女の子讃歌

ディストピアD館は電力の消費を抑える為なのか、空調も照明も控えめで、木造や軽量鉄骨の建物ではなく、コンクリート造ならではの独特の圧迫感がある。


ゴッピ

「誰もいないな、俺たちが一番乗りなのかな」


国光

「そうだね、集合時間まで10分ある」


国光は壁に掛けられた時計で時間を確認してゴッピの疑問に答えた。時計が間違っていなければ、時間には余裕がある。


ゴッピ

「ちょっとトイレ行ってくる」


国光

「OK、そこにいるわ」


ゴッピが正面に見えるトイレに向かうので、左手の円形にソファが置かれた待合いスペースに移動して腰を下ろした。


入り口から右手の方には、出版社に作品を持ち込む時に使われるような、衝立に囲まれたテーブルと椅子が設置されている。


ディストピア情報誌や商品開発の打ち合わせに使われている光景が浮かんだ。


国光の座った背の低いソファの横には、ディストピア関連の雑誌が自由に読めるように置かれていた。


国光

「遅いな、大かな」


ゴッピが戻らないまま5分ほどして、リクルートスーツを着た女性がD館に入ってきた。不安そうな表情で周囲を見渡し、国光を見つけて小さく会釈すると右腕の時計に目を落とした。


羽鳥鈴音

「今日のオリエンテーションに参加される方ですよね、集合場所はここで合ってますか?」


パタパタとローファーのかかとが床に当たる 音が近づいて国光に訊ねた。


国光

「人がいなくて不安になりますよね、たぶん合ってると思いますよ」


国光がそう返事をした所に、トイレから出てきたゴッピがこちらを見て、目を見開くと刮目した。


国光

「お、戻ってきた」


ゴッピに気付いた国光がつぶやくと、女性は振り返り、二つに縛った黒髪が宙を舞う。香る、フレグランス。


それは、シャンプーなのかトリートメントなのか。それとも柔軟剤によるものか。香水とは違うほのかな良い香りが舞っていた。


ゴッピ

「おいおいおいおいおいおいおい、俺がちょっといない間にどんな魔法を使ってこんな可愛い女の子を召喚したんだよ」


今にも襲いかかりそうな勢いでゴッピが詰め寄ってくる。


国光

「やれやれ、ゴッピの病気が始まったか」


羽鳥鈴音

「えっ? えっ?」


女性は困惑した表情で、ゴッピと国光を交互に見つめている。


国光

「よし、とりあえず落ち着け。そしてまず非礼を詫びろ」


芸をする動物のイタズラを叱るように、ゴッピに厳しい口調で指示を出す。国光は長年一緒にいて扱い方を心得ていた。


ゴッピ

「すみません取り乱しました」


ゴッピが素直に深々と頭を下げた。自分が暴走していることは頭では理解していても、感情をコントロールするのは難しい。だからゴッピはこんな時、国光に全権を委ねていた。それは信頼の証である。


羽鳥鈴音

「えっ? えっ?」


国光

「この人は俺たちと同じオリエンテーションに来た人。他の人が全然いないから場所の確認してただけ。ドゥーユーアンダースタンド?」


ゴッピ

「パードゥン?」


国光

「よーし、わかった! 一回トイレで顔洗って出直そう、な!」


国光は完全に保護者の気持ちでゴッピをトイレに押しやった。


国光

「すみません、こいつ可愛い女の子見ると、はしゃいでしまう病気なんです」


羽鳥鈴音

「そんな、違います! 可愛くないです、可愛くないです!」


顔を真っ赤にしながら首と両手を左右に振って否定する。それに伴い、たわわに実った果実が見事に揺れた。


国光

「そ、それにしても、もうすぐ時間なのに誰も来ませんね」


国光は目のやり場に困り、入り口の方に視線を逃がした。すると新たに二人の男性がD館に入ってきた。


天野大地

「あれ? これだけ?」


入ってきた男性のひとりが驚いたように言った。長い髪を後ろで三つ編みにしてチャンパオという中国の礼装をしていた。


ゴッピ

「同じ顔だ」


トイレから出てくるなり男たちを見てゴッピが言った。新たな来訪者は髪型や格好こそ違えど間違いなく双子だった。


国光

「同じ顔だな」


羽鳥鈴音

「同じ顔ですね」


もう一人は坊主頭で、白いシャツに黒いベストを着ていて、体脂肪率が低そうな引き締まった身体をしていた。


天野太陽

「初めましてお嬢さん。俺は天野太陽あまのたいよう同じオリエンテーションに参加する仲間として、どうぞよろしく」


天野太陽と名乗った男は羽鳥鈴音に気づくなり姿勢を正した後、ひざまづき、うやまい、恐れ多くも、口説き始めた。まるでそこには国光もゴッピも、おさげ髪の男すら存在しないかのように。


羽鳥鈴音

「えっ? えっ? ど、どうもよろしくです。羽鳥鈴音はとりすずねです」


天野大地

「ボクは天野大地あまのだいち。こっちの太陽の弟だよ、よろしくね」


天野太陽

「大地! 引っ込んでろ! 俺は今、人生における重要なターニングポイントに突入している。この運命の出会いを邪魔するのは許さない」


天野大地

「はいはい、まーた始まったよ兄貴の病気が。何度目のターニングポイントだよ」


天野大地が不満そうにボヤいた。連れである弟が兄を止めないと知り、羽鳥鈴音はさらに困った顔をした。


ゴッピ

「お、俺の名はごっぴ! 本名は後藤あきひとおおお ー」


国光

「ゴッピは張り合わなくて良いから!」


困り果てる前に救い出そうとゴッピが参入するので、国光は慌ててゴッピを止めた。そんな中でも天野太陽は羽鳥鈴音にじっと熱い視線を贈っていた。


添田ゆかり

「ごめんごめん! 遅れちゃった。私は案内役のコンシェルジュ、添田です。ん? 何この状況?」



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