トゥモロー ネバー ノウズ

俺はドリーマーズファクトリーの地下にあるD棟で、これから巻き込まれるであろう未来を夢で見ていた。


未来ってのは不確かなもので、些細なことで変わったりする。どちらかといえば、俺は今を楽しむタイプだから、お告げとか予言なんてものは信じやしないが、参考にはなる。


その夢には、人間の男がでてきた。


主役って感じじゃあないんだが、重要な場面には必ず参加していた。じゃあ主役なんだろって?


さあな。そもそも俺様以外の主役なんているのか? あまり興味が無いな。ただ、この夢のキーパーソンがその男だったってこと。


すべては、その男の母親が倒れたことがきっかけだった。原因不明らしかったが、俺の目には魔界の瘴気にやられちまってるのがわかった。


本来なら魔界から離れて、瘴気が薄れれば回復するもんだが、身近に魔界と繋がりの深い人物でもいたのか命を落としたようだ。


息を引き取った母親は、死者として魔界にやってきたが、そこでふたつの問題が発生した。


ひとつめ、その母親の行き先が天国になったこと。天国行きの何が問題なのかって?


人間の場合に限るが、死者の流れはこうだ。


死出の山を通って賽の河原に行き三途の川を渡る。死役所で出死記録を申請して、生前の罪を裁判みたいなもので審査し、天国行きか地獄行きかが決まる。


希望がどうあれ、天国へ行けるものはごくわずかだ。俺の経験上、普通の人生を送っていて天国への切符を手にしたものはいない。


つまり、なんらかの不正があったってことだ。


ふたつめ、その母親の死を決定付けた原因が、自分のせいだと知って激しく責任を感じた男がいたこと。


さらにそいつがその現実を受け入れられなかったことだ。


そいつってのが、さっき俺を計画に勧誘してきたキール。ディストピアのシステムに疑問を抱き、改革の手段をみつけ、行動しようとしている。


ディストピアだけじゃなく魔界全体に及ぶ危機ってやつだ。予知夢によると、俺はこれを不本意ながら阻止しなきゃならない。


もちろん絶対やらなきゃいけないわけじゃあないし、選択肢は無数にあって選択権は俺にある。


ただ好奇心と探究心のせいで巻き込まれる面倒ってやつは退屈しないし刺激的だ。



ところで、地獄の楽園ディストピアにおいて、キールの計画に賛同する人間がいると思うか?


ただまあ、キールはひとりでも計画を実行したと思うがな。


キールにとって幸いだったのは、魔界にはディストピアをよく思わない悪魔がいたことだ。


その代表が、古き悪魔クリサス。悪魔のささやきかクリサスはキールに助言した。頭は悪いが地獄をよく知っているからな。


生前に罪を犯し、地獄であるディストピアに入国を拒否された者。平和を脅かす可能性のあるもの。


いわゆる悪人と認定され、更正の見込みがない人間は、その存在を許されず奈落送りか、ディストピア屈指の監獄『パンドラ』に収容される。


クリサスは、そのパンドラから人員を確保したらどうかともちかけた。あそこには正直、人間とは思えないほどの悪意と、狂気に満ちている。


キールの計画を阻止するつもりなら、悪党どもがキールの配下につくまえに対応するべきだ。


だが、予知夢によるとキールのパンドラ制圧は成功したらしい。要塞とも呼べる拠点を得たキールは、着実に計画を進めていた。


俺はというと、それまで夢の中に登場しなかった。じゃあ俺に何の関係があるんだと疑問に思い始めた頃、ようやくミシカと一緒に俺が出てきた。


よく知らない壁のない広い場所で、俺は白い床の上を何かから逃げていた。まあこの流れならキールやクリサスから逃げているんだろうが。


俺は姿をハヤブサに変えて空高く舞い上がり、周囲の状況を確認していた。


はるか前方に白い階段が天まで続いているのが見える。後方にはクリサスやキールが大群を率いて迫ってきているのが見えた。


何を思ったのか俺は巨大なドラゴンに姿を変え始め、敵に向かって攻撃しだした。混乱の魔法でも受けているのかと思い目を凝らしたが、夢の中の俺の瞳は正常だった。


目立つ場所で、目立つ格好で攻撃するなんて、ただのマトだ。


案の定、敵は俺に向かって火球やら氷刃、魔法の矢を飛ばしてきた。しばらく応戦したものの、結局撃ち落とされた。


「………めてくれ」


どこからともなく声が聞こえた。

言い争う声、音もしてきた。


それが夢の中のもではない事に気付くのに時間がかかった。目の前の視界がボヤける。


「待ってくれ、いまはダメだ! 夢の中に閉じこめられてしまうかもしれない!」


「関係ない、むしろ好都合だ」


これは、ウメダとクリサスの声か?


俺が重たいまぶたを持ち上げて夢から現実の世界に戻ると、高密度に圧縮された魔力の塊が向かってくるところだった。


「おやすみ、ティミー。よい夢を」


寝起きの俺に避ける間はなく、その暴力的な破壊のエネルギーは、俺の身体を蒸発飛散させ、かすかな意識だけを残して肉体を葬り去った。


クリサスの調子づいたドヤ顔を俺は忘れぬよう心に刻んだ。


この借りは必ず返してやる。たっぷりと利息を付けて。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る