さらわれた姫君

緑色のフェンスで囲まれた二百台ほど停められる駐車場。車が無いことを除けば、地獄とは思えない普通の景色だ。


だが良く目を凝らせば、整地された地面のアスファルトが赤茶色であることに気付く。それは同じ成分が地獄には存在しないことを意味していた。


現役コンシェルジュ添田の指導の元、しばらく魔界のエネルギーをコントロールする練習を続けた。


添田

「みなさん雲は出来ましたか? 次はさらに温度を下げて雨や雪、雷なんかも作ってみてくださいね」


手のひらの上に小さな世界を形成して、まるで神になったかのように天候を操る。


鈴音はすでに雪を降らせ、はしゃぐ雪だるまなどの生物を創造していた。


天野兄弟も大気中の静電気から雷を発生させたり、雨雲と暴風を表現したあと小さなストームを起こしたりしていた。


ゴッピ

「こりゃおもしれーなあ」


ゴッピはわたあめのような立派な入道雲を作ると、国光に向けて小さな雲を飛ばすイタズラをした。


ゴッピ

「おい、どうしたんだよ国光」


飛ばした雲に対して無反応な国光の異変に気付いてゴッピが駆け寄った。入道雲が泡のように空気中に飛散して、儚く消える。


国光

「ヤバい……俺……向いてないかも……」


大気中の水分を集め、熱し、水蒸気に変えて浮かべる。それらが逃げぬよう、魔力の膜で包み込む。気圧や温度を下げて魔力と結合させれば雲の出来上がりだ。


正解はひとつじゃない。単純に空気中の埃を燃やして黒煙を作り、煙をコントロールするだけでも雲は作れる。


光を使って魔力の膜に映像を投射する方法もある。


しかし、国光はどれもできなかった。


国光

「全然コントロールがきかないんだ。どいつもこいつも暴れ馬みたいで制御できない」


ゴッピ

「コントロールっていうよりイメージするんだよ、自由に動かせる魔法の粉を浮かべる感じでさ」


鈴音

「国光くんがんばって!」


みんなが当たり前のように出来ることが、国光だけ出来ない。


太陽

「添田さん、これが出来なきゃだめダメってわけじゃあないんでしょ?」


添田

「もちろん、そりゃ出来た方がいいけれど、使う機会は少ないので、まあ大丈夫です」


大地

「そもそも、どんなときに使うんですか?」


誰も国光を馬鹿にしたりしなかった。それどころか、国光を気遣って優しくフォローした。それが逆に国光をミジメな気持ちにさせたが、国光にはどうすることも出来なかった。


添田

「有事の際に、出来ることが多いと助けになります。ですが、そんな問題が起きないようにするのが大切です。魔法は正しく使いこなせれば、様々なことが出来ます。実は、魔界には酸素がありません。みなさんは魔界のエネルギーを酸素の代わりにして呼吸をしています。でもエネルギーを酸素に変換する意識はしていませんよね? これは適応力があるから自然に出来ていることなんです。だから

最低限の素質はあるんです。練習すれば大丈夫です。心配はいりません」


添田が力強く断言したが、国光は暗い気持ちを拭えず、うつむくことしかできなかった。


他のメンバーが次のステップとして、皮膚の硬化や体内を活性化させて治癒力を高めたり、運動機能を促進させる練習をそつなくこなすなか、国光だけは誰よりも落ちこぼれだった。


ゴッピ

「添田さん、ちょっと国光の練習に付き合っても良いですか?」


国光が腕の硬化に挑戦してゴリラみたいな腕毛を無駄に出現させていると、さすがにゴッピが見ていられなかったのか進言した。


添田

「ん? うん、そうしてあげて。ごめんね、たいしたアドバイスできなくて……こればっかりは慣れだから……」


国光

「いえ、こちらこそお手数かけてしまって申し訳ないです」


添田

「もう少し練習したら、オリエンテーション会場まで移動するので、それまで頑張って」


国光

「はい」


添田が少し離れて練習光景を見守る中、ゴッピと一緒に雲作りからおさらいしていると、国光が空を見上げて言った。


国光

「なんか近付いてくる、あれは鳥か?」


ゴッピ

「どれ? なんも見えないけど……」


国光の視線の先に目を凝らしてゴッピが首をかしげる。


それは風のように現れて駐車場にいる添田の背後に降り立った。どこからどうみても悪魔の風貌で、黒い翼と黒い尻尾を持った姿のそいつは不敵に笑った。


添田

「ちょっとなに!? どうして悪魔がこんな所に! きゃあああああ!!」


見るからに異界の魔物は、添田の肩を掴むと一瞬にして空高く飛びあがり、去っていった。


鈴音

「えっ? えっ? 何?」


残されたメンバーは、添田が連れ去られる光景を茫然と見ていることしか出来なかった。


大地

「なんだ? どういうことだ?」


太陽

「見たところ完全なる誘拐事件だな」


ゴッピ

「誘拐!? 助けなきゃ!」


太陽

「ちょっと待て! 俺たちはチームだろ? 勝手に行動すんな!」


真っ先に駆け出すゴッピを太陽が制した。国光は怪訝そうに眉間にしわを寄せて考え込む。


大地

「太陽、これ」


添田が連れ去られた地点にクリアファイルが落ちている事に気付いて大地が拾い上げる。


太陽

「日程表だ。このあと、死役所に集まってオリエンテーションをやるらしい。メンバー全員が揃っていること、遅刻者は失格とするので時間厳守って書いてあるぞ」


鈴音

「じゃあ死役所に行って、責任者か誰かを探して報告しなきゃ」


ゴッピ

「ちょっと待って、添田さんをほっとくつもりかよ」


大地

「そうじゃないだろ、新人の俺たちがやるべきことは、まず上長に報告だ」


意見が割れて険悪なムードが漂う。ゴッピが助けを求めるように国光を見た。


国光

「いや、添田さんを助けに行こう」


太陽

「おい、何言ってんだ。あの化け物相手に俺たちでどうにか出来るわけ無いだろ」


大地

「そうだよ。ろくに魔力もコントロールできないじゃないか! え? 化け物?」


大地の言い方にカチンと来たのはゴッピだった。黙ってこぶしを握ると大地の胸ぐらを掴む。


国光

「ゴッピ! 待ってくれ。気付いたことがあるんだ。話しだけでも聞いてくれないか?」

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