第一部 第一章召喚 一話 メーデー
ハンガーに駐機されたそれは、明らかに従来の機体とは違っていた。
ステルス性を重視したデザインにもかかわらず、どこか翼を広げた鶴を思わせる優美なライン。
その姿態は、濃いグレーにくすんだステルス塗料でさえ、艶やかな化粧と錯覚するほどの佇まいである。
「これから宜しくな、相棒。」
機体に声をかけた相沢一尉は、口の中で祝詞を唱え、
相沢一尉が奇妙な足取りで、先進技術実証機 ATD-X心神Ⅱの周りを歩く光景を遠巻きに目撃した
「何をやっているんでしょう、相沢一尉……。」
「ゲン担ぎですよ。」
ふと口をついて出た鞠川三尉の疑問に、整備長が答えた。
「何でも相沢一尉は陰陽師の流れをくむ神社の倅だそうで、初めて絡みの機体には、ああして魔除けのまじないをするんですよ。」
「魔除けの、おまじないですか……? 」
半信半疑の鞠川三尉に、整備長が胸を叩いて答える。
「相沢一尉のまじないは、怨霊調伏から恋の成就までその効果は天罰てきめん、WAF《ワッフ》達の間じゃ大評判だ、知らないんですか? 」
「ええ、新任ですから。で、恋の成就……ですか 」
恋の成就。彼氏いない歴年齢等しく二十二年の乙女心は、思わずそこに食いついた。
そんな鞠川三尉の乙女心など意にも介さず、整備長は全く関係の無い名案を思いつく。
「そうだ! ウチの倅も受験前にお祓いでもして貰おうかな。いえ、できの悪い息子でしてね、もう二回も滑ってるんですよ。流石に三回は不味いですからね。」
いいえ、そんな事より恋の成就よ! 私ったら全然出会いとか無いし、おまじないお願いしたらステキな人に出会えるかしら?出会えたら良いなぁ……。
鞠川三尉の脳内物質が活性化する、それは妄想という現象を彼女の精神に引き起こしていた。
「ところで三尉、相沢一尉に用が有るんじゃ?」
恋の成就という大きな餌に食いついた鞠川三尉の耳には、整備長の言葉など入る余地が無かった。
「私も白馬の王子様に出会えるかしら、どんな人だろうな~、優しい人だったら良いなぁ~。」
ポワンとした表情で妄想中の鞠川三尉に、整備長は少し呆れ顔を浮かべた後、やや強い口調でもう一度声をかける。
「さ・ん・い・ど・の!」
「ふぇえっ! 」
驚いて間抜けな返事をした鞠川三尉の前に、憐れむ様な表情で自分を見る整備長がいた。
「三尉は相沢一尉に用が有って来たんじゃないんですか?」
咎める様な整備長の言葉に、穴が有ったら入りたい位の気分で鞠川三尉は取り繕う。
「えっ、ええ、そうでした、新任で、今日の実験飛行の管制を担当する事になったから、だから恋の成就宜しくお願いしますって、一言ご挨拶に……、では。」
しどろもどろな言葉と、ギクシャクと同じ側の手足を同時に動かして歩き去る鞠川三尉の後ろ姿を見送りながら、整備長は思わず呟いた。
「大丈夫なんか? あの姉ちゃん。管制ミスで相沢一尉、墜落なんて事にならないだろうな……。」
整備長の心配など知る由もなく、高鳴る想いを胸に抱き、鞠川三尉はやや緊張気味な口調で相沢一尉に声をかけた。
「あの、失礼します、相沢一尉。」
「はい、何ですか?」
そう返事をして振り向いた相沢一尉と目が合った瞬間、鞠川三尉の心に雷鳴が轟いた。
何? この感覚は? 確か私の記憶に間違いが無ければ……そう、『ひとめぼれ』だったかしら? お米のブランドじゃ無い方の。そういう概念が有るのは知っていたけど、これがあの噂に名高い『ひとめぼれ』なのね、勿論お米ブランドじゃ無い方の。こんな所に、こんなにステキで優しげな人が落ちてたなんて……、私は今、運命の王子様と出会ったのね?
