1-2-6 一騎討ち
その日の朝、マージョリーは朝日が昇りきる前に目を覚ました。
薄暗い家の中を移動し、洗面所に行って冷たい水で顔を洗う。
冷水は心地よく頭脳を覚醒させ、心に気合いを入れた。
自室に戻り、身支度を調え、子供達を起こさない様に気を付け、そっと外に出る。
仰ぎ見ると、まだ赤みを帯びる空に、眩しく太陽が輝きを強めながら昇って行く。
刻一刻と力強さを増す日の光に同調し、マージョリーの決意と気合いは強まって行く。
「よし! 」
自らの気力が充実していくのを確認し、一言小さく、そして力強く頷いた。
軽く深呼吸とストレッチをして、過度の緊張と気負いをほぐし、倉庫に向かい歩き始めた。
倉庫の大きな扉を開けると、そこには頼りになる力強い相棒が、静かに自分を待っていた。
父が自分に遺した唯一の絆、何度も窮地から救ってくれた愛機。
思えば自分は、このリュミエールと共に成長してきた。
リュミエールの操縦席に座ると、あの強かった父がいつも守ってくれている様な気がして、どんな相手と戦っても怖く無かった。
私達は最高のパートナーだ、誰が相手でも絶対負けない。
「行こう、リュミエール。」
マージョリーの声に答える様に、リュミエールはその機体を陽光に煌めかせ、魔導炉から力強く魔導気を棚引かせて、最強の敵手が待つ地に向かって飛翔した。
キョウは
眠っている様な、それでいて覚めている様な……
泰然自若と、自然に溶け込んだキョウの周りには、ンガイの森に住む動物が数頭集まり、心地よさそうに目を閉じている。
大型も、小型も
肉食も、草食も
この平穏な空間を共有し、安らいでいた。
動物達だけではなく、精霊達もキョウの周りで遊び、森の木々達も、彼等に心地よい日陰を作る為に、枝を伸ばしていた。
キョウの太ももの上で小型の動物が船を漕ぎ、脛を枕に大型の
そして、ここは私の特等席と主張するかの様に、マグダラがキョウの肩に頭を預け、もたれかかって目を閉じている。
小型の動物がやって来て、マグダラの肩の上で休もうと飛び上がるが、彼女には実体が無い。
すり抜けて転がり落ちた小型の動物は、不思議そうに彼女の肩を見上げる。
その様子を見ていた精霊達が、可笑しそうに笑い転げた。
大型の獣が、そっとその小型の動物の首をくわえると、自らの横腹の上を休息の場所に提供した。
この光景を、ロッジの二階の窓から見下ろす二人の男がいた。
ディオの親爺とハスタァである。
二人はこれから始まる『B級賞金首討伐』の、一騎討ちの立会人としてこの場にいた。
「流石じゃの。」
「ええ、一見無防備に見えますが、下手に害意を持って近づいたら、間違いなく一刀両断にされるでしょう。」
ハスタァは羨望の瞳でキョウを見下ろす、そして、少しそわそわした感じで、部屋の中を所在無さげにウロウロと歩き出す。
「どうしたんじゃ、ハスタァ? 」
「ああ、いえ、何でもありません。」
ディオの親爺の問いかけに、どきりとしながも、ハスタァは努めて平静を装い返事をする。しかし、内心はかつて拝命した、アーミティッジ枢機卿の命令の為に、千々に乱れていた。
ハスタァ僧正が懇意にしている女騎士が、ネオンナイトと接触したら殺すのです。
二人は接触してしまった。
一体自分はどうすれば良い!?
ええい、ノーデンスの奴があそこで余計な事を言ったお陰で……。ああ、私は本当に未熟だ! それに引き換え……
ハスタァは再び、眼下のキョウを見つめる。
何事にも動じない、いつも崩す事無く自然体でいられる精神力。一体どんな修練を積めば、あの高み登れるのだろう!?
