チェリーブロッサム
ドリーマーズファクトリーに舞い降りたサクラの花びらが、魔法障壁に触れると、火花を散らしながら黒煙を放ち始めた。
「これでハッキリしたな」
「何がハッキリしたの? なんなのアレ」
「魔法障壁がサクラの侵入を拒んでる。急ぐぞ」
「なによ、どういうことよ」
「あいつがドリーマーズファクトリーにとって敵で、よからぬ事を企んでるって事だろ、見ろ、雇われの警備悪魔達が出てきたぞ、この隙に乗じて入り込もう」
観光客の人間を装うミシカの計画は、別の機会にした方がいい。俺はメガネを手でクイッとしようとして空を切った。そうだメガネは消したんだった。
さて、問題はどうやって中に入るか。地面を掘って向こう側に出る? いや魔法障壁は地下まで続いているはずだ。
じゃあ、いっそのこと勢いに任せて全力で突撃するか? 時速300キロくらいなら出せるし、魔力で身体を守ればひしゃげずに済むだろう。デメリットは確実に見つかるって事だけだ。
出来るだけ静かに、誰にも気付かれず侵入する方法はないか。
俺が考えをまとめていると、守衛が詰所の覗き窓から上空の花火を見ようと顔を出した。
俺はひらめいて高台から飛び降りると、音も無く着地を決めて正門へ急いだ。足元の砂を魔力で浮遊させ、ポカンと口を開けて満開でもなければたった1枚しかない桜の花見をしている守衛の顔に飛ばす。
「わわわっ! なんだ、急に砂ぼこりが!」
首尾よく守衛の視界を奪う事に成功した俺は、瞬時にテントウムシに変身して覗き窓から詰所内に潜り込むと、正門を開けるボタンにダイブした。
これでミシカは正門を突破できるはずだ。とはいえノンビリしているヒマは無い。守衛が視力を取り戻す前に、この場から離れなければ。
「おい! 何してる、侵入者だ!」
一瞬見つかったかと身体を硬直させたが違った。タイミングの良いことに扉を開けてもうひとり別の守衛が現れた。上空の花火を指差しながら叫び、果敢にも戦おうと言うのか、魔力の防御膜で身体を包んでいる。
俺はすかさず外へと飛び立ち、上空からの視線を逃れようと、ドリーマーズファクトリーの軒下を目指した。
ミシカを振り返る余裕は無かった。なぜなら空から黒コゲの飛来物が降ってきたり、ドリーマーズファクトリーから続々と出てくる警備の人間や、雇われ悪魔を避けるのに夢中だったからだ。
なんとか軒下に辿り着き、しれっと元の人間に姿を戻す。迷って外に出てきてしまった少年を装い、頭を抱えて怯えるフリをしながら次の作戦を練る。
どれ、ミシカの具合はどんなだ?
俺は指の隙間から様子をうかがった。
あちゃー、正門こそ突破したみたいだがモタモタしてら。
なまじ人間の姿なもんで、悪魔じみた動きができずにいるらしい。人間にだって悪魔じみた動きをするやつは、ごまんといるっていうのに。
「君! こんなところでどうした!? ここは危ない、早く中へ」
雇われ悪魔が俺を見つけて声をかけてきた。見た目こそ角刈りで体育会系熱血漢って感じだが、第4のまぶたで見ると緑色の肌だし、だらしなく紫色のベロが伸びているのが見える。それにしちゃずいぶん仕事熱心な悪魔だ。
「でも、お姉ちゃんがまだあそこに! お願い、お姉ちゃんを助けて!」
俺はミシカを短い指で差して愛くるしい少年の声色を使って助けを訴えた。
「なんだって? よし、この俺に任せろ! お姉ちゃんは、この俺が必ず助け出してやる!」
正義感に燃える瞳で、颯爽と飛び出す雇われ悪魔。単純で、ノリやすい。良い悪魔だな。この状況に酔いしれ楽しんでいるようにも見えるが、本当に大丈夫だろうか。
「この俺が来たからには、もう安心だ!」
「なによアンタ、誰? ちょっと近寄らないで」
「混乱してるな? 大丈夫だ、この俺が助けに来た!」
「頼んでないわよ、どいて!」
「この俺に任せろ! 君は必ず救助する!」
「ちょっやめて! 離して!」
ミシカは雇われ悪魔を振り切り駆け出したが、バランスを崩して倒れ、ヒザから血が流れた。空に緑色の閃光が輝き、魔力の塊がゆっくりミシカに向かっていた。
「そっちはダメだ! 危ないっ!ぐああああああああああああああああ!!」
「……。」
雇われ悪魔は手を広げてミシカを守ったまま動かなくなった。
ミシカの冷たく蔑むような目がなければ、身を呈して護りきった感動的なシーンだったが……残念だ。
「ティミー、門を開けてくれてありがと」
「あ、ああ。遅かったな」
「なんか変なやつに絡まれちゃって。すごい不自然で劇的なの」
「そうか、まったくおまえってやつは……いや、それでいい」
「どういうこと?」
「本当にヒドイやつだな」
「なに、ケンカ売ってる?」
「時間が無い、先を急ごう」
俺は両手を広げたまま黒コゲになった悪魔に同情しながら、ドリーマーズファクトリーの中に入った。
屋外の
「おやおや、あなた方で最後ですかな、もう皆さんディストピアへ帰られましたよ。さささ、早くこちらへ」
どうやら見学に来たディストピアの住人は、とっくに帰ったらしい。しかも、この緊急時のおかげで、このままディストピアに侵入できそうだ。
俺は母親思いの優しい少年の声色でミシカを誘う事にした。ここに来た目的はウメダに手紙を渡す為だが、それは安全にディストピアに侵入する為だ。いまそれが出来るならウメダに会う必要はない。
「お母さん、きっと心配してるよ、早く帰って元気な姿を見せてあげよう」
「ダメよ、ウメダさんに会わなきゃ!」
俺の渾身の演技も甲斐無く、ミシカは聞き入れなかった。おかしいな、こんな察しの悪いやつだったか?
「うちのウメダに、どのような用件でしょうか……?」
ほらみろ、怪しまれた。外にはサクラの襲撃者、中には疑いの支配人、身内には出来の悪いお姉ちゃん。
これだから冒険はやめられないね。
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