クリサス

ドリーマーズファクトリーの内部は、中央に丸いドーム型の受付があって、その後ろに2階への階段がある。


右手側に観光客向けの展示スペースがあり、これまでの歴史や、クリエイターによる自慢の夢が動画で閲覧できるようだ。


左手に見えるのは、レストランなどの休憩所だ。メニューは無く、食べたいものを言えば何でも出てくる夢のようなレストランだ。


死んで食事の必要が無くなっても、食べる楽しみは忘れられないらしい。実を言うと人間の作る料理は俺も好きだ。


もし時間に余裕があるなら、地獄米と舞茸のマイマイリゾットに舌鼓を打ちたい所だが、目の前の支配人が全身の筋力を魔力で増強させているからそれは叶わぬ夢だろう。


「ウメダさんにお手紙を預かってます。事態は緊急を要します。ウメダさんは、どこですか?」


ミシカが馬鹿正直に言った。認めるよ、俺が悪い。あらかじめプランを伝えておくべきだったんだ。


生まれたばかりの赤ん坊なら、疑うことを知らず、何でもかんでも信じてしまうだろう。だがこの地獄で生きる者は、ほとんどの者が、長年の経験上から疑うことを知ってる。誰もが1度は騙され、苦い経験をしているからだ。


もちろん中には素直で純粋な、お人好しもいるだろう。でもそんなやつは支配人なんて任されない。


「申し訳ありませんが、あなたもその手紙も信用できません。どうしてもと仰るなら、私がお預かりして入念に審査したあと、改めてお渡しします。お手紙にどんな呪いが掛けられているかもわかりませんし」


「呪いなんて! そんなことするわけない!」


「証拠はございますか?」


ま、当然の流れだな。さて、俺はどうしようか。ミシカを知らない振りも出来る。このまま少年を演じてしてディストピアに行っちまうのも手だ。


お姉ちゃんは悪い悪魔に心を乗っ取られておかしくなっちゃったんだって事にする。あるいは、力ずくで突破するか。その方が手っ取り早くて効率的かもな。



ただ……それじゃあツマラナイ。だろ?



人生は面倒臭いから面白いんだ。



「おじちゃん、ボクたちの正体がわからないんだよね? わからないって、すごく怖いことだと思う。もし、おじさんが強い魔力を持っていたら、ボクたちの正体がわかるはずだもん。怖いよね、格上の相手を前にすると。本当の姿が見えないって事は、暗闇を手探りで歩くようなものだもん。痛い思いは誰だってしたくない。おじさんもそうでしょ?」


俺は身体から黒い煙を出しながら言ってやった。別に煙に意味はないが、演出ってやつだ。どうやら効果はテキメンで、目を見開きながら充血させ、震える手で腰に付けた武器がすぐに取れるよう身構えている。


「それは、脅しと捉えても?」


「そうじゃないよ、取引だよ。ボクたちは敵じゃ無いんだ。外にいるヤツとは関係無いって証拠を見せるよ。外の敵を追い払ったら、ウメダさんに掛け合ってくれる?」


建物の揺れが大きくなり、外の形勢が悪いと告げていた。いまにもサクラの侵入者は、警備の悪魔を蹴散らしてやって来るだろう。


目的が何だかわからないが、随分暴力的だってことはわかっている。


「……いいでしょう、外の敵を追い払って頂けるのなら考えましょう」


「ダメだよ、おじさん。考えるだけじゃ困るんだ。おじさんが直接ウメダさんにボクたちと会うか聞いてくるって約束して。ウメダさん本人が会いたくないって言ったら、ボクたちも諦めるからさ」


「……わかりました」


これで取引成立だ。追い払う自信があるのかって? ポイントは追い払う期間を設定しなかった事。外のヤツには1度帰って貰って、俺たちがウメダに会った後、改めて来て貰う。


その後の事は知ったこっちゃあない。


外のヤツが話の分かるヤツだといいんだが。


「お姉ちゃん、ボク行ってくるよ。お姉ちゃんは、ここのみんなを守ってあげて」


「……わかった。気を付けてね」


ミシカは大人しく従うことに決めたらしい。良い判断だ。あれでなかなか戦闘力は高いからな、心配ないだろう。


さて、問題は俺の方だ。


俺がドリーマーズファクトリーを出ると、最後の警備悪魔が断末魔を上げながら氷漬けにされている現場を目撃した。


苦悶の表情に歪む出来物だらけの悪魔の氷像が落下して来て、地面と激突して粉々に砕け散った。こりゃ肉体を取り戻すのに数年はかかるだろう。容赦ないな。


サクラの悪魔は姿を変えていて、いまは9本の尾を持つ、サクラ色のキツネだった。おそらくそれが1番動きやすい格好なんだろう。


俺も有事に備えて本来の姿に戻ろうかと考えたが、やめておいた。どうせヤツの魔力なら外見をどう変えようと、正体を見破るだろうしな。


「おや? ティミーじゃないか。久しいな、こんな所でコソコソと何をしてるんだ?」


「やあクリサス。随分派手に散らかしたみたいだな、掃除は苦手か?」


「しつこい油汚れと一緒さ、やればやるだけ汚れが広がっていく。根本から変えないとダメなのさ、例えばキッチンごとリフォームするとかね」


「汚れと上手く付き合う方法もあるさ、多少汚れても死ぬ訳じゃない」


「かもな、でも世の中には潔癖症ってのもいるんだ。仕方の無いことさ」


「そうか、もし急ぎじゃなければ……」


「悪いがティミー、知ってると思うがボクは待つのが嫌いなんだ」


知ってるさ、クリサスが絶対に譲らない自己中心的な悪魔だってことくらい。でも俺だって譲れない時もある。


まったく、これは骨が折れそうだ。

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