イマジネーション
クリサスがあくびをした。
ドリーマーズファクトリーに悪夢のような惨劇を降らせておきながら、遠い親戚の葬式に呼ばれた子供みたいに無関心な顔をしている。
こういう無慈悲なヤツがいるせいで、悪魔のイメージが悪くなるんだ。
地面には等間隔に踏み石が置かれ、小さなこんぺいとう形の砂が敷き詰められている。
光の無い場所でも7色に輝いているそれは、夢の砂と呼ばれていて、夢の妖精サンドマンが相手を眠らせるときに使う魔法の砂をモチーフにしているらしい。
俺はドリーマーズファクトリーを背にして、踏み石の上でクリサスと対峙した。長いローブが風ではためかないように、少しだけ魔力で押さえつける。
「ティミー、そこをどけ」
クリサスが単刀直入に要望を伝えてくる。
この警告は優しさだ。
俺が知り合いじゃなかったら言葉じゃなく炎や電撃が飛んできていただろう。
「おいおい、らしくないな。焦りすぎだ。何か面白いことを計画してるんだろう、俺にも聞かせてくれよ」
俺は好奇心一杯のキラキラした少年の瞳でクリサスを見上げた。ゴミ虫でも見るような冷たく見下した目を返されるが、気にしてはいけない。
「なんだ、興味があるのか。てっきり邪魔でもしたいのかと思ったよ」
「それは内容次第だがな」
クリサスは疑い深く目を細めて俺を観察すると、右の眉を持ち上げて眼力をゆるめた。
「いいだろう、聞かせてやる」
「良かった、出来ればおまえとはやりあいたくない」
これは本心でもある、正直まともに戦って勝てる相手じゃあ無い。過去に何度かやりあったが、圧倒的な魔力差を見せつけられたよ。上には上がいる。
じゃあ負けたのかって?
バカ言うな、そりゃまともにやったら負けるかもしれないが、俺には魔力差を覆す知恵がある。いまんとこ、0勝0敗で引き分けが2回だ。
「先日、面白い人間がいてね。いまの地獄の仕組みが心底気に入らないらしい」
「仕組みって、ディストピアの事か?」
「そう、自由な統治者による自由なエリアも、死者を生者が案内する事もだ。すべてがお気に召さないらしい」
「そんなの昔からそうだろう、人間はどれだけ理想郷を作り上げたところで、満足なんてしない生き物だ」
「普通はそうだな、不満を持ちながら特に打開しようとは思わない。だがそれは自分の能力の限界を見定めているからだろう? そいつは、そこが違ったんだ。魔力を扱うセンスが格別なんだ。能力に恵まれ、信念もある。だから俺はそいつを応援してやろうと思ってね」
なるほど、力ある危険思想の人間に手を貸し、世界滅亡を目論んでいるわけか。よくある話だ。
「へー面白そうじゃないか」
俺は足元の踏み石が見えないように気を付けながら、少し身を乗り出して興味のあるフリをした。クリサスが慈善家じゃない事は良く知っている。おっと好奇心旺盛のランランな瞳をしておかなきゃな。
「そうだろ、ほんの少し手を貸して、あいつがこの世界をひっくり返したとき、絶好のタイミングで裏切ってやるんだ。サイコーだろぉ? 愕然とする表情を想像するだけで今から楽しみで仕方ないよ」
よだれを拭いながら実に楽しそうに話すクリサス。俺は悪趣味な計画に賛同する作り笑いを保つのに苦労した。
「わーお、そりゃ実に悪魔的だ。心がキンキンに冷えてやがる。最高にイカれ……イカした計画じゃないか。それで、それがドリーマーズファクトリー襲撃と何の関係があるんだ?」
「この計画で邪魔になりそうな人間を始末したくてね、確かにヤツの魔力センスは優れているが、おまえが消し損ねた偉人たちの存在が驚異ではあるのだよ」
消し損ねたんじゃあない。真相は当事者以外誰も知らないだろうが、人とのしがらみから解放されたくて、賢い偉人たちは自ら姿を消したんだ。奈落の底に落ちたことにして。
なんにせよ、今の地獄のシステムに反対なのは俺たちと同じのようだ。敵ではないが、やり方がちと乱暴すぎるな。
「奇遇だな、手段は違うが俺たちの目的は一緒のようだ。クリサスの個人的な目的はさておき、協力し合わないか?」
「なんだ、ティミー。おまえたちも革命派か」
「こっちは大分穏やかで甘い計画だと思うがな。ところで、ひとつ気になったんだが……そいつは、すべてをぶっ壊して新世界の王にでもなるつもりなのか? 誰も支持しないだろう。余計なお世話かもしれないが騙されてるのはおまえなんじゃないのか?」
もう少し時間を稼ぎたい。俺は出来るだけ自然な動作で敷石の上に座り込んだ。かなり魔力を消耗して立っているのが疲れたからだ。
「俺が騙されてるって? どういう意味だ」
「これはあくまで俺の想像でしかないがな、おまえが最後に裏切ることなんて想定済みなんじゃないかと思ってな。おまえを上手いこと利用して地盤を揺るがせ、全ておまえのせいにして、ディストピアを手中にしようとか思ってるんじゃないか? 会ったこともないし知らんがな」
時間を稼ぐ適当な言い分を並べてみたが、なかなかどうして当たってるかも。
「な、な、なな何を言う、そんなことあるわあけが……無いだろう。どうせまたおまえの、おまえが何か企んでるんだな! 狙いはなんだ! 仲間割れか!」
いやいや、企んではいるがな。
クリサスは怒りと共に夢の砂を巻き上げ風を起こした。みるみるうちに圧縮された魔力がクリサスの頭上に溜まっていく。
「だが、ひと足遅かったな」
風でローブがはためいてめくれ、踏み石があらわになる。ローブの中にあるはずの俺の身体はそこにはない。
石の下にはバレないように掘り進めた通路がドリーマーズファクトリーまで続いている。
シャボン玉みたいな中身の無い俺の抜け殻がはじけ、それと同時に、ドリーマーズファクトリーに魔力の結界が張られた。これで数時間は持つだろう。
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