死後の世界の案内人


ディストピアリゾートにある賽の河原には、国光だけが取り残され、周囲に人の気配は無かった。


ペデストリアンデッキを飲み込んだ三途の川は、まるで何事もなかったかのように、さらさらと静かに流れている。川の中に辛うじて残っている傾いたガゼボが、この異常事態の唯一の名残だ。


他に誰か見ていた人がいないか、反対側に位置するコーヒーショップやハンバーガーショップを覗いてみたが、客だけじゃなく店員の姿すら無かった。


国光

「誰かいませんかー?」


大きな声で呼んでみるが、返事は無い。


店内には先程までスタッフが作業をしていたかのように、熱々のポテトやナゲットが放置され、レジカウンターには代金が置かれたままになっている。


国光

「うまそー」


あんまり美味しそうだったので、この状況が夢では無いことを確認するために、トレイに置かれた所有者のいないポテトを口に運んだ。


ジャガイモの味が広がり、北海道の豊かな大地を感じろ! と書かれたポスターを見て頬を緩ませ「確かに感じたよ」と言い満足げに店を出た。


国光

「怪我人とかはいないみたいだな」


あまりの突飛な状況に、国光は逆に落ち着いていた。周囲の安全を確認しながら 、他に変わったことがないか調べてまわる。


ビジターがディストピアへ向かう道は、ここペデストリアンデッキ以外に無い。誰もがこの橋を通ってディストピアに行く。その道が断たれたいま、ビジターを案内するのは不可能に思えた。


だが、それを判断して面接を中断する権限を持った人間が、ここにはいない。国光に出来る事は、ディストピアを訪れるビジターの為に最善を尽くすことである。


イタリア語で「さよなら」を意味するディストピアショップのアリヴェデルチでも、建物だけを残して人間が消えてしまった状況は同じだった。


国光

「客のいないアリヴェなんて初めて見たな……」


老婆

「あの……すいません」


国光がアリヴェの店内を覗き込んでいると、遠慮がちな声が聞こえた。


国光

「はいっ」


突然の声に驚きながら声のした方を見ると、少し腰の曲がったお婆さんがいた。灰色のズボンに花柄のシャツを合わせて、メガネとキャペリンハットを身に付けている。


老婆

「すいません、夫とはぐれてしまって……道が分からなくなってしまったんです。すいません、他に誰もいらっしゃらなくて……あの橋を渡れば良いんでしょうか?」


国光

「そ、そうですか。それは……お困りですね……。いやー、実はですね……向こうに渡る唯一の橋がね、なくなっちゃったんですよねー……本当はここに橋がね、あったんですけどねー……」


人がいたという喜びの反面、コンシェルジュとして、どうにかしなければというプレッシャーに国光は慌てた。


国光のたどたどしい説明を聞いて、老婆は困った表情をしながら、三途の川と国光を交互に見つめると悲しそうに視線を落とした。


老婆

「そう……ですか、じゃあ向こうには行けないんですかねぇ」


国光

「あー……、もしかして携帯とか……持ってたりしないですかね?」


連絡さえ出来れば何とかなるかもしれないという国光の願いに反して、老婆は力無く首を振る。


国光

「まいったな……、さすがに泳いで渡るわけには行かないしな……。ん?」


視線を泳がせ天を仰ぐ国光の目が、アリヴェの壁に描かれたイラストに釘付けになった。そこには閻魔様率いる海賊団が、大きな船で川を渡る姿が描かれていた。


国光

「……ねぇ、ディストピアの開園当初って来たことある?」


老婆

「え? そうねぇ、デストピアが出来てから1年くらい経った頃に遊びに来たかしら」


国光

「その頃から橋ってあったのかな?」


老婆

「この橋が出来たのは開園して5年後くらいだったかしらねぇ、そのころはまだアトラクションも少なくて……」


お婆さんが若い頃を懐かしむように、笑顔で思い出話を始めようとするが、国光は一筋の光を見い出して遮るように言った。


国光

「わかった! ディストピアに案内できるかもしれない! 開園したての頃は橋が無かった。あの絵みたいに船で行き来してたんじゃないですか?」


老婆

「言われてみれば、そうだったかもしれないわねぇ、でも船なんてどこにあるの?」


国光

「それは、あの関係者用扉の先にあると思うんです。きっと緊急時の対策マニュアルなんかも置いてあるかも。ちょっと調べてくるんで、待っててください」


アリヴェデルチの店内には、おみやげ用のお菓子やぬいぐるみが所狭しと並んでいる。床のあちこちには選別中の買い物カゴが散乱していた。


国光はキャラクター達が石を積み上げているモニュメントを横目に、レジカウンターの奥にひっそりと隠された扉の前に立った。


面接中とはいえ、国光は関係者と言って間違いない。コンシェルジュとして未熟だとしても、ビジターからすればディストピアの人間だ。


そもそも、止める者は誰もいない。国光はゆっくりドアノブを回し、堂々と関係者用扉を開けて中に入った。


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