるので真水の確保が必須ですわ。ルルイエ世界では、集落を外れると、真水の入手が困難になります。白騎士教団の影響が強い所でも、困難が予想されます。ですので本格的な循環型浄水装置が必要になります、それも含めての生活スペースですわ。考え無しの省スペースは、後で泣きを見る事になりますわよ。」という、至極まともな意見から、「プライベートスペースが無いなんて絶対に嫌、洗濯した下着を何処に干したら良いの!?」という、マージョリーのしょうもないが深刻な問題提起まで、山の様に反対意見を突き付けられたキョウはやむなく無条件降伏を決意、三人に好きな様に決めさせ、決まった事を実現する為のアイデアを求められた時にのみ、口を開く事に決めた。


 かくして工房の設計室内で、意見提案という名前の、激しい罵り合いが始まった。まず、口火を切ったのはマージョリーだ。


 彼女の提案に、他の二人の娘は概ね合意するが、一点だけは強硬な反対を示す。


 合意点は、長旅のストレスを軽減する為にリビングダイニングとバス、トイレ、そして個室をしっかり独立させて設え、狭いながらも『我が家』としての認識を持てる空間を作り上げる事である。


 特にマージョリーのバススペースへの拘りは凄まじく、トイレ共同の簡易シャワーなど以ての外であると声高に主張、足を伸ばして入れるバスタブと、独立した洗い場の設置は必須条件と熱弁をふるった。

 理由はルルイエ世界に召喚されてから、今まで不便と我慢を強いられていたであろうキョウへの配慮である。いくら初代ネオンナイト、ロニー・ジェイムスの魂の継承者であるとはいえ、こっちの身勝手な理由で輝ける夢幻郷ニホンから召喚し、危険な戦いの旅に同行させるのである。一日の終わりにサッパリとリフレッシュしてもらえるようにニホン式の浴室を用意するのが、ルルイエ世界の人間としての、せめてもの心尽くしであり礼儀であると強く主張する。

 いや別にそこまでしてくれなくても、というキョウの言葉を右の耳から左の耳へとスルーしたマグダラとアリシアは、ウンウンと大いに頷き、ヤンヤの拍手喝采で合意した。


 彼女達二人が強硬に反対したのが、個室のレイアウトであった。


 マージョリー案で用意された個室は二つ、ベッドが一つ入ればキツキツの狭い個室が一つと、ゆったりとした広い個室が一つであった。


「この広い個室はマスターの部屋ね。自分を犠牲にして、私のマスターに快適な生活空間を提供するなんて感心ね、マージ。」


 と言ったマグダラの言葉を、虫でも見る様な目で彼女を見ながらマージョリーが訂正する。


「何を言ってるの、マグダラ、そこはあなたの部屋よ。」


 と、図面の狭い個室を指差して言った後、広い個室を指差して更に言葉を続けた。


「こっちの広い個室が、私とキョウの部屋。一日中メガ・クトゥンを操縦して、疲れたキョウ心と体を私が癒してあげるの……」


 ベッドの上で、半裸でうつ伏せで横たわるキョウを跨がる様な姿勢で、マージョリーが彼の背中をマッサージしている。マッサージする手が徐々に上に上がり、マッサージする箇所が背中から肩に変わった時、マージョリーは気持ち良さそうに目を閉じるキョウの耳元に口を寄せ、そっと囁く。


「キョウ、どこか凝っている所は無い? 」

「別にどこも。マージは上手だから。毎晩ありがとう。」


 首を捻って自分を見上げるキョウの、優しい言葉と瞳に心が痺れ、有頂天になったマージョリーは、更に両手に力を込めてマッサージを続ける。


「ありがとうだなんて、そんな。キョウこそ毎日メガ・クトゥンの操縦で疲れてるんだから、この位当然よ。」

「そんな事を言ったら、マージだって毎日の家事で疲れてるじゃないか。さぁ、次は君の番だよ、マージ。」


 そう言ってキョウは起き上がり、両脚を大きく広げてベッドに深く腰掛けた。マージョリーは否応も無くキョウの脚の間に腰掛けさせられ、肩と首のマッサージを受ける事になった。


