精霊機甲ネオンナイト

場流丹星児

第一部 サードマリアの章 プロローグ ネオンの騎士

 白い精霊機甲フェアーリーと黒い精霊機甲フェアーリーが、激しく刃を交わす。

 永きに渡る戦乱が終結した瞬間、偽りの聖者の仮面を脱ぎ捨てた白き騎士は、己の欲望の赴くままに邪法『妖蛆ようしゅの秘密』に身を任せ、救世の二聖女に邪悪な刃を降り下ろした。

 野望を阻止せんと駆けつけた黒き騎士は、一足遅れて惨劇を目の当たりにした。

 怒髪天を突いた黒き騎士は、二聖女の無念を晴らさんと白き騎士に挑む。


「愚かなり、ロニー・ジェィムス。妖蛆の秘密の力を得た私は無敵、すぐにマリア達の後を追わせてあげましょう。」


 白き騎士は嘲笑いながら黒き騎士と対峙した。

 しかし、如何に邪法の力を以てしても、最強の誉れ高い黒き騎士の力には抗い得なかった。

 白き騎士は次第に押され、やがて防戦一方となり、その表情には濃い焦りの色が浮かぶ。


「チィッ、流石はネオンナイト。」


 白き騎士は独り愚痴る。


 白き騎士の白は、己の邪心を隠す為に塗り固めた下賤な白。

 黒き騎士の黒は、弱き者の盾となり浴びた泥の高貴な黒。

 両者の歩んだ道、生きざまの差は、決定的な実力の差となって表れた。


 圧倒的な実力差で追い詰める黒き騎士、しかし、土壇場で白き騎士の奸知が冴え渡る。


「アレイスター! 」


 二人の戦いの間に、もう一つの黒を纏う少女が現れた。少女の駆る精霊機甲を視界に収めた白き騎士がほくそ笑む、そして黒き騎士の駆る精霊機甲に力負けをし、墜落を装い距離を稼いだ。


 そうとは知らず、少女は姉と慕う二人の聖女に害を為した憎い仇に止めを刺すべく突出する。


「マリア達の仇、覚悟! 」


 奸計に気づいた黒き騎士が少女に叫ぶ。


「よせ! マグダラ! 罠だ! 」

「馬鹿め、今だ!」


 白き騎士は同時に叫び、妖蛆の呪文を唱える。


「フングルイ、ムグルウナフ! 」


 邪悪な呪文をまともに受けた、少女の駆る精霊機甲は、瞬時に腐敗して崩壊、四散した。


「きゃああああああああ」


 少女は四散した機体から投げ出され、悲鳴を上げて真っ逆さまに落下して行く。


「マグダラ! 」


 黒き騎士は少女を救うべく、全速力で機体を降下させて後を追うが、白き騎士の機体が一瞬早く少女の身体を掴み上げた。


「ふはははは、勝負あったな、ロニー・ジェィムス。マグダラの命が惜しくば……、何! 」


 人質を取り、勝ち誇る白き騎士は、信じられない光景を目にして絶句した。

 黒き騎士がいつの間にか、少女を掴む白き騎士の機体の腕部に立っている。

 彼は腰の黒絹の鞘から、バルザイのシミターを抜き放つ。


「マグダラ、今助けるぞ! 」


 黒き騎士がシミターに魔力を込めると、それは巨大なザンバーに変化した。

 ザンバーが一閃し、少女を拘束していた腕部を両断して救い出した、そして自分の黒い精霊機甲を呼び寄せ飛び乗ると、倒れ伏す二人の聖女の許に飛翔する。


「ロニー、私悔しいよ! こんなんじゃ死んでも死にきれない! 」


 涙ながらに訴える少女の美しかった身体は、白き騎士の邪法の力で生きたまま腐敗し、崩壊していった。


「分かってる、今助けるから心配するな! 」


 黒き騎士は魔力全開で治癒魔法を施すが、腐敗の速度がそれを上回り、少女の崩壊は止まらない。


 二人を乗せた黒い精霊機甲は聖女の許に舞い降りる、黒き騎士は少女を二人の聖女の隣に横たえて、三人まとめて救うべく、更に全力の治癒魔法を開始した。そこへ、それを妨害するために、白き騎士の配下の兵が襲いかかる。