その背中はおろか、影さえも見えない目標を前に、ハスタァの心は羨望と焦燥の入り交じった、複雑な感情に支配された。
二人の眼下で、キョウはその顔に、誰にも分からない程の、小さい笑みを浮かべた。
まず、それに気がついた妖精達が、何事かと顔を見合わせる。やがて、一匹の妖精が何かに気がつき、遠くの空を目を凝らして見つめる。
それにつられて、他の妖精達も目を凝らす。
動物達も、次々と目を開き、頭をもたげて目を凝らす。
妖精達も動物達も皆全て、遠くの空の一点を見つめている。緊張感も警戒心も無い、皆、誰かが来るのを歓迎している様に、目を細めてその一点を見つめている。
やがて、その一点が天空にキラリと輝く。
「来ましたわね、マスター。」
目を閉じたまま、マグダラがキョウに話しかける。
「ああ。」
キョウも目を閉じたまま応じた。
遠くで煌めいた一点は、やがて形を為す。
それは精霊機甲リュミエールとして、その場の者全てに認識された。
「空も地も、
「ああ、そうだね。」
キョウは目を開け立ち上がり、近づいて来るリュミエールを見上げる。
「問題は、彼女がそれに気づいているかどうか……、だね。」
精霊機甲リュミエールは、二人の眼前に、その優美な機体を鮮やかに降り立たせた。
◆◆◆
「ではこれより、作法に則りB級賞金を巡る一騎討ちを執り行う。双方、異存は無いな?」
立会人であるディオの親爺が、マージョリーとキョウに最後の確認を取った。因みに「B級賞金を巡る一騎討ち」という言い回しになるのは、B級賞金首は犯罪者ではなく、社会的身分や権利を保証されているので、実態はどうでも『討伐』という言葉を使うのは不適当とされているからである。
マージョリーとキョウは同時に頷いた、但しその態度は対照的であった。
マージョリーが緊張し、真面目な態度で頷いたのに対し、キョウはマグダラと精霊や動物達と戯れながら、そのついでに頷いていた。
不真面目な態度のキョウを、マージョリーは思い切り厳しい目で睨みつける。
そんなマージョリーに向かって、キョウは一緒に戯れていた、猫類に似た大型獣の前足を手に取り、屈託の無い笑顔でそれを自分の手の様に振って見せる。
マージョリーは怒りの表情を浮かべ、ふんっ! とそっぽを向くと、キョウはやれやれといった表情で苦笑いし、大型獣と目を合わせると、大型獣は慰める様にキョウの頬をペロリと舐めた。
場の空気を変える様に、もう一人立会人のハスタァが、咳払いをしながら二人の間に入る。
「では双方、この戦いの結果、命を失う事になっても、遺恨を後に遺さぬ様に。もし、命を落とした場合、後に憂いや望みが有るならば、白騎士教団の名の下に、出来る限り希望に添う事を約束する、今のうちに申し出る様に。」
「私は負けない! だから死なない! それは彼に聞いて頂戴! 」
マージョリーが、叫ぶ様に即答した。
「では、キョウ殿。」
ハスタァはキョウに促す。
キョウはとぼける様な表情で、一瞬考える素振りをしてから応じた。
「うーん、そうだなぁ~……。俺は絶対負けないし、でも、アビィを泣かせたくないから、マージを殺す様な事は絶対無いから、別にいいや。いや、待てよ……。」
キョウはまた思案して、マージョリーに聞く。
「そういや、マージの孤児院って、借地の借家だよね? 」
「何よ! 悪い! 何か文句でも有る! 」
意外な質問に、思わずマージョリーはキョウに食ってかかる。
キョウはそれを無視してハスタァに宣言する。
「俺、マージからは賠償金は取らない。彼女に対する請求権は、全て放棄する。」
「何と! 」
「えっ! 」
「なんですってぇ! 」