「マージ、毎日の家事お疲れ様、今日の夕食美味しかったよ。」


 キョウの労いの言葉に紅潮し、マージョリーは思わず両手で頬を押さえた。キョウはその彼女の左手の指先にあるものを見つけ、ただならぬ声を上げる。


「大変だ、包丁傷じゃないか!! 」

「大丈夫よこんなの、大した傷じゃないわ。」

「駄目だよ、早く治療しなきゃ!! 」


 慌てて指先を隠そうとするマージョリーだったが、その動きより早く、キョウは彼女の左手首を掴み、治癒魔法を開始した。マージョリーはその優しい波動の心地良さに、やがてキョウの胸の中に、自らの背中を委ねていった。そして治癒魔法が終わる頃、彼女の頬に、一筋涙の雫が伝った。


「どうしたんだい、マージ。」


 優しく尋ねるキョウを涙目で見上げて、マージョリーは謝罪の言葉を口にする。


「ごめんなさい、キョウ。こんな危険な旅に同行させているのに、私、あなたに迷惑ばかりかけて。」


 キョウは何も言わず、優しい瞳でマージョリーを見つめている。マージョリーは言葉を続けた。


「今日も本当はあなたの為に、食後のデザートを用意するつもりだったのに、白騎士教団の分からず屋のせいで材料が買えなくて、用意出来なかったの……」


 泣きぬれるマージョリーを優しく見下ろし、キョウは優しく囁く。


「なんだ、そんな事気にしないで、僕は一度だってマージの事を迷惑だなんて思った事は無いよ。」


 そう言ってキョウは、マージョリーを背後から優しく抱き竦める。


「それに、食後のデザートなら、もう此処に用意されているだろう。」


 キョウのその言葉に、マージョリーは身を強ばらせた。


「ダメ、マグダラが居るわ、彼女に気づかれる。」


 そう言って抵抗するマージョリーをベッドに横たえ、キョウは優しく囁いて彼女の危惧を取り除く。


「大丈夫、マグダラならあの狭い個室に封印してある。二人の邪魔をする者はいないよ。」

「本当? 」

「ああ、本当だよ。」


 マージョリーは形ばかりの抵抗を止め、キョウの背中に両腕を回した。


「ああ、キョウ、大好きよ、私を好きなだけ味わって!! 」

「今夜は眠らせないよ、マージ。」


 キョウはマージョリーに覆い被さる様に抱きしめた……


「……なんちゃって。あ痛(だ)っ!! 」


 うっとりとした表情を浮かべ、幸せエロ妄想を全開していたマージョリーが、頭を抱えてうずくまる。その背後には、彼女の後頭部にハリセンを炸裂させたマグダラが、荒い息で肩を震わせて立っていた。


「申し訳ありませんマスター、このバカ娘の妄想を止める為に、マスターの無意識領域の魔力をもう少しお借りしました。」


 普段マグダラに実体は無いが、キョウの無意識領域の魔力を借りる事で、実体化する事が可能である。


「いきなり何するのよ! マグダラ!! 」

「何するのよもへったくれもないでしょう! マージ!! あなた、遊びに行くんじゃないのよ、分かってるの!? 何が『狭い個室に封印してあるよ』よ、全くもう!! 」


 背後からいきなりハリセンで殴られたマージョリーが、マグダラに食って掛かる。


「じゃあ、あなたの意見はどうなのよ! マグダラ!! 」


 マグダラは売り言葉に買い言葉の勢いで、マージョリーに答える。


「そんなの、こっちの狭い個室があなたの部屋で、広い個室がマスターと私の部屋に決まっているでしょう。一日中メガ・クトゥンを操縦して、疲れたマスターを私が癒してあげるのよ……」



 陽がとっぷりと暮れて、夜の帷が既に辺り一面を覆っている。今日はもうこれ以上の移動は不可能と判断したキョウは、街道から外れた森の中を野営場所に選び、メガ・クトゥンを停車させた。彼はマージョリーお手製の粗末な料理で夕食を済ませると、一日の疲れを癒すために風呂へと向かった。

