入国手続き


国光の読みは当たっていた。関係者用扉の先は、いくつかの部屋と長い通路が続いていて、部屋の中には三途の川を渡る為の道具が揃っていた。モーター付きの物から、オールの付いたゴムボートや浮き輪まで種類も豊富だった。


だがそれらは、三途の川を渡る為の用意というより、落とし物や事故に対応する時の備えというのが正しかった。


長い通路は物資運搬用の地下通路となっていて、泳ぎの得意ではない国光が水上に出る必要はまったく無かった。問題は地下通路をビジターに使用させて良いのかどうかだ。


分厚い災害マニュアルを見つけて、ペデストリアンデッキが三途の川に沈んだ時の対処法を探すが、そんな項目は無かった。


『想定外のケースに遭遇した時は』のページには、ビジターの安全を第1に考え、特別でとても大切な人と接するように、あなたに出来る最高のおもてなしでビジターに笑顔を届けましょう。と書かれていた。


国光

「……ルールなんて、この状況じゃ関係ないか。大切なのは、おばあさんの気持ちだ」


国光は災害マニュアルを置いて引き返すと、日陰で休んでいるおばあさんを見つけて膝をき、視線を合わせて言った。


国光

「おばあさん、川を渡らなくてもディストピアに行ける方法が見つかったよ」


おばあさん

「本当? 良かったわ、早くおじいさんに会いたいわ」


国光は、おばあさんの手を引いて運搬通路を進んだ。いわゆる舞台裏である地下通路を見せたくなくて、おばあさんに目を閉じて貰って案内する事にしたのだ。


長い地下通路を抜けると、そこは従業員専用区域だった。ビジターなど外部から見えないよう背の高い生垣がある。


ディストピア3大コースターのニードルマウンテンを目安に歩いていくと、なんとか見知った道に出ることができた。


国光

「もう目を開けて大丈夫ですよ、ディストピア入国ゲートまであと少しです」


おばあさん

「ありがとうね、ひとりで橋を渡ってしまおうかと思ったけど、無事着いて良かったわ」


目的地の死役所まで、ほんの数分で到着できると確信を得て、国光は安堵の息をもらしながらおばあさんに視線を向けたが、声は聞こえたのに、おばあさんの姿は無かった。


代わりにいたのは永倉だった。先程まで確かにあった、おばあさんの手の感覚は煙のように消えていた。


永倉

「ごくろうさん、無事やりとげたみたいだな」


国光

「おばあさんは?」


永倉

「もういったよ、見に行ってみるか?」


国光

「見に行く? 何をですか?」


永倉

「メガネを外していいぞ。面接は終了だ」


あいかわらず質問に対する回答が無い。国光は言われるがままにメガネを外すと、先を行く永倉に駆け足で追い付いた。


死役所前には入国待ちの列が出来ている。ディストピアに入国する為には、死役所の窓口でパスポートを購入しなければならない。


ディストピアにおいて、行列が出来る事は珍しいことではない。トイレや食事の際にも順番待ちが発生するし、人気のアトラクションともなれば、300分待つことだってある。


だが、目の前の光景は国光の想定を超えていた。見えているものが理解できず、思考が停止する。ペデストリアンデッキが三途の川に沈んだ事が些細なことに思える。


国光は永倉を見た。彫りの深い顔が反応をうかがっている。見間違いかもしれないと再度視線を戻すが、変わらず信じがたい景色が存在していた。


国光

「あの、人魂みたいなのはなんですか?」


率直に質問してみた。答えがなくてもいい、それしか思い付かなかった。


永倉

「見ての通り死んだ人間の魂だ」


これまで質問に対してまともな回答をしなかった永倉がハッキリ答えた。


国光

「あの足がなくて上半身だけで浮いてるのは?」


永倉

「まだ魔力をコントロールできなくて姿を保てないんだろう」


国光

「じゃあ姿が透けているのは、死んだ人間だからなんですか?」


永倉

「そうだ」


国光

「ここはどこなんですか」


永倉

「ディストピア、死者の国、現在の地獄だ」


夢でもなければ冗談でもなく、紛れもない事実を永倉が告げた。ふとメガネを持っている事を思い出してレンズ越しに見てみると、先程のおばあさんの姿を見つけることができた。


国光

「このメガネは……」


永倉

「魔力が足りなくて見えないものをサポートしてくれる魔法のメガネだ。見るべきでないものを見えないようにもしてくれる」


国光

「な、なんで最初から教えてくれないんですか!」


永倉

「信じないし理解できないからだ。いまはもう、わかるだろう? ディストピアには表と裏の顔がある。おまえさんの良く知る国内最大のテーマパーク、夢と魔法の王国ディストピア。まあ両方とも死者の国であることは変わらないが、こっちは本当の死人だ」


死役所に案内する役目をやり遂げた今でさえ、自分にこの仕事がやれるか自信が無い。やる前に説明を受けていたら、自分には無理ですと断っていたかもしれない。


永倉

「現場の空気を知っておいて欲しかったんだ。本来現場に出ることが許されるのは講習や訓練を受けた者だけだからな。おまえさんが本物のコンシェルジュとして働けるのは先の話しだ。下手すりゃずっと訓練生のままって事もあり得る。おまえさん次第って事だ」


なんの説明もなく現場に放り投げられ、想定外の事態のなか、最後までビジターを案内できたという実績がある。


それは国光に、やってやれないことはないと思わせるに十分な経験だった。






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