嗚呼、教会の鐘の音と結婚行進曲と雅楽のアンサンブルが聴こえるわ、憧れのライスシャワーが見える……。
「……んい、三尉、三尉、ちょっと、お~い」
妄想トリップ真っ最中の鞠川三尉の耳に、遥か遠く現実世界の相沢一尉の呼ぶ声が微かに聞こえた。しかし残念な事に、如何に運命の王子様を以てしても、声には口づけ程『覚醒』の神通力は宿ってはいなかった。
相沢一尉の呼び声に反応して、中途半端に覚醒した鞠川三尉は、妄想の花園の中からキラキラした瞳で相沢一尉を見つめて『人生最大』の失敗を犯した。
「はい、お米じゃありません。」
「えっ? お米? 」
お米……?
お米……?
頭上に『? 』を浮かべ、見つめ合う二人。
一瞬の間を置いて、現実世界に帰還した鞠川三尉は犯した失敗に気がついて、自分自身を激しく呪った。
「何言ってるの! 私のバカ! 」
この場から逃げ出したい衝動を辛うじて抑えて踏みとどまり、あたふたと敬礼をしてから一気に用件を捲し立てた。
「おおおおおおお取り込み中失礼致します、相沢一尉。じっ、自分は本日のテストフライトの地上管制を拝命しました、新任の鞠川綾音三尉、彼氏いない歴と年齢同じく二十二の独身であります! どうぞ宜しくお願い致ちまちゅ。」
しくじった……、気が動転する余り、余計な事まで口走り、その上……噛んだ。
顔から火が出る、なんて生易しい表現ではとても済まされない。余りの羞恥心で、顔がさながら火炎放射器と化した鞠川三尉に今スコップを渡したら、きっと地球の裏側まで穴を掘り進む事だろう。
「ぷっ、あはははははははは」
鞠川三尉の乙女の羞恥心に、まるで追い討ちをかける様なタイミングで、相沢一尉が笑い出した。
そんなに笑う事ないじゃないですか。
ウルウルと涙目で訴える鞠川三尉の視線に気がついた相沢一尉は、軽く咳払いをした後、包み込む様な優しい目で、惚れ惚れする程に見事な答礼を返した。
「いや、笑ったりしてすまない。本日のテストフライトのパイロットを務める相沢恭平一尉です。こちらこそ、どうぞ宜しく。」
答礼を受けた鞠川三尉は、石の様に固まった。
はい、殺されました。私、鞠川綾音はたった今相沢一尉に目で殺されました。でもダメです、この恋は成就しません、何故なら……。
心は緊張感でがんじがらめとなり、心臓はバクバク鳴り、脚の力が抜けて膝が震え、頭の中が真っ白になる。今までずっとそうだった、土壇場でプレッシャーに押し潰されて失敗するお決まりのパターン。もうダメ、何を言っても何をやっても失敗して、呆れられて嫌われる……、挨拶になんて来なければ良かった。
後悔する鞠川三尉に、相沢一尉は予想外の話を始めた。
「ストレスだね。」
「えっ! 」
ハッとして顔を上げた鞠川三尉を、優しく見つめて相沢一尉は続ける。
「三尉はきっと成績優秀で、真面目な頑張り屋さんなんだね。」
「……」
「そんな三尉に周りの人達が期待して、勝手に三尉はこんな人だと虚像を作り出した。」
鞠川三尉は、きょとんとして相沢一尉を見つめる。
「その虚像は、実際の鞠川三尉と余りにもかけ離れ過ぎて、三尉は困っている。いくら否定しても謙遜と受け取り、誰も信じてはくれない。そして三尉は真面目な頑張り屋さんだから、周りの期待に応えようと必死に努力するから、ますますその乖離は酷くなり、悩みは深くなりストレスは溜まる、溜まりすぎたストレスで心が不安定だから、当然プレッシャーに弱く、土壇場で失敗して、更なるストレスを呼び込む、そんな所かな? 」
凄い、一尉は初対面なのに、私の小さい頃からの悩みを言い当てた。
相沢一尉は、驚く鞠川三尉の右手を左手で優しく取り、親指で手の平の中心を押さえる様に包み込んだ、相沢一尉の左手の指先から、暖かい波動が鞠川三尉の右手に流れ込む。
相沢一尉は右手で印を組み、祝詞を唱え始めた。
「
鞠川綾音に巣食ひし
相沢一尉の祝詞の詠唱が進むにつれ、暖かい波動は鞠川三尉の身体中を浄化しながら巡り、左手の指先に集中した。
何気なくその、自分の左手の指先を見た鞠川三尉が
「ヒッ! 」
と驚きの悲鳴を漏らしたのと同時に
「出たな! 」
と言って、相沢一尉は鞠川三尉の左手の指先を鋭い視線で見る。
二人の視線の先、鞠川三尉の左手の指先からは、波動に押し出され、苦しみもがく様に透明の糸状物質が這い出ている。
相沢一尉は素早く糸状物質を引き抜いて、力強く唱える。
「禁!」
すると、引き抜かれた糸状物質は、断末魔の痙攣をした後、一瞬光って崩壊し、跡形もなく消えていった。
「今の……、何だったのですか……? 」