 キョウはメガ・クトゥンに設置された浴室内で、日本式の浴槽を思い切り堪能する。肩まで湯につかり、手足を思い切り伸ばして充分温まってから浴槽を出ると、洗い場に備えられた椅子に腰掛け、ボディソープに手を伸ばした。

 その瞬間、彼の背後の床が光り、人影が浮かび上がる。


「マスター、今日も一日お疲れ様でした。お背中お流し致しますね。」


 人影はバスタオルを巻いたマグダラだった。彼女はそう言ってキョウの身体をすり抜けると、彼の手の中のボディソープを掴もうとした。しかし、実体を持たない彼女の手は虚しくすり抜け、目的を果たす事が出来なかった。


「申し訳ありませんマスター、これではマスターにご奉仕出来ません。マスターの無意識領域の魔力を、もう少しだけお借り致します。」


 マグダラはキョウの前に跪き、三つ指をついて頭を下げ、申し訳無さそうにそう言うと、身体から淡い光を発した。

 実体化したマグダラは、ボディソープを手にキョウの背後に回ると、一瞬恥ずかしげな表情を浮かべるが、直ぐにその表情を打ち消し、意を決した表情に変える。そして身体に巻いたバスタオルを外し、胸でボディソープを泡立て、キョウの背中に押し付けて、上下に擦り始める。


「どうですか? 気持ち良いですか、マスター。」


 恥ずかしさで消え入りそうな声でマグダラが尋ねる。


「ああ、気持ち良いよマグダラ。こんな事、何処で覚えたんだい?」


 キョウがそう言うと、マグダラの表情が輝き、上下運動を加速させながら彼の問いに答えた。


「はい、金枝篇に載っていました。輝ける夢幻郷ニホンでは、妻はこの様に疲れた夫を癒すのが勤めであると。私はマスターの妻ではないので、差出がましいかとも思いましたが、パートナーの勤めと思い直し、ご奉仕させていただきました、ですから……」


 マグダラはここ迄言うと、言葉を区切る。そして上下運動を止めて背後からキョウにしがみつき、再び言葉を繋げた。


「ですからマスター、私の事、ふしだらな女の子だなんて思わないで下さい。」


 涙声で訴えるマグダラに、キョウは優しく答える。


「僕の為に恥ずかしいのを我慢して、必死で頑張ってくれたんだね、マグダラ。ありがとう、絶対にふしだらだなんて思わないよ。」


 その言葉に安心したマグダラは、キョウを抱き締める両腕に力を込めた。


「ありがとうございます、マスター。私がこんな事をするのは、マスターだけです。」


 キョウは自分の胸に、しっかりと絡みつくマグダラの手を優しく握る。


「礼を言うのは僕の方だよ、マグダラ。毎日一生懸命尽くしてくれてありがとう。あれ? この手は……」


 キョウは握ったマグダラの手が、僅かにオイルで汚れ、荒れているのを発見した。


「マスターが少しでも余裕を持って戦える様に、アザトースの封印を解いていたら、こうなってしまいました。どうかお気になさらないて下さい、マスター。マスターを無理矢理輝ける夢幻郷ニホンから召喚して、危険な戦いの旅に向かわせた私の、せめてもの罪滅ぼしなんですから。」

「駄目だよ、マグダラ。確かに召喚されはしたけど、ルルイエに来たのは僕の意思なんだから。」


 そう言うとキョウは、マグダラの手を優しく洗いながら、治癒魔法を施し始めた。魔力を込めた手で洗うと、マグダラの指先にこびりついたオイルの汚れがみるみる落ちていき、荒れた手も白魚の様に綺麗な手に治癒されていく。キョウはマグダラの手を洗い、治癒しながら言葉を続ける。


