ドリーマーズファクトリー

姿を変える場合、動物と人間で決定的に違う部分は何だと思う?


それは服装だ。肉体だけ創造すれば良い動物と違って、人間は格好にも気を配らなきゃならない。


個人的には裸でも構わないし、ディストピアにも服を身に付けないエリアもあるが、基本的には衣類を身に纏うのがルールであり、目立たずに行動する為には不可欠な要素だ。


周囲に溶け込むことが、人間のいるエリアでは身を守る術になる。以前、ディストピアに忍び込んだ悪魔で、どこにでもいる普通の人間だと思い込んで変身したはいいが、人間の間では有名な人物だったらしく、あっという間にバレて捕まった間抜けもいた。


正直、俺たちから見たら人間なんて全部同じに見える。だからそいつは、人間の作った雑誌を参考に、もっとも多く見かけたマイケルとかいう名前の男に変身したらしいが、そもそも雑誌に載ってる時点で危険だと気付くべきだった。


「どうだミシカ? 変じゃないか?」


俺は人目につかない岩壁に囲まれた場所で、人間の男に変身した。センスも重要だが、知識があればアレンジは無限大だ。


黒髪を逆立たせて、額の生え際はM字にする。鋭い目付きでプライドが高そうなへの字の口元。小柄ながら引き締まった肉体と、王族を思わせる気品を持たせた。


「……ダメ、やり直し」


「まったく、アタマにくるぜ……これでどうだ?」


「金髪にしただけじゃないの! どこの惑星の戦闘民族よ!? アンタわざとやってるでしょ!」


「おもしろいジョーダンだろ?」


「真面目にやって!」


俺は仕方なく地味な少年に姿を変えた。髪の毛は黒くクシャクシャな癖毛で、瞳は明るい緑色。小顔で細面で丸眼鏡を着用。同年代に比べて小柄で痩せているが、弱そうな見た目で相手を油断させるのは常套手段とも言える。地獄ほど外見で判断できない場所はない。


青のタイツと亀みたいな肩当てを消して、黒っぽいコートに身を包む。裏地は赤で内に秘めた勇敢さを表した。


「これで文句無いだろ?」


「……まあ、額に稲妻型の傷跡が無いからいいけど、メガネは露骨だから消して」


ミシカは不服そうに言ったあと、栗色の髪を後ろで束ねた人間の女になった。紺色のスーツをキッチリ着こなして、白い肌に神経質そうなアーモンド色の瞳で、ドリーマーズファクトリーを見学に来た姉を演出している。


「上手いもんだな、どこからどう見てもその辺にいる人間だ。俺たち悪魔は無から有を生み出すのは苦手だから、なにかしらモデルがあるのに、ミシカにはオリジナリティがある」


「慣れでしょ、アタシは人間界でたくさん見てるからね」


黙ってても良いんだが、得意気に胸を張るミシカに俺は言ってやる事にした。


「ほんと、猫耳がとってもチャーミングだよ」


ミシカが慌てて頭の上の耳に手をやって俺を睨み付けながら耳を引っ込めた。なんだっていうんだ、猫の姿の時の名残をせっかく教えてやったのに。




ディストピアから、ほどよく離れた荒野にドリーマーズファクトリーはあった。3階まである建物が中央にあり、左右に2階建ての建物がある。


「で、ウメダとやらはどのへんにいるんだ?」


「ロイの話だと、D棟の管理を任されているらしいわ」


俺は魔力で視力を上げて、切り立った高台からドリーマーズファクトリーを見下ろした。防犯の為か魔法障壁が張り巡らしてある。


正門の横に、眠たそうな守衛のいる詰所があり、ドリーマーズファクトリーで働く悪魔の出入りを管理している。


閉ざされた正門の扉には、サンドマンという睡眠を司る妖精が描かれていて、両脇にある石レンガの柱に、バクとヒツジの石像が彫られていた。


「なあ、あの柱の石像は誰に向けて創られたんだろうな。見たところ3棟しか無いし、本当にD棟で間違いないのか?」


敷地は黒い鉄柵の付いた塀で囲まれ、右手の方に、ディストピアへのゲートがある。つまり人間はほとんど正門を利用しないってこと。


「さあね、誰でもいいじゃない。アンタの為かもよ?」


正門の先にはカスタードクリーム色の外壁 が高くそびえ立ち、屋根部分はシュークリームみたいなドーム型になっている。


「どこにもA棟とかB棟とか書かれてないな、これじゃ端から全部探すことになる」


「中で誰かに聞けばいいじゃない」


ここまで人と関わることを躊躇ためらわない悪魔も珍しい。人間界で道に迷った時、ミシカなら通りすがりの人間に当たり前のように尋ねるのだろう。


見返りを要求しない人間は珍しいし、そもそも人間が相手じゃなくても、借りを作るのは好きじゃない。


「隠れろ!」


俺は警告しながら身を伏せた。ミシカがキョトンとした顔でぼさっと立ってるので、力ずくで地面にハグさせる。


「ちょっと! 何すんのよ!」


当然ミシカが騒ぎだすので、俺は薄くて透明の魔力の膜であたりを包み込んだ。敵に関知されない事を願いつつ、地面に押し付けられて変顔をキメているミシカを解放してやった。


「サクラだ」


俺は膜の表面を岩肌に迷彩しながら、ドリーマーズファクトリーの上空を舞うサクラの花びらを指した。ミシカが瞳に魔力を集中させて花びらを探し始める。


「ほんとね、なんであんなところに」


「植物に変身出来る奴を俺は数えるほどしか知らない。すげえ嫌な予感がするぜ」


実際、動物より植物に変身するのは難しい。いや正確に言うと、植物になっちまうと脳が無いんで物事を考えるのが難しい。


つまり、手違いでサクラの花びらになっちまって風に吹かれて舞っちまってるんじゃなきゃ、かなりの魔力の使い手って意味。


この無風の世界で、サクラの花びらは何かを探すように、フワリフワリと舞い踊り、ある地点の魔法障壁の上で、ピタリと動きを止めた。

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