ディオの親爺、ハスタァ、そしてマージョリーと、その反応は三者三様だが、一様にキョウの宣言に驚愕した。
B級賞金を懸けられた者は、社会的身分を保証されているとはいえ、その周囲にいる人間は、賞金を懸けた組織から受けるであろう累難を恐れ、付き合いを敬遠する傾向に有る。
そのため稼ぎ口も限られ、この賠償金は限られた収入源の中では、数少ない大口の収入となる為に、これを放棄する者は皆無といって良かった。
馬鹿にして……
キョウの宣言を聞いたマージョリーの怒りは、更に深い物へと進化した。
それを見て取ったマグダラは、そっとキョウに耳打ちする。
「怒ってますわよ、彼女。マスターって、意外と挑発するのが上手ですわね。」
感心するマグダラに、キョウは困惑気味に否定形で答える。
「そうか? 別に挑発したつもりは無いんだけど。」
「いいえ、充分過ぎる程才能がありますわ。これまで小悪党相手に、みえみえの演技で挑発していた時より、今みたいに素のまんまの方が破壊力満点ですわ、マスター。これからは、この路線で行きましょう。」
「うーん、そんなもんかなぁ? 」
「そんなもんですわ、マスター。ほら、見て下さい。」
釈然としないキョウに、マグダラは目配せしてマージョリーを見る様に促す。
「うわ……」
マグダラに従い、キョウがマージョリーに目を向けると、彼女は怒りによる紅蓮の炎の様なオーラを背負い、凍てつく氷の様な瞳で自分を睨んでいた。
「あちゃぁ~。」
「んふ。」
怒り心頭のマージョリーの姿を認めたキョウが、マグダラに視線を移すと、彼女は屈託の無い笑顔で事実の確認と、その正しい認識をキョウに求めた。
その瞬間、マージョリーの纏う怒りの炎は、先ほどの三倍増しの高さと勢いで、激しく天を焦がした。
マージョリーは、この地に到着してからずっと怒っていた。
始めは自分を値踏みする様に見る、紫色の瞳にカチンと来た。
次に、これから命を懸けて一騎討ちをするというのに、まるで緊張感の無いキョウの態度に怒りを覚えた。
そして、二人が一緒にいるという事実が、マージョリーの逆鱗に触れた。
彼女の目には、二人の姿がまるでデートを楽しむ、仲のよい恋人同士の様に映っていた。
何よ! 人が黙っているのをいい事に、さっきからイチャイチャイチャイチャ!
命懸けの戦いを前にしているのに、キョウったら一体何を考えてるのよ! まるで緊張感が無いじゃない! 不真面目だわ!!
そもそも一騎討ちに女連れって何よ! ふざけているわ! 一体全体誰なのよ!? その女!
確かこの前見かけた女ね! 何よ、べったり甘えちゃって! キョウはそんな女が好きだが言うの!?
確かに顔は……、女の私から見ても、物凄く可愛いと思うけど、何よその貧相な身体は!
私だって総合力では……負けて無いわ……、多分。
いけないいけない、弱気は禁物よ!
そんなすぐに折れちゃいそうな身体で、丈夫な赤ちゃんが産める訳無いじゃない! その点私なら、必ず丈夫な赤ちゃんを産んで見せるわ、ちゃんとキョウの血統を後に残してやれるのに、アビィだって私達の赤ちゃんが欲しいって言ってたじゃない!
何よ~、見つめ合っちゃって~!
こら!キョウ!見るんだったら私を見なさい!
だいたい貴方は私の裸を見たのよ!
初めてだったのよ!
年頃になってからは、他の誰にも見せた事が無いんだからね!
それがどういう事か、分かっているの!?
すっごく、すご~く恥ずかしかったんだからね!
あの時、大切にされて凄く嬉しかったのに、なんだってこんな女を……。
あ~っ! また見つめ合った~! きぃ~っ! 悔しぃ~っ!
お~の~れ~!