「マグダラは今まで三百年も独りぼっちで頑張って来たんだ、もっと僕を頼ってくれて良いんだよ、僕達はパートナーなんだから。」

「はい、マスター。」


 キョウの優しい言葉に心打たれたマグダラは涙を流し、両手に感じる優しい波動に身を任せ、感無量の表情でキョウの背中に身体を預けていた。

 マグダラの両手の処置が終わると、キョウは風呂桶で湯船から湯を掬い、自分の身体についた泡と、マグダラの身体の泡を流し始めた。そうして泡を全て流すと、マグダラをお姫様だっこで抱き上げる。


「マグダラ、僕の為に尽くしてくれて、本当にありがとう。今夜はそのお礼に、君の永遠の少女という封印を解いてあげる。さぁ、広い個室に戻ろう。」

「いけません、マスター! マージが居ます、彼女に気づかれます!! 」


 腕の中で、精一杯の抵抗をするマグダラの耳元に、キョウが優しく囁く。


「大丈夫、マージなら狭い個室に閉じ込めて来たから、二人を邪魔する者は誰もいないよ。」

「本当ですか、マスター? 」

「ああ、本当だよ。」


 その囁きを受け取ったマグダラは、形ばかりの抵抗を止めて、キョウの首に両腕を回して叫ぶ様に訴えた。


「嬉しい!! ああマスター、どうかお願い致します、私の封印を解いて下さい。そして私を存分に楽しんで下さい。」

「今夜は眠らせないよ、マグダラ。」


 見つめあった二人はやがて互いの唇を合わせ、めくるめく官能の渦に身を任せるのだった……


「……なんちゃって。痛ったあ~い!! 」


 恥じらいに頬を染め、幸せエロ妄想に全開で浸るマグダラが、頭を抱えてうずくまる。その背後には、彼女の後頭部にハリセンを炸裂させたマージョリーが、わなわなと怒りの拳を握り締めて立っていた。


「なんだかんだ言ってたくせに、結局あんたも同じじゃないの、マグダラ!! 何が『狭い個室に閉じ込めて来た』よ、だいたいアンタの貧相な胸を押し付けられても、キョウが満足するはずがないでしょう!! 」

「それを言うなら、アンタの下手くそなマッサージなんか、マスターを満足させられる訳ないじゃない!! 」


 二人の視線がぶつかり合い、激しく火花を散らす、こうして二人の罵詈雑言の合戦が火蓋を切った。


「言ったわねぇ〜、この貧乳ロリクソババァ!!」

「なっ……、ロリクソ……!? 」


 マージョリーの罵倒に、マグダラの額に青筋が浮かび上がる。しかし彼女も負けてはいない、したり顔のマージョリーに熨斗をつけて罵倒を返す。


「言ったら何だってのよ、この乳だけビッチ!!」

「くっ……、乳だけ……!? 」


 マージョリーの目尻が痙攣する。


「「うぬぬぬぬ~っ!! 」」


 呆れ顔でため息をつき、目を閉じて首を左右に振るキョウを余所に、二人は額を押し付け合い睨み合う、そして争いは口から身体を使うものへと、そのステージを移行するのであった。


「前からあなたとは、一度決着をつけなくてはいけないと思っていたの、マグダラ。」


 マージョリーはそう言って、右手に握ったハリセンを上段に構え、振り下ろした。室内に鋭い風斬り音が鳴り響く。


「あら奇遇ね、私も同じ事を考えていたのよ、マージ。」


 マグダラは静かに右腕を肩の高さに上げ、そのまま前に真っ直ぐ伸ばすと、手にしたハリセンを床と水平にして剣先に左手を添えた。その構えには一分の隙も無い。


「覚悟は良くて、泣きべそ大将軍。」

「私の前では二度と実体化しようなんて思えなくなる程ギタンギタンにしてやるわ、ツルペタ軍師様。」


 こうして始まった二人の激しい怒号とハリセンの応報を横目に、キョウとアリシアはいつもの事と淡々とテーブルや椅子を部屋の隅に移動し、座り直した。


 マグダラやマージョリーが、キョウに過剰な迄の執着を示すのは仕方の無い事かも知れない。


 マグダラは三百年の孤独を二人のマリアへの想いと、初代ネオンナイトのロニーへの淡い恋慕の念で癒し、耐える力にしてきた。そうした末に巡り会ったロニーの魂を受け継ぐキョウである。

