1-2-5 テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ

「ふぅ、散々な目にあった……」


 シュブ=ニグラス亭で、ハスタァとディオの親爺に殴り倒されたノーデンスは、ハスタァの命に忠実に従ったビヤーキー隊により捨てられたギルドの外、人気の無いミスカトニック郊外のゴミ集積所で目を覚ました。


「あの二人、いきなり何をしやがる。」


 ぼやきながら立ち上がろうとすると、目の前に鳥の様な生き物がいるのに気がついた。


「何だ、こいつは!? 」


 七色のきらびやかな羽を持つ一本足の鳥の身体に、美しい人間の女の顔を持つ生き物である。


 身体全体から禍々しい気を放ち、美しいが見る者に嫌悪感を与えるその顔は、醜く口を歪めてニタニタ笑いながらノーデンスを見下ろしていた。

 人面鳥の不気味な目に魅入られたノーデンスは、放心状態となり石の様に動きを止めた。


 テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ


 人面鳥が不気味に囀ずると、ノーデンスは催眠術をかけられた様に、目から生気を失った。


 ひとしきり囀ずった後、人面鳥はノーデンスに一瞥をくれると、ニタリと薄気味悪く笑って飛び去った。

 しばらくして、ノーデンスは正気に戻った。


「あれ……、俺は一体……、何を……。」


 狐につままれた様な表情で、吸い込まれる様に人面鳥が飛び去った方角を見た。

 言い様の無い嫌悪感に襲われたノーデンスは、顔をしかめて足早にその場を立ち去った。



「あそこにしましょう。」


 ミスカトニックからの帰路、ンガイの森の開けた場所を見つけたマージョリーは、リュミエールを着陸させ、アビィを伴ってコクピットから出る。


「お腹空いたでしょう、お弁当にしましょうね、アビィ。」

「うん、マージおねえちゃん、おなかすいた。」


 二人はリュミエールの足元に座り、お弁当を広げて食べ始めた。


 優しい風が、心地よく二人を包む。

 お弁当を食べる二人の顔が、自然にほころんだ。

 食事を終えたマージョリーは、爽やかな森の空気に身を委ね、両腕を上にあげ、思い切り背筋を伸ばした。


「う~ん、気持ちいい。」


 マージョリーは緑の大地に寝転んだ。

 アビィもマージョリーの真似をして、伸びをして寝転ぶ。

 二人は顔を見合わせ、笑い合う。


「あぁ~、本当にいい気持ち。」


 寝転がったまま、マージョリーは空を見上げる。木々の枝の隙間から、雲一つ無い気持ちのよい晴天が覗く。


 アビィに目をやると、彼女はキョウから貰った紐の輪で、楽しそうに教わったあやとりをしている。

 アビィの手の中で、様々な形に変化する紐を眺め、マージョリーはキョウの事を考えていた。


 いや、正確にはシュブ=ニグラス亭で一緒に食卓を囲んだ時以来、彼女はキョウの事しか考えられなくなっていた。


 一見頼りない優男だが、白昼堂々幼女を守り歩く強さを持ち。

 とぼけて本心を隠してはいるが、時折垣間見せる深い考え。

 ハスタァ達と一緒にいた時は、無頼な口調と態度だったが、二人きりになった時に見せた優しい紳士的な態度、きっと後者が彼の本質なのだろう。


 本当に無頼漢なら、あの時私は貪られ犯されていただろう、それに、もしそんな男なら、アビィは絶対になつかない。好きな人を口実にしていたけど、きっと私を大切にしてくれたに違いない、でないとあの目の、あの包み込む様な優しい目の説明がつかない。


 キョウ


 彼は何処から、何をするために、私の前に現れたのだろう?


 マージョリーの脳裏に、あの屈託の無い優しい笑顔が甦る、心がときめくと同時に、やるせない気持ちに満たされる。


 ネオンナイト


 最高金額の賞金首にして、最強の賞金稼ぎ。


 子供達の将来の為に、必ず倒すと誓った男


 ルルイエ世界を敵に回して冒涜し、闇と混沌をもたらす反逆の精霊騎士、機械魔導師。


 それにしても!


 あの娘は一体誰なのよ! キョウの一体何なのよ!

 初めて見た時は、びっくりして敵わないと思ったけど、よくよく考えたら私だって全然負けてないわ!

 第一あんな華奢な身体で、丈夫な赤ちゃんなんか出来っこ無いわ! キョウはその辺の事分かっているのかしら!?

 胸やお尻なら断然私の方が上だわ!

 火傷の痕も、彼は気にしないって言ってくれたし、顔は……顔なのかしら? 私、抱いて貰えなかったのは顔が原因なのかしら!?

