アウト・オブ・シャドウ

ドリーマーズファクトリーの中は静まり返っていた


俺が外に出て行くときは、クリサスの放つ魔法の衝撃で、壁にヒビが入って建物全体が揺れたり天井の照明が点滅していたが、いまは落ち着いた光がミシカの顔を青白く照らしている。


「ティミー、どうだったの? ケガは無い?」


ミシカの視線が俺の身体のあちこちに跳ね回り、眉毛を八の字にしながら俺に駆け寄ってくる。


おかしいな、こんなに心配されるほど頼りないと思われていたのか。


まあ確かに時間稼ぎをしただけで追い払うことは出来なかったわけだが。


「疲労はかなりあるが、かすり傷ひとつないから安心しろ。だがここはもって数時間だ。ヤツはディストピアのシステムを壊そうとしている。その為に邪魔になりそうな偉人を消したいそうだ。時間稼ぎに結界を張ってきたから早いとこウメダとやらを探そう」


俺の口調が少年口調ではないことで、支配人の目に恐怖と警戒が宿った。


支配人は2階に視線を送った後、立ち上がって2階への階段の前に立ちはだかった。覚悟を決めた目をしている。


「約束は外敵を追い払うことが出来たら。という条件だったはずです」


支配人は腰の武器に右手を添えた。察するに魔力の弾を打ち出す護身用の銃だ。魔力の程度によるが、正直俺を止めるのには無理がある。


「そうだな、俺がヤツを追い払うことができたら、直接ウメダとやらに会うかどうか聞いてもらう約束だった」


俺は優しい声でゆっくり言った。


「でもそれは、居場所がわからなかったからだ。結界を張ったいま、ドリーマーズファクトリーの中の空間は俺の支配下にあると言ってもいい。建物の中のどこに誰がいるか、いまの俺には丸わかりなんだよ」


これは嘘じゃない。2階と3階に合計12人隠れていることがわかっている。問題はどれがウメダかわからないって事だ。


「それより、あんたの事が知りたい。どうしてウメダを隠しているんだ? なぜ会わせたくない? こんな事態だって言うのに報告にも行かない。妙じゃないか。ミシカ、俺が外にでている間、こいつはこの場を離れたか?」


「ずっとここでアタシを見張っていたわ」


「わ、私はただ、誰も通すなという命令を遂行しているだけです!」


魔力で聴力を上げずとも、支配人の心臓がリズムを上げたのがわかった。額に汗をにじませ、声が大きくなり浅く速い呼吸をしている。


だがそれより気になるのは支配人の視線だ。さっきからチラチラと何度もミシカを見ている。


ミシカの風体が支配人の好みのタイプってんなけりゃ、これは何かある。


「ミシカ、俺がいない間に何かあったか?」


「どうして?」


「質問に対して質問で返すときは正解なんだ。何があった? っていうかおまえ本当にミシカか?」


俺は第5、第6の目に切り替えたが、紛れもなくミシカだった。もうひとつの可能性としては、変身しているのではなく、本人の意識を操っているパターンだが。


「ふーん、これはクリサスには荷が重かったかもしれないね。面白い、評判通りだ」


「どんな評判だ? 噂話なんて尾ひれが付くもんだぞ」


やっぱりミシカはミシカじゃなかった。俺は驚いたが、それを素直に表に出すほど人間じみちゃいない。


「初めまして、ティムエル。僕はキール、人間だ」


声はミシカだった。瞳も濁ってないし身体も揺れてない。ここまで他者を見事に操れる人間を俺は知らない。


「卑怯じゃないか、相手の目を見て話しなさいと教わらなかったか? 姿をあらわせ腰抜け!」


「ハハハ、確かにそうだね、それは失礼。でも安全のためにもそれはできないな」


残念ながらキールは挑発に乗らなかった。卑怯者と罵り、子供扱いして命令、最後に腰抜けとまで言ったが、返しは余裕のハハハだった。


「ティムエル、僕は人間に地獄なんていらないと思ってる。地獄は君たち悪魔のものだ。魔界が出来たときから本来はそうだったはずだろう? そこに人間が送り込まれた。そこから全てが間違っていたんだと考えている。生前の罪を悔い改める? ナンセンスだね。全てを許し、天国へ連れて行くべきだ。だからディストピアを消して全ての人間を天国へ移住させたい。協力してくれないか? 君たち悪魔にとって悪い話じゃないだろう?」


ミシカが両手を広げて演説を披露した。なかなか良い口説き文句だ。


「そんなことが可能なんですか」


支配人が魅力的な口上に早くも誘惑されている。そんなうまい話があるとは俺には思えない。


「ディストピアを消したところで天国には行けないだろう」


俺はズバリと言ってやった。


「方法を見つけたんだ。ここで問題になるのは天国へ行く方法じゃなくて、君ともうひとりの人間のことなんだ」


「どういう意味だ?」


「ドリーマーズファクトリーでは予知夢について研究している。責任者はウメダさん。彼に未来を見せてもらった。はっきりとは見えなかったけど、この計画の障害になるのはどうやら、君ともうひとりの人間なんだ。僕はその障害を取り除かねばならない。ウメダさんは地下にいるよ。無事だ。君も未来を見せてもらうといい。そして君が僕に協力してくれることを願うよ。支配人さん、彼を案内してあげて。さっきは物騒なことを言って悪かったね」


ミシカが糸の切れた操り人形のように倒れ込むので、俺はミシカ支えるように飛びついた。


俺は聞きたいことも聞けぬまま、キールはミシカを解放した。俺の張った結界の中、どうやって抜け出したかは分からないが、ドリーマーズファクトリー内にキールの気配は無かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る