呆然として聞く鞠川三尉に、相沢一尉は努めて明るく答えた。
「分かりやすく言えば、
鞠川三尉はハッとして気がついた、さっきまでの泣きそうな位の土壇場プレッシャーが嘘の様に消えている。
「はい、すっかり楽になりました。」
明るく答える鞠川三尉に、相沢一尉は目を細める。
「じゃあもう一つ、プレッシャーに打ち勝つおまじないを教えるね。」
「はい、お願いします。」
「手の平に、指で我と書いて、次に人と書くんだ。そして手の平を口につけて、大きく息を吸って吐くんだ。」
「人を三回書いて舐める、というのは知ってましたが、今のは初めて知りました。」
「人三回は効かないだろ? 」
「はい、私、千人書いてもダメでした。」
「それは誰の幸せも願っていないから、効かないのは当然なんだ。」
鞠川三尉の目から、鱗が落ちた。相沢一尉は話を続ける。
「まず、我と書く時は、自分がこれ迄やってきた事を思い浮かべる、そして人と書く時、自分が関係する事で相手が幸せになる事を願うんだ。」
真剣に聞き入る鞠川三尉。
「息を吸う時も同じ、自分のやってきた事を思い出し、吐く時はそれを伝えて相手が幸せになる事を願う。」
「相手を想う心が無ければ、自分は強くなれない……」
「うん、その通り、御名答。」
鞠川三尉は直立不動の気を付けの姿勢を取り、次にありったけの敬意を込めて相沢一尉に礼をする。
「御指導有り難うございます!相沢一尉!本日の地上管制はお任せ下さい、必ずや一尉に賜った御指導を活かしますので、どうぞ宜しくお願い致します!」
「こちらこそ、改めて宜しく頼む。いくら飛ばすのがパイロットでも、地上のサポートが無ければ作戦の成功は有り得ない。何せこっちは空に上がったら三割頭だからね、その意味でも君達の働きは重要です、必要だと思ったら新任とか階級差とか気にせず進言する様に。期待してるよ。」
「はい、全力で。」
期待に応えなくば女に非ず!
気負った鞠川三尉に、相沢一尉は予想外の変化球を投げて寄越した。
「時に三尉、彼氏いないって本当? 」
一瞬で固まる鞠川三尉。
「イッ! 」
93式空対艦誘導弾が『護衛艦鞠川綾音』の乙女の羞恥心に直撃。弾頭は内壁を紙の様に突き破り、最深部で炸裂、機関部大破、被害甚大、轟沈必至。
「いえ、それは、その、あの……」
護衛艦鞠川綾音の艦内では、総員退艦命令が発令され、鉄火場騒ぎの中、沈み行く艦から間一髪、搭載ヘリが離艦に成功する。
「意外だなぁ、そんなに可愛いのに。」
「へっ!? 」
搭載ヘリのコクピットに、ロックオンアラートが鳴り響いた。
「僕の初恋の人に、少し似てるかな。」
ロックオンアラートに続いて、ミサイル発射警報が鳴り響く。その直後、なすすべなく搭載ヘリに04式空対空誘導弾が直撃。木端微塵に爆砕した機体から、ウェディングドレスに身を包み、花吹雪が舞散る中を喜色満面で落下傘降下する鞠川綾音三尉。
降下する彼女の周りを、三頭身小人妖精鞠川綾音が、
『おめでとう私! おめでとう私! 』
そんな鞠川三尉の幸せ妄想を、まるで赤提灯の縄のれんでもくぐる様に捲り上げ、整備長が二人の間に割って入る。
「相沢一尉、そろそろ最終チェックですが、まじない……終わりました? 」
「すまない、まだ途中なんだけど……」
「どうします?もし、何だったら待ちましょうか?」
「いや、僕もそろそろブリーフィングだから、チェック宜しく頼む。鞠川三尉も地上管制宜しく、また後で。」
「はい、全力でサポート致します。それでは失礼致します。」
凛とした敬礼を相沢一尉に送り、答礼を受けた鞠川三尉は、新任若手士官に相応しい率動的な歩調で管制塔に向かい歩き始めた。
だがしかし、それも屋内に入るまでが限界であった。
自分が相沢一尉の視界から完全に消えた事を確認するや否や、完全に腰が砕けた。
可愛いって言われた、初恋の人に似てるって言われた。
さっきまでの率動的な歩調はどこへやら、リズミカルなルンルンスキップを、軽やかに踏んでいる鞠川三尉の心の中では、チョロQ風にデフォルメされた93式空対艦誘導弾に跨がり、両腕で同じくチョロQ風にデフォルメされた04式空対空誘導弾を頭上に抱え上げた三頭身小人妖精鞠川綾音が百名ほど、幸せいっぱいニコニコ笑顔で成層圏を目指し、一直線に駆け上がっていった。
さて、幸せいっぱい夢いっぱい、心は既に成層圏の鞠川三尉を地上に残し、機上の人となった相沢一尉は、太平洋上の試験空域を目指す間、ここ数日頻繁に見る様になった夢について、とりとめもなく考えていた。
一体あれは何を意味する夢なんだろう?