 彼の人格と能力、卓越した戦闘能力は当然として、無意識に自分を顕現させる膨大な魔力量、それは自分を実体化すらさせる程のものである。これに触れたマグダラの心に、ブレーキがかかる筈など無かった。


 片やマージョリーの方はといえば、これはこの時代のルルイエ世界の娘に共通の特色である。

 マリア病で20年という短い命の彼女達は、物心ついた頃から常に、野盗の娘狩りに怯えて暮らしていた。また、血族後継者の確保に奔走する有力者、権力者に見染められた場合、有無を言わさず、というケースも枚挙にいとまがない。

 後者の場合、お互いに合意して幸せに結ばれるカップルもあるが、大抵は娘達にとって意に沿わぬ婚姻であり、場合によっては、大きく年齢の離れた相手との結婚を強いられ事もあった。

 よって、ルルイエの娘達は、そのいたいけない小さな胸の中に、大好きな人と結ばれ、その者の腕の中で旅立って逝きたいという願望を、幼い頃から強く抱き続けている。

 彼女達は夜、寝床に着いた時、今晩もどうか野盗の襲撃がありません様に、そしていつか、大好きなあの人のお嫁さんになれます様にと、天井の染みを見つめながら強くそう願い、瞼を閉じるのだった、毎日、毎日。

 従って、全ての軛から解かれ、結婚に対して完全な自由を得た娘は、それまでの精神的抑圧の反動からか、周囲が驚く程に極的な行動に走る傾向にあった。

 意中の彼が競合した場合、血を見る事も珍しい事ではない。

 今や完全な自由を得たマージョリーは、更に嫁ぎ遅れという事実が後押ししている。

 孤児達の為に、全てを諦め捨て去った彼女に、その全てを拾い集め、再び差し出してくれたキョウに対して、フルスロットルで向かわない道理は無い。


 かくなる理由で、マグダラとマージョリーの恋の鞘当て鍔迫り合いは、二人が出会った瞬間に開始された。彼女達の恋愛事変は激化の道を進む一方で、沈静化の兆しが見える気配など寸毫も無い。

 開戦当初は調停役を務めたキョウも、直ぐに匙を投げ出し、既に孤児達にもお馴染みの、日常のひとコマとなっていた。


 ほのぼのとした日常の、変わるべくもない予定調和を、いつも通りに終わるまで待とうと微笑みとも苦笑ともつかない笑みを浮かべ、キョウは大切な二人を眺めやり、腰を落ち着ける。

 しかし、この日はいつもと少々異なる展開をたどる事となった。

 何故ならここにはもう一人、全ての軛から解放された娘っ子が存在していたからである。彼女は意中の男が、女連れで長期間の旅に出るのを目前とした今、秘めたる想いを表明し、強大な敵が争っている隙に、彼の心の中に確固たる橋頭堡を築こうと、静かに敵前上陸を敢行するのだった。


「キョウ様、私のアイデアを聞いてもらえますか? 」


 てきぱきとお茶を淹れながら、アリシアがつぶらな瞳をキョウに向ける。


「私は留守番と後方支援という大事な役割があるので、旅には同行出来ません。情報や資金をお届けするのも、私子飼いのエルトダウン・シャーズの仕事になりましょう。」


 ティーカップをキョウの前に置きながら、アリシアはもじもじと言葉を続ける。


「ですが、重要な情報をお届けする場合、私自ら馳せ参じる事もあるかと存じます。ですので、その時の為に私の宿泊施設も有ると助かります。いえ、贅沢な事は言いません。こちらの狭い個室に二段ベットを置いて、お姉さまとマージ様の部屋にします。そして、キョウ様の広い個室にダブルベッドを用意しますので、私が赴いた時には、そこで眠らせて頂ければ結構です。勿論、キョウ様が望まれるのなら、眠らせてもらえなくても……」