「マージ、マージ。」
ディオの親爺の再三の呼びかけで、マージョリーは我に返る。
「ふぇい? 」
間抜けな返事を返したマージョリーに、ディオの親爺は心配そうに尋ねる。
「どうしたんじゃ、マージ、気分でも悪いか? 」
「い、いえ……、何でもないわ、大丈夫。で、何?親爺さん。」
マージョリーはしどろもに答える。
「ふむ、異存が無ければ、そろそろ始めたいのじゃが、延期した方がよいかの?」
「あ~っ! 大丈夫、やる! 出来る! 始めましょう。」
「やっぱりマージは可愛いな。」
「! 」
慌てて取り繕うマージョリーに、キョウは可笑しそうに笑ってそう言うと、真っ赤な顔でマージョリーはキョウを睨み、彼の足を思い切り踏みつけた。
「いってぇ~。」
「ちょっとアンタ、私のマスターにいきなり何するのよ! 」
「ふんっ! 自業自得よ! さぁ、始めるわよ! 」
キョウは、ぷりぷり怒ってリュミエールに乗り込むマージョリーを、微笑みながら見送った。
「さて、こちらも行きますか。」
「はい、マスター。」
キョウとマグダラも、アザトースに乗り込んだ。
「全く! ホントに何を考えているんだか……」
ぶつくさと文句を言いながら、マージョリーはリュミエールの武装を展開する。
リュミエールの主武装は、超長距離魔導砲槍『
六段中折れ式の、長柄の大地槍ガタノトアに、紅蓮剣ヤマンソ、聖水剣ハイドラを組み合わせた三叉の槍で、長距離戦では砲戦兵器、中距離戦では槍、近接戦闘では、ヤマンソとハイドラを取り外して両手に展開して戦う。
マージョリーは近接戦闘のセオリーに則り、ヤマンソとハイドラをリュミエールの両手に、それぞれ展開装備して、アザトースと対峙する。
そして、信じられない物を見たマージョリーは目を見張った、そして歯をくいしばり、こめかみを抑える。
「あのヤロ~っ! 」
小さく呟いて、キョウとアザトースを睨む。
「何やってるのよ、キョウ! 真面目にやりなさい! 」
思わず叫んだマージョリーの視線の先には、武装を展開するどころか、胸部装甲とコクピットハッチを開いたままで、その開口部にマグダラを横座りに座らせたアザトースが、のほほんと立っていた。
「えっ? 何が? 」
マージョリーの中で、貴方からあの野郎までに地位の急降下爆撃を続けるキョウが、彼女の剣幕に驚いた様に聞き返す。
「その子を下ろしなさい! それから、武装はどうしたの!? 」
「ああ、何だ、そんな事か。」
キョウはマージョリーの言葉を、さらりと受け流す。
「この子の事は、気にしなくて良いぜ。」
マグダラが、にっこり笑ってキョウを見つめる。キョウは辺りを見回すと、近くに生えていた、アザトースの胸辺りの高さに成長した若木を引き抜く、鋭く一回転させてから、右手で木の根元を掴み、左手で刀を抜く様に撫でる。
若木は光を放ち、一振りの木剣となった。
「武装はコイツで良いや。」
にっこり笑って、キョウは木剣を満足気に眺める。
二人の態度に、マージョリーの心の
「馬鹿にしてぇ~っ! 」
キョウとマグダラを睨む、マージョリーの双眸が、それぞれ赤と白に輝く。
眸の輝きはリュミエールに伝播し、左右に別れ、赤い光は紅蓮剣ヤマンソに、白い光は聖水剣ハイドラに、それぞれ集束する。
「これでも、まだ馬鹿にする気! 」
赤と白の眸で、マージョリーは二人を激しく睨む。
ヤマンソは超高熱のプラズマの刃、ハイドラは凍てつく絶対零度の刃をそれぞれ形成し、リュミエールの手に構えられた。
性質の相対する極大魔導の同時展開、そして制御を目の当たりにしたキョウの目が点になった。
冷や汗が一筋、キョウの額をつたう。
「なぁ、マグダラ……。」
「なんですか? マスター。」
「ごめんなさいして、逃げていい? 」
マグダラの眉間に、ピシッと皺が刻まれる。
「何言ってるんですか! マスター! 」
「いや、だってあんなのに斬られたら、普通に痛いじゃ済まされんぞ……」
キョウの言葉を遮り、マグダラはアザトースのコクピット内に上半身をねじ込み、額をキョウの額に擦り付けてまくし立てる。
「だったら何だって言うんですか! マスター! なら斬られなきゃいいんです! 」
「いや、そう簡単に言うけどね、マグダラ……」
キョウの反駁を無視し、マグダラは更に、ずいっ、と迫って言葉を続ける。
「これは彼女を心服させるチャンスなんです! さぁマスター! サードマリアに圧倒的な力の差を見せつけるのです! 」
ぷっつん!