「テメェ等、今の俺は手加減出来ねぇぞ、命は要らねぇな! 」


 バルザイのシミターを握り締め、黒き騎士は気合いを入れ直す。


「ロニー、彼等は操られているだけです、殺めないで下さい。」


 陽光の聖女が、黒き騎士に懇願する。


「ったぁく、無理難題言ってくれるぜ、マリア。」


 襲いかかる兵達を薙ぎ倒し、ぼやく黒き騎士に月光の聖女が謝罪する。


「ごめんなさいロニー、私達が至らないばかりに、貴方には迷惑ばかりかけてしまって。」

「良いって事よ、マリア。お陰でこちとら退屈しねえ。」


 取り囲む兵達を相手に、一歩も引かずに応戦しながらも、軽口をたたきながら黒き騎士は全力の治癒魔法を続ける。

 そんな彼に、二人の聖女は静かに最期の願いを告げた。


「ロニー、もう治癒魔法は止めて下さい。」

「馬鹿言ってんじゃねぇ、これしきの事で諦めるつもりか! 」

「いいえ、マグダラの言う通り、私達はこのままむざむざと死ぬ事は出来ません。」

「白騎士アレイスターの野望を阻止しなければ、このルルイエ世界は再び悲しみに覆われるでしょう。」

「だったら何で!? 」

「この身体はもう持ちません、アレイスターは私達のシルバー・コードに楔を打ち込みました。」

「くそったれ! 妖蛆の邪法か! 」

「はい、ですが一つだけ対抗手段はあります。」

「私達はそれに賭けようと思います。」

「精霊化か!? 」

「ええ、私達は魂を精霊化し、アレイスターと戦う者が現れたら、その者を導く存在になります。」

「私達はそれぞれのクティーラのクリスタルを寄り代に、マグダラは貴方のアザトースに、お願いできますか? 」

「分かった、行くぞ! 」


 黒き騎士はバルザイのシミターを一閃させ、三人の娘のシルバー・コードを斬り、魂と肉体を分離した。

 三人の魂は二機のクティーラとアザトースのクリスタルに融合し、精霊化を始めた。


「そうはさせるか! 」


 体勢を立て直した白き騎士は、聖女達の精霊化を阻むべく襲いかかる。


「邪魔をするな! 」


 黒き騎士は、三人の精霊化を守る為、背後に二機のクティーラとアザトースを庇い、バルザイのシミターの刀身を再び巨大なザンバーに変え、生身のままで白き騎士の精霊機甲に立ち向かう。


「俺はネオンナイトだぜ、チンケな邪法で倒せると思うな! 」


 黒き騎士の気迫は、一時的に白き騎士の駆る精霊機甲を圧倒するが、いかんせん生身のハンディは厳しく、埋める事は叶わなかった。

 やがて体力、魔力は尽き、僅かに残った気力を奮い立たせて抵抗する。


「化け物め、しかし足元がふらついているぞ、これまでの様だな! 」


 勝利を確信した白き騎士は、自機のコクピットハッチを開けて身をのりだし、黒き騎士を見下ろした、その手には青銅の鏡が握られていた。


「貴様の最強の称号に敬意を表し、このニトクリスの鏡で息の根を止めてやろう。」


 嗜虐の笑みを浮かべた白き騎士は、敬意とは対局の態度と口調でそう言い、ニトクリスの鏡を黒き騎士に向けた。

 その時、アザトースのコクピットから、小さな黒い妖精が飛び出した。妖精は黒き騎士の遣い魔で、独りぼっちの自分を拾い上げてくれた恩に報いる為、主人の顔の前で小さな身体を盾にすべく、両腕両脚をいっぱいに広げた。


 ギュッと目を瞑り、怖いのを必死に我慢して主人を守ろうと頑張る小さな妖精は、不意に自分の半身に、優しい温かい物が触れるのを感じた、それは優しく素早く自分を振り払っている、驚いて見回すと、それは主人の手のひらだった。


 温かい指の隙間から、守りたかった主人の笑顔が、優しい眼差しで自分を見ていた。


「ナイアルラート、これをギィの所へ頼む。」


 黒き騎士は、バルザイのシミターを妖精に託し、アザトースに向けて思い切り振り払った直後、ニトクリスの鏡の光を全身に浴びた。


「ふはははは、ロニー・ジェィムス、貴様の魂、異世界の彼方に飛ばしてやる! 」


 勝ち誇る白き騎士に、黒き騎士は力強く宣言する。


「何処に飛ばされても、必ずこのルルイエに帰って来る!首を洗って待っていろ、アレイスター・クロウリー! 」


 続いて精霊化した少女、マグダラがアザトースを操り妖精を回収して宣言する。


「ロニーが何処に飛ばされても、必ず私が見つけ出して見せるわ、そして、マリア達の意志を受け継いだサードマリア(三人目のマリア)と共にあなたを倒してやる! 覚悟なさい、アレイスター! 」

「ならば今此所でお前を討ち滅ぼすまでよ! 」


 そう言って飛びかかろうとした白き騎士の精霊機甲を、二機のクティーラが押さえつける。


「そんな事はさせません! 」

「マグダラ、今は逃げるのです! 」


 精霊化した二人の聖女の必死の抵抗に、白き騎士は攻撃の矛先を変えた。


「いくら精霊化したとて、搭乗者のいない精霊機甲など! 」


 二機のクティーラを押し倒し、コクピットを破壊する。


「お前達が寄り代にしたクリスタル、私が利用させて貰う。」

「止めなさい、アレイスター! 」


 アザトースが白き騎士の暴挙を止めに戻ろうとした瞬間、黒き騎士の肉体が閃光を放って爆発する。

 強大な魔力を伴う爆風に煽られたアザトースは、もはや近づく事も叶わず、その場を後にしながら精霊化した少女はクリスタルの中で悔しさに震えながら誓いを立てた。


「必ず、必ず助けるから、待っててね、マリア。」


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「という夢を見たんだけど、チョウさん、どういう意味か分かる? 」


 ハンガーの片隅で将棋を指しながら、相沢恭平一等空尉は、盤の向こうに座るチョウさんこと整備長に聞いた。


「そんな、自分が一尉に夢判断なんて出来ませんぜ!」

「うーん、そうかぁー。」


 慌てて首を振る整備長に、相沢一尉は心ここに在らずといった感じの生返事を返しながら手を進める。

 どうにも将棋にも身が入らない様子の彼に、整備長は現実を告げるべく、探る様な口調で口を開いた。


「ところで……いいんですか、一尉? 」

「ん、何が? 」

「王手飛車取りですよ。」


 その言葉に、一気に現実に戻った相沢一尉は、青い顔で将棋盤を見つめる。


「待った! 」

「待ちません。」

「そこを何とか! 」

「いいえ、待ちません。」

「頼むからさぁ。」

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