産まれた家柄から、夢判断で吉凶判断はよくやる。他人に頼まれて判断する事も有れば、自分の吉凶も判じて凶事を避ける事も有ったが、今回のロボットアニメの様な夢は例外である、さっぱり判断がつかない。
しかし、戦闘機乗りの性なのだろうか?
あの白い騎士の乗るロボットを撃墜するにはどうすればよいか?
相沢一尉の頭は吉凶よりもその一点を考える様になっていた。
やがて、試験空域に到着し、インカムに鞠川三尉からの通信が入る。
「こちらマージョリー、ネオンナイトの試験空域到着を確認。ネオンナイト、機体に異常は有りませんか? 」
そうそう、黒い騎士の称号、ネオンナイトは僕のコールサインと同じだ、何か因縁でも有るのだろうか?
などという事を考えてたら、返信が遅れた、応答の催促が来る。
「ネオンナイト、ネオンナイト、こちらマージョリー、応答願います。」
それからあの二人の聖女は、鞠川三尉そっくりだ、いや、同一人物といっても過言ではない。
そう思いつつ、相沢一尉は返信をする。
「こちらネオンナイト、マージョリー、感度良好。」
「了解、ネオンナイト、機体の状態はいかがですか? 」
「機体エンジン共に、すこぶる付きで絶好調、マージョリー、最高だ。」
「マージョリー了解、ではネオンナイト、試験飛行を開始して下さい。」
「ネオンナイト了解、高度四千から一万二千まで全力上昇を開始する。」
相沢一尉はそう言って上昇に移る、機体は想像を遥かに上回る力強さで、鋭く成層圏に駆け上がって行く、天井知らずのパワーとは、まさにこの事だ。
「三千まで全力降下、一万、八千、六千、機体に異常挙動無し、三千、機体強度に問題無し、お釣りが来る程頑丈だ。マージョリー、御駄賃いるかい? 」
この機体は凄い、最新鋭だから当然だが、今まで乗ったどの機体より格段に優れている。
パワー、機体強度だけではない、操縦捍を握る感触から、相当の機動性を秘めている事が窺い知れる。
相沢一尉は最高の玩具をサプライズプレゼントされた子供の様な気持ちで、一つ一つ機体の感触を確かめる、顔はゆるみ、ジョークが飛び出す。
しかし、もう一つの覚めた心が冷静に考える。
この機体でアイツに勝てるだろうか?
どういった戦術で戦えばアイツに勝てる?
夢の中で見たあの白い騎士、汚い手段で勝利を盗み、嘲笑の高笑いをしたあの男。
奴の機体を撃墜するにはどうすればいい?
相沢一尉は、いつしか黒い騎士の無念の思いを、自分の事の様に思っていた。
「こちらマージョリー、ネオンナイト、無事の帰還が何よりの御駄賃です。では高度一万まで上昇して下さい、高度一万到達後に水平飛行に移行、そのまま最高速度試験を行って下さい。」
鞠川三尉の通信が、相沢一尉の精神を現実世界に引き戻す。
「ネオンナイト了解、高度一万にて最高速度試験に移行。」
「試験手順を確認します、まずはスーパークルーズにて音速突破、そのまま速度を上げ、上昇限界に達した所でアフターバーナーに点火、最高速度に到達します。」
「ネオンナイト了解、復唱は必要かな? 」
「本当は欲しいんですが、今回はサービスします。その代わり、速度の報告はしっかりお願いします。」
「了解した、現在高度一万に到達、このまま水平飛行に移る。」
「確認しました、ではネオンナイト、素敵なフライトを。」
「ありがとう、マージョリー。」
スラストレバーをゆっくりと、繊細に操作して速度を上げる。
「速度八百、一千、音速突破、マッハ1.1、1.2……」
速度は順調に上昇して行く、エンジンに異常を感じる事も無い、相沢一尉は「いい調子だ、このまま。」と思う一方、「あいつら……助けてやりたいな。」と思ったその瞬間、外視界がグニャリと歪んだ。
何だ!何が起こった!?