キョウとマグダラのこのやり取りを、リュミエールのコクピット内の外周モニター越しに見ていたマージョリーは、遂にキレた。
「ななななな、何やっているのよ! あの二人! 」
マージョリーの目には、二人の姿がこの様に見えた。
「キキキキキキ……、キスなんかしちゃってぇ~っ! 」
この瞬間、マージョリーの理性の箍が、全て綺麗に弾け飛んだ。
「あは、あははははは……」
虚ろな目で、無表情な顔に、乾いた笑顔を貼り付けたマージョリーは、一言ボソリと呟いて、リュミエールをアザトースに突進させた。
「……殺す」
プラズマと絶対零度の刃が、絶え間無く交互にアザトースを襲う。
「貴方がいけないのよ、キョウ。本当は私、アビィの願いを叶える為に、その精霊機甲だけ壊すつもりだったのよ……」
抑揚もなく、平板なトーンで、ボソリボソリと呟く様に話すマージョリー
「ちょっと待て! マージ、お前何か変だぞ! 一体どうした!? 」
鋭い斬撃を紙一重でかわしながら、キョウはマージョリーに問いかける。
「変? ……私が……変? 」
一瞬リュミエールの動きが止まる。
「変にしたのは、貴方でしょう! 」
更なる魔力をヤマンソとハイドラに注入し、マージョリーは、今までに増して強力な鋭い一撃をアザトースに放つ。
「おおっと! 」
キョウは巧みにアザトースを操り、この一撃を紙一重でかわすが、マージョリーは更に鋭い斬撃を繰り出し、追撃をかける。
「アザトースを壊して、貴方を死んだ事にして、名前を変えて孤児院で匿うつもりだったのに。そして私は賞金稼ぎを引退して、残りの一年を貴方の隣で静かに暮らすつもりだったのに。アビィの望み通り、私のお腹の中には貴方の赤ちゃんがいて……。私がマリアの下に旅立った後は、リュミエールと孤児院を貴方に継いでもらうつもりだったのに……」
「いや、そう言われても、こっちにも都合という物が……」
「それなのに、こんな女とイチャイチャイチャイチャ……」
「あら、私とマスターの仲にヤキモチ? ふ~ん。」
にんまりとしてマグダラの放った一言が、マージョリーの怒りの炎に、油ならぬニトロをブチ込んだ。
「キョウ! これ以上その女とイチャイチャしたら、私貴方を殺しちゃうよ! 貴方が死んだら、私もう生きて行けない。そしたら孤児院の子供達はみんな路頭に迷うのよ、私そんなの絶対嫌、お願いだから死なないで、キョウ! 死んじゃ嫌! 」
「マージ、理屈が通って無いぞ! 」
「あははははは……、死ねぇ。」
マージョリーは、必殺の一撃をアザトースに加え、破壊した筈だった。
この渾身の斬撃を今まで外した事は無い、そう、今までは……。
しかし、自分の眼下にある筈のアザトースの残骸が無い。そして、なぜかリュミエールのモニターが、逆さまの風景を映し出していた。
「何!? どうなってるの……」
「見事! 」
一部始終を目にしていたハスタァが、思わず感嘆の声をあげる。
キョウはアザトースで魔導戦技『ヘブンアンドヘル』を用い、突っ込んで来るリュミエールの死角に回り込み、その運足に合わせて足を蹴り払った。
相手が勝利という天国を確信した瞬間、地獄に落とすのがこの魔導戦技の真骨頂である。
リュミエールは半回転して転倒した、それも中のマージョリーが気がつかない程、鋭く、速く、そして優しく。
「倒したキョウも見事だが。」
ハスタァはディオの親爺の言葉に頷いた。
「ええ、キョウ殿に魔導戦技を使わせた、マージョリー殿も見事。」
「うむ。しかしマージ、キョウの実力はそんな程度では無いぞ、存分に胸を借りると良い。」
マージョリーは状況が飲み込めず、一瞬ではあるが、逆さまの風景を映し出すリュミエールのモニターを、茫然自失の状態で眺めていた。
「!? 」
モニターの画面に、不意に逆さまのアザトースが映し出された。
「もうおしまいかい、マージ? 」
私……、倒されたんだ。全然気がつかなかった…。
マージョリーの心に戦慄が走る、肌が粟立ち冷や汗がつたう。
この人、本当に強い!