 個室のデスクに向かい、もたらされた最新情報を検討していたキョウは煮詰まったのか、大きなため息をついて椅子の背もたれに身体を預け、瞼を揉んでいた。


「キョウ様、あまり根をつめると身体に毒ですよ。」


 声をかけられ、キョウが振り返ると、ティーカップとポットを載せたトレイを持ったアリシアが、心配そうな表情で立っていた。


「ああ、アリシア。君の持って来た情報が、みんな有益で重要なものばかりだから、つい。」

「いけませんわ、少しお休み下さいませ。」


 アリシアはそう言うと、デスクの上にティーカップを置き、お茶を淹れ始めた。

 お茶はいつもアリシアが淹れる物とは違う香りがした、キョウの鼻腔をくすぐる香りは、彼にとって懐かしい香りだった。


「この香りは……!? 」

「お気づきになりましたか、キョウ様。以前キョウ様がお話して下さった、輝ける夢幻郷ニホンでよくお飲みになっていたという『こぉひぃ』なるお茶によく似た風合いの銘柄を見つけまして、是非お試しいただこうとお持ちしました。いかがですか?」


 キョウはカップを手に取り、まず香りを楽しむ。そしてひとくち口に含むと、思わず目を閉じて、懐かしそうな表情を浮かべた。


「ありがとう、アリシア。よく見つけてくれたね、大変だったろう?」


 褒められて有頂天のアリシアは、屈託の無い無邪気な笑顔をキョウに向ける。


「いいえ、とんでもありません。キョウ様の為なら、お安い御用です。でも……」


 アリシアは少し怪訝な表情を浮かべ、疑念をキョウに投げかけた。


「酸味と苦味が強くて驚きました。本当にキョウ様の世界では、こんなお茶が飲まれているのですか? 正直私には信じられません。」

「確かにダメな人も居るね、国によっては少数派な所もある。でもね、この風味にハマると、病みつきになるんだ。酸味と苦味がきつければ、ミルクや砂糖で和らげる事も出来るしね、いろんな飲み方が楽しめるんだ。」

「なるほど、それは試してみる価値がありそうですわ。」


 新たなビジネスチャンスの予感に、アリシアは一瞬だけ思案顔を浮かべ、更なる問いをキョウに投げかける。


「お茶受けには何が合いますか? キョウ様。私が今回用意した物が合うと良いんですが……」

「そうだね、甘い物が定番だけど、チーズなんかも良く合うよ。」

「ふむふむ、甘い物が定番で、チーズも合うと……」


 アリシアはキョウの言葉を忘れない様に、ポケットから取り出したメモ帳代わりの陶片に念を刻み、記録した。


「なら、私が今回用意した物も大丈夫ですね、とびっきりのお茶受けを用意しましたのよ。」


 満面の得意顔で宣言したアリシアの言葉に、キョウは好奇心をくすぐられる。


「それは楽しみだね、そのお茶受けは一体何だい?」

「ふっふっふ、キョウ様、よくぞ聞いて下さいました!!」


 キョウの質問に、アリシアは不敵な含み笑いを浮かべ、待ってましたとばかりに答えた。


「それは私ですわ!! 」


 いつの間にか全裸になったアリシアが、キョウの胸に飛び込み、思い切りしがみついて頬ずりをする。


「……ああん、キョウ様、遠慮なさらずにお召し上がり下さいませ。お邪魔虫のお姉様とマージ様なら、隣の狭い個室に封印して閉じ込めてありますからご安心下さい。さあ、あちらのダブルベッドの上でご賞味下さい。あん、キョウ様、素敵、あん、いけませんわ、いえ、いけなくありませんわ、あはん、今夜は私を眠らせないで下さい。いやん……、うふん……、そこん……なんちゃって……。痛い、痛いですわ!!」


 自分で自分を抱きしめ、クネクネと身体を動かしながら、幸せエロ妄想を全開で暴走させるアリシアが、頭を抱えてうずくまる。その背後には、絶妙なコンビネーションで彼女の後頭部にハリセンを炸裂させたマグダラとマージョリーが、綺麗な残身を決めて立っていた。


