ちょっと何言ってるかわかんない
せっかく動きやすい服装で来たのに、国光が着替えたのは丈が長めの黒いスーツだった。ディストピアに遊びに来たビジターの流れをコントロールする、通称ビジコンと呼ばれるコンシェルジュが着るコスチュームだ。
永倉
「似合ってるじゃないか。よし、そいつは俺が預かろう」
国光
「コスチューム着ると、なんだか本番って感じがしてプレッシャーですね」
永倉に着替えの私服と私物を渡しながら、国光は正直な感想を伝えた。
永倉
「迷える魂を安らかに送り届ける。簡単だが重要な仕事だ。昔と違って迷子になる死者が続出してるのは、
国光
「すいません、言っている意味の半分も理解できないんですが」
永倉
「そのうちわかる、メガネをかけていいぞ。そのメガネは特別なメガネだ。見るべきでない者を見えなくして、見えるべき姿を見るサポートをしてくれる」
国光
「すいません、本当に言っている意味が全部わからないんですけど」
聞けば聞くほど悪化する説明内容に国光が詳細を求めるが、永倉は意地悪そうに笑うだけで、それ以上答えようとしなかった。
本社棟を出て3種類あるバスのうち、別館行きのバスに乗った。ディストピアは広いので、従業員専用区域を従業員専用バスが走っている。
バスの中には液晶モニターが設置されていて、従業員向けの案内映像や近日公開予定の映画を宣伝していた。
大橋
「マジ昨日のアテンダンスヤバかったですね」
谷口
「大橋くんテンパってD1から出ようとしたでしょ?」
倉田
「そうそう、トラカン倒したときはどうしようかと思った」
谷口
「まああれはリードの指示も悪かったよね」
大橋
「あのあとリードがピリピリしてて、ブレイクの時間、生きた心地しなかったですね」
フードが付いた白装束のコスチュームを着た集団が、担当エリアに向かおうとバスに乗って来て、国光の知らない専門用語を使って話しているのを国光は憧れの気持ちで聞き耳を立てた。
永倉
「これからアネックス側の出口からペデに行って、ビジターを案内して貰うからな、心の準備をしておけよ」
国光
「ペデ?」
永倉
「ペデストリアンデッキの事だ。広場と横断歩道橋の両方の機能を持って、建物と接続して建設された、歩行者専用の高架建築物」
国光
「へー! 従業員の専門用語って格好いいですね! アネックスは何て意味ですか?」
永倉
「……ペデストリアンデッキは一般用語だぞ。ちなみにアネックスは別館の意味だが、それも一般用語だ」
国光
「それ誰にでも通じます?」
永倉
「こっちの世界ならな」
相変わらず含みのある言い方を繰り返す永倉に、国光は苛立ち始めていた。しかし、面接の合否は永倉次第だ。
ビジターを入国審査を受けられる死役所前まで、無事送り届けられたら面接は終了だと言っていた。合格とは言っていない。
例えば暴れ泣きわめく子供のビジターがターゲットだとして、その辺に落ちてる手頃な魔法の石を掴んで、後頭部にガツンとお見舞いして夢の国へ招待する方法もあるが、当然合格はしないだろう。
現場で動けるかどうかを重要視するとも言っていた。それはある意味、目的地に送り届けることが出来なくても、顧客満足度を満たす事が出来れば合格するという可能性を秘めている。
永倉に着いてバスを降り、アネックスゲートから外に出ると、目の前には三途の川に架かるペデストリアンデッキが見えた。
ペデストリアンデッキの向こう岸には賽の河原があり、ディストピア関連グッズを専門に取り扱うショップ『アリヴェデルチ』がある。
国光
「今日もたくさんの観光客が買い物袋を積み上げているんでしょうね」
永倉
「まあ、向こうならそうだろうな。さて、俺はここまでだ。今から1人でペデを渡り、賽の河原で困っているビジターを見つけ、入国手続き窓口のある死役所まで案内しろ」
国光
「ちなみに、マニュアルとか注意点とかアドバイスは……」
永倉
「無いな」
国光は目を閉じ、大きく深呼吸して自分の頬を2度叩いたて首を振った。
まともな説明も無しに、新人を現場に投入するブラック企業なんて、むしろ落ちても構わない。あまり思い詰めず、気を楽にして出来ることをやればいい。少なくとも、俺のせいでせっかく楽しみにやって来た人をガッカリさせることが無いように頑張ろう。
「もしかしたら、簡単に根を上げるような根性なしかどうかを計っているのかもしれない」
国光は曇天模様の空の下、奮い立てるように自分に言い聞かせると、前へと進んだ。
ペデストリアンデッキに近付くにつれてディストピアのテーマミュージックが、どこからともなく聞こえてくる。雰囲気を壊さないよう、スピーカーは隠されているのだろう。
他の追随を許さないほど計算され尽くした細かい配慮がされている。ペデストリアンデッキの道中にはキャラクターの銅像があり、ビジターを迎え入れている。
ビジターは入園する前から日常とは違う演出に酔いしれ、夢と冒険に満ち溢れたテーマパークを体験するのだ。
「おかしいな、誰もいない」
開園時間はとっくに過ぎてるとはいえ、普段ならディストピアに向かうビジターがいるはずなのに、国光の視界には影すら見当たらなかった。
「え? 嘘だろ!?」
ペデストリアンデッキを渡りきると、背後からシューっという空気が抜ける音がして、国光が振り返ると、ペデストリアンデッキは風船の空気が抜けるようにしぼみ、三途の川に飲み込まれていった。
「いったいどうなってるんだ」
現実とは思えない魔法のような光景に、国光は呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
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