インターミッション 鞠川三尉の夢
相沢一尉の先進技術実証機ATD-X心神Ⅱ遭難事件以降、鞠川三尉の身の回りに二つの異変が起きた。
一つは基地全体……、というより、社会全体規模での相沢一尉の忘却である。
航空自衛隊の誇る最強のイーグルドライバー
日米合同軍事演習において、米軍エリートパイロットの度肝を抜き続け。
『成層圏のサムライ』
『音速のニンジャ』
と称され。
曰く、相沢機からのロックオンアラームには、他機とは違う殺気がある。
曰く、空戦訓練において、車輪が地面を離れた瞬間、撃墜判定を出した。
曰く、いや、それは離陸中だった。
曰く、いやいや、それは自機に乗り込む前だった。
曰く、フルペイロードの相沢機を撃墜できるのは、味方の空中給油機だけである。
曰く、相沢機にロックオン出来ないのは、作戦行動で潜航中の原潜だけである。
曰く、妖怪と化したアラフォーお局WAF(ワッフ)を玉の輿に乗せた。
曰く、旧軍時代から使っている基地に有りがちな怪異を、残らず全て調伏した。
と、数え上げれば枚挙に暇が無い程の逸話を持つ、現在進行形のリビングレジェンド、相沢恭平一尉の痕跡が、この世界から消えてゆく。
遭難から三日間は、該当海域において相沢一尉の捜索が行われていたが、四日目からそれは『遭難者捜索訓練』という名目に変わっていた。
驚いた鞠川三尉は、報告書の山とパソコンデータを、ひっくり返して逆さに振る様な勢いで調べるが、先進技術実証機実験のせの字すら出て来なかった。
上司や整備長は勿論の事、相沢一尉のお陰で玉の輿に乗れたお局WAFに至るまで、相沢一尉の事を尋ねたが、答えは全て同じ。
鞠川三尉の着任前日に依願退職した。
である。
そんな筈は無い、私は確かに、と一人頑張る鞠川三尉の想いとは裏腹に、人々の記憶から相沢一尉の痕跡が薄れて消えていき、半年が過ぎる頃には
鞠川三尉の妄想の
と、周囲から認知されるに至った。
もう一つの異変は、就寝中に不思議な夢を見るようになった。
その夢は、まるで連続ドラマの様に、一人の少女の生い立ちをたどり、追体験させる内容の夢である。
時には第三者として俯瞰して見たり、時にはその少女と一体化して見たり、様々なシチュエーションで彼女の生きざまを追体験して行く。
少女の名前は、自分のコールサインと同じ、マージョリーという。
同じなのはそれだけではない、彼女の容姿は十代の頃の自分と全く同じ、瓜二つなのである。
初めてその夢を見たのは、相沢一尉の痕跡が消え始めた遭難事件から四日目の夜からで、内容は少女マージョリーが、夜の闇の中を悪い男達の魔の手から必死に逃げるも捕まってしまい、酷い目に遭わされるが巨大ロボットを手に入れ、辛くも魔の手から逃れる。
という内容である。
翌朝鞠川三尉は複雑な心境で目覚めた、一体どういった深層心理が見せた夢なのだろう?
夢というには余りにもリアルで、それに少女マージョリーが掴まれた足首、焼きゴテを捺された脇腹、蹴られたお腹に鈍い痛みが残っている……。
相沢一尉がいたら、どんな夢判断をしてくれるだろうか?
その後も少女マージョリーの夢を何度も見た。
巨大ロボットを駆り、悪者を退治する少女マージョリーにエールを送り。
幼いながらも孤児院を開き、孤児を引き取り保護する姿に感動し。
子供達を『娘狩り』の魔の手から守り、必死で戦う美少女戦士マージョリーに、強くシンパシーを感じた。
マージョリーが美しく逞しく成長するにつれ、鞠川三尉は彼女の心の中に、少しずつ闇が生じている事に気がついた。
『恐怖』である。
マージョリーのいる世界では、女性は全て生まれながらにして呪いの病、マリア病に罹患しており、二十歳の誕生日にその寿命が尽きる、無論マージョリーとて例外ではない。
マージョリーの戦いは、忍び寄る死の恐怖で、徐々に刹那的な物に変質し始めている。
このままでは彼女は壊れてしまう!
彼女の精神を崩壊から守っているのは、孤児達との
もし、彼女の世界に相沢一尉がいたならば、以前私の指から虫を引き抜いた時の様に、彼女の心に生まれた闇を引き抜いてくれるに違いない。
もし、彼女の世界に相沢一尉がいたならば、きっとあの優しげな笑顔で彼女を励まし、道を示して全て解決してくるに違いない。
もし、彼女の世界に相沢一尉がいたならば!
鞠川三尉は、マージョリーの夢を見るたびそう願った。
どうか、一尉の別れ際の言葉の『別の世界』が、彼女の世界であります様に!
どうか、一尉が助けに行った『異世界の私』が、彼女であります様に!
鞠川三尉の願いは成就して、程なく待望の相沢一尉が、夢の中でマージョリーの前に現れた!
しかしながら……
マージョリーの拳が、相沢一尉の顔面にめり込んでいる……
どうしてそんな酷い事するの!? お姉さんの話を聞きなさ~い!
マージョリーの乗る巨大ロボットが、相沢一尉の乗る巨大ロボットに、剣を構えて対峙している……
ダメ~っ! 戦っちゃダメ~っ! お姉さんの話を聞きなさ~い!
鞠川三尉は、枕を抱えて飛び起きた。
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