 い~え違うわマージョリー、よく思い出すのよ、あの時彼は何て言ってた、『とても魅力的だよ』って言ってたじゃない! 私の胸を見て、『狼さんに変身する』って言ってたじゃない!

 総合力なら、多分恐らくきっと私の方が上だわ!

 負けるもんですか! ぜ~ったい負けるもんですか!


 途中から妄想に変化した頭の中に、一応の決着をつけたマージョリーは、上半身を勢いよく起こし、キョウが世界を狙えると褒めてくれた右の拳を、左の手の平にパチンと当てて気合いを入れた。


 その時、今まで穏やかだった森の中の雰囲気が一変した。


 木々がざわめきだし、鳥達がけたたましく鳴き声をあげ、バタバタと一斉に飛び立つ。

 まるで木々も鳥達も、二人に「早くここから逃げなさい。」と、警告している様だった。


 空は一瞬で厚く黒い雲に覆われ、爽やかだった森の中は、不気味な禍々しい空間に変わった。


「何、これ。」


 得体の知れない危険を察知したマージョリーは、アビィの手を引いて急ぎリュミエールのコクピットに乗り込もうとした時だった。


「! 」


 いつの間にそこに現れたのだろう、すぐ目の前で一本足の不気味な人面鳥が、ニタニタと不快な笑みを浮かべてこちらを見ているのを発見し、マージョリーは言葉を失った。


 テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ


 不意に人面鳥が、美しくも不愉快な声で囀ずった。

 今まで感じた事の無い嫌悪感に、マージョリーは早く逃げなくては!と焦るが、足が思う様に動かない。

 人面鳥の不気味な目に魅入られそうになるのを、必死に抗いながらアビィを抱きしめる。


「キョウ、助けて! 」


 そうマージョリーが思った瞬間、アビィの首飾りの勾玉から、黒い光の粒子が弾丸の様に飛び出し、人面鳥に炸裂した。


 炸裂した黒い光の粒子の中から、背中に黒い蝙蝠の様な翼を生やし、両手に鋭い鉤爪と、両足には強力な蹄を持つ小さな黒い妖精が現れ、必死の形相で人面鳥を威嚇し、攻撃する。


「ふぅ~~~~っ! ふぅ~~~~っ! しゃ~~~~っ! 」


 黒い妖精の剣幕に押され、不気味な人面鳥はたまらず飛んで逃げ去った。


 マージョリーはアビィをしっかり抱きしめ、その光景を見つめていた。


「うぅ~~~っ! にゃ~~~っ! 」


 黒い妖精は、逆毛を立てて威嚇する様に、そして背後の二人を守る様に、人面鳥の飛び去った方向を睨みつけている。


 やがて、森から禍々しさが消え、元の穏やかさを取り戻し、空に青空が復活すると、ようやく黒い妖精は警戒心を解いた。


 黒い妖精は空中でとんぼ返りをすると、二人の見知った姿に変身して振り返った。


「にゃ~る、がしゃんな~。」


 満面の笑みを浮かべ、ウインクをする。


「にゃるちゃん! 」


 その姿を認めたアビィは、嬉しそうに駆け寄った。


「ナイアルラート。」


 マージョリーは歩み寄り、感謝とねぎらいの声をかける。


「助けてくれたのね、有り難う。」


 ナイアルラートは、マージョリーに少し不服そうな顔を向ける、まるで「分かってないわね。」と言っている様だ、マージョリーは少し戸惑う。


「えっ、何? 」


 戸惑うマージョリーに向かい、ナイアルラートは自分の片手を大きく上にあげて見せ、空いている手で指を差す。


「こうするの? 」


 マージョリーは、ナイアルラートの指示通り、片手を大きく上にあげた。その手にナイアルラートは自分の小さな手を元気に合わせ、サイズの合わないハイタッチを交わし、にっこり笑ってマージョリーの顔の周りをくるりと一周する。


「にゃる、がしゃんな。」


 マージョリーも笑顔を返す、アビィが嬉しそうに見上げる。


 しかし、すぐにナイアルラートは再び厳しい顔を取り戻し、リュミエールのコクピットを指差す。


「にゃる、がしゃんな! 」

「そうね、ええ、分かったわ。さぁ、行くわよ、アビィ。」


 マージョリーはナイアルラートの意図を正確に理解し、アビィの手を引いてコクピットに乗り込み、急ぎダンウィッチへと飛び立った。


 ナイアルラートと人面鳥の戦った場所には、なぜかそれらしき跡、羽毛が一つも落ちていなかった。

 その代わり、小さなアメーバ状のヌメヌメとした物質が散乱していた。

 アメーバ状物質は、それぞれ近くのアメーバ状物質と合体を繰り返す。ある程度の大きさになると、共鳴する様に音を出した。


 テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ

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