素早くディスプレイに目をやり、機位を確かめる。
『やっと見つけました。』
頭の中に、少女の声が直接響く。
『ずっと、貴方を探していました。』
少女の声が合図であったかの様に、外の視界は回復した。そして相沢一尉は信じられない物を見た。
キャノピーの直前に、少女が横座りに腰掛けてこちらを見ている。黒を基調としたメイド服に似た服装で、深い憂いを含む特徴的な深い紫色の瞳と、同じく深い紫色の髪を持つ、神秘的な色白の美少女が、高度一万の上空で……、音速を超える飛行機の上に……。
『ネオンナイト、ロニー・ジェイムスの魂を継承する方、私は貴方の助力を乞い願う者。どうか一緒に来てはいただけないでしょうか? 』
ぶっ飛んだ状況の中、ぶっ飛んだ申し出を受けた相沢一尉の頭はパニック寸前であった、しかし、戦闘機パイロットとして訓練された、突発的状況に対応するための冷静な部分が、少女の顔を認識した。
そうだ、この子は夢の中に出てきた女の子だ、名前は確か……
「マグダラ? 」
『どうして!? 私の名前を? 』
驚いて見つめる少女に、相沢一尉はあるハンドサインを示した。
「ルルイエに行くんだろ、道案内頼む。」
ハンドサインを見た少女の表情は、驚きから驚愕、そして最上級の喜びに変わった。こぼれんばかりの笑顔に、相沢一尉は思った、いい顔だ、女の子はこうでなくっちゃ。
「はい、ではゲートを開きます。」
少女はそう言って、進行方向に向かって腕を伸ばし、手をかざした。
機体の前方に巨大な魔方陣が現れた、相沢一尉は魔方陣に向かってアフターバーナーに点火した。
「何、これ……」
管制塔では、鞠川三尉が相沢機の異変に気がついた。
「こちらマージョリー、ネオンナイト、応答願います! ネオンナイト! 」
「どうしたんだね、鞠川三尉。」
室長が訝しげに問う。
「はっ、実験機とのデータリンクに異常が見られます、何らかのトラブルが予想されます。」
他の管制員からも報告が上がる。
「実験機とのデータリンク、途絶えました。」
「カウンターステルスレーダー、反応消失。」
その報告を聞いた鞠川三尉は、必死になってマイクに叫ぶ。
「こちらマージョリー、ネオンナイト! ネオンナイト! 応答願います! 相沢一尉! 聞こえますか! 相沢一尉! お願いします! 応答して下さい! 」
僚機から通信が入る。
「メーデー! メーデー! 実験機に異常発生! 信じられない! 」
「どうしました!? 実験機の様子は!? 」
鞠川三尉の詰問に、僚機のパイロットが動揺した声で答える。
「機首に……人がいる。」
「そんな馬鹿な! 相沢一尉! 何が起こってますか! 報告願います! 」
夢中でマイクに呼びかける鞠川三尉に、僚機から絶望的な通信が入る。
「実験機前方に黒い靄の様な物! 靄の中に実験機が……、信じられない……、メーデー! メーデー! 実験機消失! 繰り返す、実験機消失! 」
呆然とする鞠川三尉に、今朝の出来事が思い出される。
私のせい……、私がおまじないを中断させたから……
そう思った瞬間、鞠川三尉の頭の中に、相沢一尉の声が響いた。
『違うよ、君のせいじゃない。』
えっ!?
『ちょっと野暮用が出来て、行ってくる。』
行くって、何処へですか!?何をしに!?
『こことは別の世界、そこの君を助けに。』
え?
『必ず戻るから。』
ちょっと相沢一尉、詳しい説明を……
『悪い、後の事は適当に宜しく、じゃ。』
えええええええええ! そぉんなぁああああああああ!
鞠川絢音三等空尉 彼氏いない歴イコール年齢二十二歳の、声にならない、そして声に出来ない心の叫びが、彼女の心の中で木霊した。
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