いつか帰る場所

室内の電気が消され、前方の壁に動画が映し出された。ディストピアのテーマ曲が流れ、閻魔様を始め、人気のキャラクターの赤鬼や青鬼、死神やガイコツが登場し、牛頭ごず馬頭めず、それからガーゴイルやヴァンパイアなんかも出てきて、夢と魔法の王国へ手招きしながら入っていく。


閻魔様が口笛を吹きながら船の操舵輪を回すと場面が移り、ナレーションと共に絵本が開かれて物語が始まった。


ナレーション

「そのむかし、エマという女性がいました。エマは人間で初めての死者で、エマは死後の世界を行く当てもなくさまよいました。山を越え、川を越え、ようやく天国という楽園にたどり着くと、エマはしばらくの間、そこで幸せに暮らしていました」


貸切り状態の上映会に、国光はキョロキョロと暗闇の中に視線を泳がし、手持ちぶさたに机の上の眼鏡のアームを開いたり閉じたりする。


ナレーション

「生前に罪を犯した悪人や、様々な欲望を持った者がやってくるようになると、エマは平和を守るため、楽園を天国と地獄に分けて関所を作りました。よこしまな考えを持つ者が天国に来てしまわぬように」


クラシック音楽に合わせて、エマが魔法を使ってディストピアを作り上げていくアニメーションが流れている。


国光の目が暗闇に慣れて、部屋の隅でアクビをしている永倉を捉える。それに気付いた永倉が、ちゃんと見ておけと国光を睨んだ。


ナレーション

「ですが、死者の数が増え、エマ1人では管理しきれなくなりました。毎日、世界中から15万人以上の死者がやって来るからです。そこで業務の1部分を生きている人間に委託することにしました。それがディストピア」


ディストピアという舞台の設定を紹介し終えると、笑顔でビジターを迎えるコンシェルジュ達の姿があらわれ「さあ一緒に魔法をかけよう」というセリフで動画が締め括られた。


壁に映るディストピアのロゴ、その下にキャッチコピーの「いつか帰る場所」という文字。背景には満月と黒い影のお城が描かれている。


部屋の隅で腕を組んでいた永倉が、ゆっくりと中央に進み出て、バインダーに挟んだシートのチェック項目に目を落とした。


永倉

「さて、どう見えて、どう聞こえた?」


国光

「え? どうって……」


突然の大雑把な質問に口ごもる国光。面接なので、正直に「普通でした」なんてつまらない答えをするわけにもいかず、かといって「素晴らしい映像で感激しました」などと嘘のお世辞を言うタイプでも無かった。


永倉

「ようこそ、魔法の王国へ! だったか? それとも一緒に魔法をかけよう! だったかだ。人によって聞こえる言葉が違う仕組みになっている」


国光

「あ、一緒に魔法をかけようでした」


仕方なく永倉が助け船をだすと、最近の技術では、そんな事が可能なのかと感心しながら国光が頷いた。


永倉

「なるほど、それと最初に登場したキャラクターの数は3か? ガイコツが見えたりしたか?」


国光

「えー? 覚えてないですよ……確か……」


国光が記憶を辿りながら指折り数える。


国光

「9……かな?」


それを聞いた永倉は、眉を上げ、目を見開いて口を開けた。数秒ほど気まずい沈黙が続き、国光はまばたきを繰り返して肩をすくめた。


永倉

「9だって!? 嘘をつくな、裸眼でそこまで見えるわけ無いだろう!?」


国光

「そ、そんな事言われても……覚えてないんですよ……ガイコツのジャックはいました。それは間違いないです」


永倉は唸り声を上げながら不服そうに首をかしげると目を細める。左利きなのか、戸惑いながらも9という数字を左手で書き込み、その後ろにクエスチョンマークを付け足した。


永倉

「まあいい、いずれハッキリすることだ。だが、注力散漫で記憶力も悪い。今のところ俺の評価は良くないぞ」


そう言いながら、壁際のホワイトボード前に移動して、水性サインペンを国光に手渡す。


その後は「自分の身長の高さに線を引け」と言ったり、「壁に向かって手を伸ばさず目算で『前ならえ』した時にギリギリ指先が届く距離に立て」など、空間認識能力を試すような課題が出された。


結局意図が説明されることは無かったが、国光は少しでも心証を悪くしないために、言われるがまま深意の分からないテストに黙って従った。


「よし、これでひとまず面接のチェック項目は完了だ。次はコスチュームを借りて、実地テストに出掛ける」


予期していた事ではあったが、実際に実地テストをやると伝えられて、緊張で口から魂が飛び出そうになる。その思いを必死で飲み込み、やるべきことを再確認することで、心を落ち着かせようと努めた。


国光

「お客さんをディストピアに案内すればいいんですよね? 場所は駅前ですか?」


永倉

「客のことはビジターと呼ぶルールだ。場所とビジターはこれから現場に行って決める。ディストピアの玄関口である死役所前まで、無事送り届けられたら面接は終了だ」


国光

「ちょっとまだ状況が飲み込めていませんが、やるべきことはわかりました」


永倉

「それでいい、俺はどちらかといえば今までの適性検査なんかより、実際に現場で動けるかどうかのほうを重要視するからな。しっかりついてこい」


国光は永倉に着いて行き、トレーニングルームを出ると、1階にあるコスチュームの貸出しを管理しているイシューカウンターに向かった。

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