白い雲に憧れて

前髪を斜めに流し、首にスカーフを巻いた添田は、空の旅を快適に過ごすための客室乗務員顔負けの綺麗な立ち姿だった。


添田

「改めまして初めまして。みなさんこんにちは、ディストピアオリエンテーションコンシェルジュ、通称DOC《ドック》の添田です。まずは面接合格おめでとうございます。そして、オリエンテーションへのご参加、ありがとうございます」


エレベーター前に集まった5人の新人に向かって、現役コンシェルジュの添田が、ハキハキと元気よく挨拶した。


決して業務的ではなく、親しみすら感じる添田の物腰に安心したのか、ゴッピが右手を挙げて進み出る。


ゴッピ

「参加者っていうか、合格者ってこれだけですか?」


添田

「今回の参加者は100名ほどになります。それぞれ5名の20チームで、各地を回っています。さて、ディストピアには表と裏の業務があることは、すでにご存じのことと思います。本日は、主に裏側の業務について詳しく紹介した後、皆さんの配属先へとご案内します。扉が開くまで、もう少々お待ちください」


間もなくしてエレベーターが開き、全員が乗り込んだことを確認すると、添田が最後に乗って扉を閉める。


何階に行くつもりなのかと、国光は添田の手元に注目した。しかし、1から4の階数ボタンには触れないまま、扉が閉まるなりエレベーターは動き出した。


添田

「ん? 明星さんどうかしました?」


国光

「え、いや、えーと、どうして集合場所がバラバラだったんですか?」


見ていたことを添田に気付かれ、国光はごまかそうと別の質問をした。


添田

「んー、私たちコンシェルジュの役目は、死者を安全にディストピアへお連れすること。あらゆる事態に臨機応変に対処できるよう訓練が必要なのです」


天野大地

「訓練?」


添田

「そう、訓練。現場に出るためには、相応の準備が必要です。死後の世界である地獄には、魔法があり、悪魔もいる。皆さんの今までの常識は通用しません」


急に声のトーンを落として添田が言った。一瞬にして空気が張りつめる。


羽鳥鈴音

「あくま……」


鈴音が眉を八の時にして不安そうにつぶやいた。国光は鈴音が泣き出すんじゃないかとハラハラして見守った。隣では天野太陽がウットリした表情でみつめている。


添田は、じゅうぶんな間をとって、不安や恐怖をあおったあと、パッと明るさと笑顔を取り戻して続けた。


添田

「……とは言っても、安全のための知識や使い方を覚えれば、他では体験できないすばらしい世界を生きているうちに経験できる唯一の職場です!」




身体が重くなった感覚がして、エレベーターが止まったのがわかった。添田が両手を扉に当てると、ブンという低い音がした。


添田

「地獄へのルートはいくつかありますが、一般的なのは、両側から座標と座標を繋げる方法です。ディストピアの各地に指定の空間を確保してあるので、帰りにやり方の説明をしますね。いまは、なんとなくそんな仕組みがあるってことを頭の片隅に入れておいてください」


身振り手振りを交えて添田が説明するが、なんのこっちゃわからず国光は首をかしげた。


エレベーターの扉が開くと、先ほどまでいたD館と同じ部屋があった。違うのは、なまあたたかい空気を感じる点だ。


添田

「ここからは地獄の世界です。われわれは、地獄にもまったく同じディストピアを建築することで移動をしやすくしています。たまに、自分のいる世界がどっちの世界かわからなくなるコンシェルジュがいますが、この空気の違いで判断するか、魔力の波動を感じてみてください」


天野太陽

「ひとつ、聞きたいことがあります」


それまで、ずっと羽鳥鈴音を見続けていて、国光の中では変態ストーカーの称号を欲しいままにしていた天野太陽が動いた。


添田

「はい、何でしょう」


天野太陽

「5名のチームっていうのは、この5人で配属先もこれからも一緒ってことでしょうか」


添田

「んー、まあよほどのことが無い限り、そうですね。何か問題ですか?」


天野太陽

「よっしゃ! 鈴音ちゃん、これからもよろしく!」


羽鳥鈴音

「えっ? は、はいよろしくお願いします」


添田

「んー……特に問題では無いみたいですね」


苦笑しながら添田が言うが、国光は同じチームであることに不安を感じ始めていた。


国光

「ところで魔法っていうのは……?」


添田

「はい、そうですよね。そこがいちばん気になるところだと思います。でも言葉で説明するよりも、やった方がわかりやすいので、実際にやりながら説明します。ひとまず外にでましょう」


D館を出て右に折れると駐車場があった。車が1台も無いのは、必要ないからだろう。


添田

「魔界のエネルギーを扱う方法、つまりは魔法ですが、基本的には何をするのも一緒です。イマジネーションとコントロールが重要になります。魔界に満ちた魔力を感じて、こんな風に操作してみてください」


添田が手の平を上にして集中すると、キラキラした魔法の粉が集まり、小さな雲が出来上がった。


国光が魔力を操って空気中の水分を集めようとイメージすると、不思議なエネルギーが動き出して、なんとかのようなものが出来上がった。


雲はたくさんの水蒸気の集合体なので部分的に集めることが成功しても、すぐに散ってしまう。実際に雲を形成できるものは誰もいなかった。

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