「いきなり何をするんですかお姉様、マージ様、二人がかりで後ろからなんて、卑怯です~。」


 よほど痛かったのだろう、アリシアは小刻みに身をよじりながら抗議の声をあげている。そんな彼女をマグダラとマージョリーの二人が、それぞれ般若と夜叉の表情で見下ろしていた。


「「ア~リ~シ~ア~」」

「私達をお邪魔虫呼ばわりするなんて、どういう事かしら。」

「封印して閉じ込めるとは、いい度胸ね。」


 般若と夜叉を目の当たりにしたアリシアは覚悟を決めて、ゆらりと立ち上がる。彼女の両手には、どこから手にしたものか、ハリセンがしっかり握られていた。

 いつもの天真爛漫なアリシアとは、全く別人の荼枳尼だきにと化したアリシアがそこにいた。二刀流のハリセンを構え、静かにアリシアは、二人に対して宣戦を布告する。


「お姉様、マージ様、ついにこの日が来てしまいましたわね。実は私も、この件につきましては、お二人が相手でもお譲り出来ませんの。」


 アリシアの宣戦布告に、マグダラとマージョリーは驚く事も無く、即座に受けて立つ姿勢を表明した。


「こんな日が来るんじゃないかと、薄々予感はしていたけど、覚悟は出来てるわね、アリシア。」

「誰が何人相手でも、キョウは絶対渡さないわ!!」


 名状しがたいオーラを纏った三人娘の視殺戦が開始される、破壊光線さながらの熱視線は空中で絡まり合い、天高く舞い上がってぶつかり合い、炸裂する。


「お姉様、マージ様、き遅れのオバサン二人相手に、適齢期の私が不覚をとるつもりはありませんわ。」

「アリシア、マージ、三百年の想いの深さ、思い知ると良いわ。」

「マグダラ、アリシア、崖っぷち娘の底力、今からたっぷり教えてあげる。」


 三人娘の気合いが充実し、裂帛の雄叫びと共にハリセンを振りかざし、今、正に激突せんとしたその時である。キョウはお茶を飲み終え、静かにテーブルの上にカップを置いた、そして……


 工房の設計室の中に、ドガッ!バシッ!ガスッ!という三つの炸裂音が鳴り響き、もうもうと煙が立ち込める。

 煙が晴れた設計室には、頭頂部に大きなたんこぶを拵えた三人娘が、綺麗に並んで正座させられていた。項垂れる彼女達の前で、キョウは静かに問いかけた。


「今は何を話し合うんだっけ、みんな。」


 普段は優しいが怒ると際限なく厳しい生活指導の先生に、初めての校則違反を見咎められた真面目な女生徒の様に、三人娘は首を竦めて謝罪する。


「マスター、申し訳ありません。」

「ごめんなさい、キョウ。」

「キョウ様、お許し下さい。」


 軽くため息をついてから、キョウは彼女達の謝罪を受け入れ、話しを元に戻した。争点のプライベートスペースについて、思いついたアイデアを開陳する。


「僕のいた日本の簡易宿泊施設に、こういうのが有るんだけど……」


 キョウはカプセルホテルの概要を三人娘に話して聞かせる、そして有無を言わさず横開き式のカプセル個室を四つ設置する事を決定した。そしてナイアルラートに命じてアンナとウルを呼び出すと、これに沿った設計をして改装する様にと言いつける。キョウは三人娘に任せると、ロクでもない方向に焦点がズレて、際限なく進みグダグダになって行くのを目の当たりにし、彼女達の手から切り離して子供達の課題として任せる事に決めた。


 分からない事、困った事があったら、他の誰でもない、僕に相談する様にと念を押すと、ぶーぶーと文句を言う三人娘を、左の拳にはぁ〜っと息をかける動作で黙らせ、アンナとウルの背を見送った。


 しかしキョウの目論見は、別の意味で大きく裏切られる結果となる。子供達の『自分達も役に立ちたい』という想いの強さと、子供らしい冒険心と悪戯心について、神ならぬ彼は全くと言って良いほど見誤り、そして失念していた。

 そうして完成するメガ・クトゥンには、思いもよらない秘密が子供達の手により設置されていよう事など、この時点でのキョウには、全く知る由もなかったのである。

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