ドリームカムトゥルー
キールから人間たちの天国移住計画を聞かされた俺は、ミシカを壁際のソファに寝かせながら支配人に向き直って言った。
「ウメダに会わなきゃならないようだ。頼めるか?」
「先ほどは失礼いたしました。あの者に家族の命を守りたければ足止めしろと脅されて……」
「なるほど……ヤツの本当の目的は俺か。計画の障害となるかどうか見極めたかったってことか」
正直、ディストピアが崩壊しようが人間が天国に移住しようが興味はない。
ただ、キールの言ったことが本当なら、面倒なことに巻き込まれそうだという事はわかる。それなら情報は多い方がいい。
「あなたは何者なんです?」
「別に、どこにでもいる悪魔の一匹さ。少し前にディストピアの独立に手を貸したり偉人を減らしたりして、悪魔からも人間からも嫌われた事があるだけだ」
「まさか! 唯一の生き残り、伝説の悪魔ティムエル・ヒューイット!? 実在していたとは」
支配人が興奮して言った。
「なんだ、その伝説とやらは」
「我々に伝わっている物語です。その昔、偉人たちは知恵を出し合って、
「懐かしい昔話だな。だから俺は地獄で唯一終わりを迎える方法があると教えてやったんだ」
「それが奈落の穴。別名ベンタブラック。ディストピアのバランスが崩れるほどの人間が飛び込んでいった。それを止めるために、偉人たちはディストピアを隔離し、命と引き替えに穴を閉じた。そのすべての影で暗躍し、そそのかした悪魔。敵であり味方にもなる。裏切り者のティムエル・ヒューイット」
「永遠の人生は地獄で、終わりを迎えることが救いだなんて、人間は面白い生き物だよな。言わせてもらうが、悪魔と人間において契約は絶対だ。裏切ることはできない。裏切ったと感じたのなら、それは契約内容に問題があったってことだ」
同じ物語でも語る者が違えば正義と悪も変わる真実は当人にしかわからない。今回の件に関わると言うことは、俺の伝説がまたひとつ増えることになる。
語り継がれる物語。たとえそれが悪評でも、人の記憶の中で生き続けたい者だっている。
ゴン
「イテテテテ、またやってしまった」
部屋の中央にある円形の受付でぶつかる音がして男の声が聞こえた。受付の中を覗くと、白衣を着た男が頭をおさえてうずくまっている。すぐそばには直径1mほどの穴があいていた。
地下へと続く穴。
D棟は地下にあったのか。おそらくこの男がウメダだろう。支配人が2階に行かせないようにしていたのは、カモフラージュだったのか、たいした役者だ。
「あんたがウメダだな」
「そういう君はティムエル・ヒューイットだね、みっともないところを見られてしまった」
俺の結界は穴を迂回するように建物を包んでいて、地下まではカバーしていなかった。これでキールの移動経路が判明した。
「もう、よろしいんですか?」
「うん、可能な限り手は打ったよ」
ウメダが立ち上がり、支配人に笑顔で答える。俺はミシカの上着の内ポケットからロイの手紙を取り出した。
「あんたに手紙を預かっている」
「ありがとう。こちらも君に見てもらいたい夢がある。人間の夢を君たちにも見えるようにする準備に時間がかかってしまったが、まずはD棟に移動しよう。どうぞ、お先に」
ウメダが穴に飛び込むよう誘導する。俺は警戒して覗き込んだが、底が見えないほど深かった。
別にビビってるわけじゃあない。慎重なんだ俺は。高さがわかっていれば着地の直前で身体を浮遊させればいいが、そうじゃない場合床に着くまで飛びながら降りることになる。
クリサスとの戦いでヘトヘトなんだ。魔力を消費したくない。そこで俺は、とても原始的な方法を選んだ。
鉄化だ。身体を一時的に鉄にする。石化だと割れる心配があるからな。落下速度があって時間も早い。
ボスン
衝撃はなかった。マシュマロのような柔らかいクッションが俺の身体を包み込み、流れるように灰色の冷たいタイルの上に転がされた。
ボスン
続いてウメダが降りてくる。
「フリーフォールが好きでね、ロイに創ってもらったんだよ」
嬉しそうにウメダが言うまでに、俺は鉄化を解いて壁に寄りかかっていた。
D棟内部は明るく、ガラス張りの部屋が左右にあって、見たこともない機械が並んでいた。魔法学が発展しても科学がなくなるわけじゃあない。
通路の奥には、分厚い鉄扉と魔法認証用のパネルがあった。指先から出ている微弱な魔力から本人を識別するものだ。
「夢とは必ず叶うものではない。それが良くも悪くも可能性を広げている。解釈によっても変わってくる不思議なものだ。仮に危機が訪れるとして、知らずに直面するのと、心の準備ができるのでは大きな違いがある。もちろん知りたくない、知らない方がいい場合もあるが、私はそれを知る手伝いが出来るなら協力は惜しまない」
ウメダが魔法認証を解除して扉を開けた。室内は薄暗く落ち着いた間接照明が設置されていた。
「まえおきはいい。見せてくれ」
「よし、じゃあそこに横になって」
俺は指示通り質素なベッドに横になって目を閉じた。
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