今までの浮わついた気分は一瞬で消し飛ぶ、底知れぬ力を前に、彼女の心は恐怖に包まれた。
震える腕に力を込め、マージョリーはリュミエールを立ち上がらせる。
「まだ……、まだよ! 」
リュミエールは再びヤマンソとハイドラを握りしめ、プラズマに絶対零度の刃を展開して構える。
「それでこそマージだ。」
キョウは満足そうに頷いた、そして、傍らのマグダラに声をかける。
「マグダラ、そこから離れて。」
「えっ、どうしてですの?マスター。」
不満げなマグダラに、キョウは理由を説明する。
「マージが全開で戦えない、今までの彼女の攻撃、君のいる場所には全く来なかった。」
「……そう言われてみれば……。」
「それに、僅かながら手加減……、いや、躊躇いがある。本当に優しい子だよ。」
「確かに、負けた言い訳にされてはたまりませんわ。分かりました、マスター。」
キョウの言葉の最後の部分に、軽い嫉妬心を覚えたマグダラは、眉間に深い皺を刻みながらもその意見に合意して、アザトースから離れた。
キョウはそれを確認すると、アザトースのコクピットハッチを閉め、胸部装甲で覆った
魔導炉が唸りを上げ、この世界の全てを冒涜する。
排出された魔導気が、この世界の全てを混沌で覆う。
キョウはルルイエに召喚されてから、展開武装が木剣である事を除き、初めてアザトースの完全戦闘態勢を披露した。
その迫力は、それまでのアザトースとは明らかに違い、桁違いの力強さを発散していた。
「むう……」
「これが……、キョウ殿の本気……」
「馬鹿言わないで、マスターはまだまだ本気じゃ無いわ。」
マグダラは、アザトースの変貌に驚き、思わず呻き声をあげたディオの親爺とハスタァの傍らに忽然と現れ、木で鼻を括った様な口調で言った。
「マグダラ様」
「闇の端女! いつの間に! あれが本気でなければ、一体何だと言うのだ! 」
ハスタァの詰問に、やれやれとマグダラはため息混じりに答える。
「あんなの基本中の基本よ、あなただってイタクァを使いこなしてさえいれば、簡単に出来る事なのに、イタクァが可哀想。」
「なっ、何を! 」
目を剥いていきり立つハスタァの機先を制し、マグダラが対峙し合うアザトースとリュミエールを指差す。
「見て、これからサードマリアの本当の試練が始まるわ。あなたも素質が有れば、充分に参考になる筈よ、見逃さない事ね。」
「もとより、そのつもりだ! 」
ハスタァは視線をマグダラから、二機の精霊機甲に移す。
「さぁ、耐えきってご覧なさい、サードマリア。貴方の歩むべき道は、その向こうに有るのよ。」
マグダラは、本当の深淵を知る者にしか浮かべることの出来ない、深い笑みをその瞳にたたえ、リュミエールを見つめた。
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