ばかにするなよ

バイト先だったコンビニ横の、細い路地を奥に進むと、鉄骨や土管が置かれた空き地がある。


工事現場で使う資機材などを仮置く為に地元業者が買い取ったはいいが、業績が低迷し、結局利用されることなく荒れ放題に放置されている。


フェンスを挟んだその裏手に、ゴッピの住む実家があり、国光はいつもフェンスをよじ登って、2階にあるゴッピの部屋に直接訪問していた。


しかし、今日は玄関のチャイムを鳴らし正面から訪問した。


後藤明子

「あら、国光くにみっちゃん。元気? 玄関から来るなんて珍しい。スーツ姿、似合ってるじゃない」


国光

「アッコさん、お久しぶりです。今日は初出勤のオリエンテーションですからね、出勤前にケガしたら笑えないですから」


アフロヘアーの犬が描かれたエプロンをしたゴッピの母親が出てきて国光を迎えた。ボリュームのあるパーマ頭がとふくよかな体格が、なんとも肝っ玉の座った印象を抱かせる。


後藤明子

「あら、気合い十分ね。普段から玄関から来なさいよ。瑛仁ー! 国光くにみっちゃん来たわよー!」


ゴッピ

「いまいくー!」


2階から声がしてドタドタと足音が聞こえる。お互いに面接に合格し、今日から共にトレーニングを受ける仲間なので、一緒に出勤することにしたのだ。


国光の母が倒れてから、何度か夕飯をごちそうになり、いつのころからか、国光くにみっちゃんと呼ばれていた。


後藤明子

「面接に行って、びしょ濡れで帰ってきたときは、何があったのか心配したけど、ふたりとも受かってよかったわね」


国光

「詳しい内容を言うわけにはいかないですけど、安全にはどこよりも配慮してる所だと思いますし、大丈夫ですよ」


面接で三途の川に飛び込んだとゴッピから聞いていたが、余計なことは言わない契約になっているし、聞けば心配をかけることはわかっていたので、少しでも安心させようと言葉を選び、笑顔で言った。


後藤明子

「あの子、そそっかしい所あるから……、でもまあ国光くにみっちゃんと一緒なら大丈夫ね、あの子の事よろしく頼むわね」


国光

「そうやって心配してくれる家族がいるのを見ると、少し羨ましいです」


国光は自分の家庭が崩壊寸前な事を思い出し、表情に暗い影を落とした。


ゴッピ

「待たせたな」


元気の無い国光を笑わすつもりか天然なのか、丈の短い父親のスーツをキツそうに着こなしてゴッピが登場した。


国光

「どうした、成長期著しいな」


ゴッピ

「親父のスーツしか無くてなー、まあ今日だけだし、我慢だ」


ゴッピが覚悟を決めた顔をするので、国光は苦笑いしただけで黙ることにした。


後藤明子

「ちょっと待って、朝食まだでしょ? コレ、持っていきなさい」


そう言って差し出されたのは、四角い紙パックのトマトジュースだった。食べ物の好き嫌いに関して国光の父親はとても厳しく、怒鳴られながら強引に食べさせられて以来、国光はトマトが苦手だった。


国光

「あー、お気持ちはありがたいですけど、大丈夫ですよ」


後藤明子

「いいから、遠慮しないで持っていきなさい」


ゴッピ

「お母さん、いらないって言ってんじゃん、もうあっち行っててよ」


ゴッピが助け船を出したが、国光は断りきれずご厚意にあずかった。家を出てディストピアに向かう道中、ゴッピは不満爆発だった。


ゴッピ

「親ってすぐ良いからって使うよな、なにも良くないっつーの。遠慮しなくて良いからって意味のなんだろーけど、本当に欲しかったら遠慮なんてしねーっつの。よっぽど現金もらってコンビニで何か買った方がましだっつの」


国光

「俺は素晴らしい親子愛を感じたけどな。を付けてお母さんって呼んでたり、いらねーっつってんだろ消えろクソババア! なんて言わなかったしな」


ゴッピ

「それ人として普通じゃね?」


国光

「お前がそう思うならそうなんだろうお前ん中ではな。素晴らしい普通の規準だよ」


ゴッピ

「ホメてるのかバカにしてるのか」


国光

「バカだな、ホメてるに決まってるだろ。親友を馬鹿にするかよ」


ゴッピ

「バカだなって言ってるじゃねーか」


国光

「褒め言葉だろ?」


ゴッピ

「なんかに落ちねーな」


国光

の意味分かってる?」


ゴッピ

「さあ、でも良く言うじゃん」


国光は笑った。いつもそうだ。ゴッピと話しているうちに笑顔が戻っている。どんなに悲しい出来事があろうとも、ゴッピがいれば国光は笑える。これから未知の職場に挑む事になるが怖いものはない。


ディストピア本社の入り口で、発行されたばかりの通行証を使ってゲートを通過すると、集合場所のD館に着いた。


国光

「出入り口ゲートから近いこの建物は、スポンサー企業のイベントやコンシェルジュ向けの物産展、健康診断の会場など多目的な用途で使用されており、訪れる機会の多い施設のひとつです」


国光が合格通知と一緒に送られてきた福利厚生のしおりと書かれた小冊子を読み上げる。


通行証を見せるだけで割引してもらえるタイアップ企業の一覧や、コンシェルジュ向けの食堂案内などが書かれた資料だ。


D館の入り口は開いていた。


だが、屋内の電気は消えていて、人の気配もなかった。


ゴッピ

「なんか、おかしくねーか?」


国光

「面接の実地テストを思い出すな。とりあえず中に入ろう」


あの時と違うのは一人じゃないってことだ。仲間がいるのは心強い。国光は力強い足取りでD館の中へと入った。


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