面接の範囲
面接試験当日、国光は時間に余裕をもって正門前に到着した。まぶしいほどの日差しが、目の前の立派な建物に後光のように降り注ぎ、国光は思わず身震いした。
ディストピア本社のゲート前には面接受付と書かれた立て札があり、すでに数人の男女が並んでいた。
首から通行証をぶら下げた従業員たちが、その横を足早に通り過ぎていく。毎日勤務している者にとっては見慣れた光景なのだ。
国光
「明星国光です。面接で来ました」
警備員
「こちらが仮の通行証になりますので、絶対に無くさないようにお気を付けください。この先を右に行った所に案内板がありますので、そちらへお進み下さい。そこが入り口になります」
きっと同じセリフを何人もの面接者に説明しているのだろう、警備員は気だるそうに業務的な案内を吐いた。
来客用と印字された仮の通行証を渡され、それを首からかけると前を行く女性に続いて建物の中に入る。
吹き抜けになったエントランスは開放感があり、白を基調にした床と壁が落ち着きと威厳を感じさせた。照明がついていないにも関わらず、外から差し込む陽光のおかげか明るい空間だった。
正面に受付があり、国光は名前を告げて次の部屋への案内を受ける。
部屋の中は30組ほどの机と椅子が用意されていて、『SOEDA』と書かれたネームプレートを付けたコンシェルジュが通路を行ったり来たりしながらエントリーシートと筆記用具を空席に置いたり質問を受け付けたりしていた。
添田
「記入が終わりましたら、前方の箱の中にエントリーシートを入れて、奥の待合室へ進んでくださいね。記入に使ったボールペンは記念に持ち帰って大丈夫です」
パーテーションで区切られただけの待合室には、すでにエントリーシートを書き終えた数人が待機していた。国光も他の面接者と同じように空いている椅子に腰かけ、エントリーシートに記入を始める。
山岡
「中村さん、こんにちは。山岡と申します。次はこちらのお部屋です」
ディストピアで勤務中に着るコスチューム姿の、山岡という面接官が笑顔でやってきて、応募者を連れて次の部屋へ消えていった。
記入を終えてしばらく待ったが、なかなか国光は呼ばれず、あとから待合室に入ってきた者が先に次の部屋へ消えていく。
スーツの男
「明星国光ってのはどいつだ?」
ようやく名前を呼ばれて顔を上げると、コスチューム姿ではなく黒いスーツ姿の男が立っていた。
永倉崇司
「待たせたな、俺は
今までのコンシェルジュとは違って、鋭い眼光に不機嫌そうな表情。接客とは無縁そうな無精髭に、たくましい筋肉が服の上からでも窮屈そうに詰め込まれているのがわかる。
国光
「よ、よろしくお願いします」
国光が案内されたのは、これまでの応募者とは逆方向で、来た道を戻り、面接会場を出て、植栽に沿って右に折れると大きな建物に入った。長い通路が奥まで続いていて従業員がごったがえしている。
右手に従業員専用のディストピア関連グッズ売り場があり、コンビニエンスストア、待合室や休憩室、さらには美容室まで完備されていた。
永倉
「おまえさん、幽霊とか普通の人には見えないものが見えた事はあるか?」
国光
「うーん……?」
永倉
「じゃあそういった類の存在を信じているか?」
国光
「宇宙人や未来人、異世界人とか超能力者が存在したら、面白いなあとは思いますけど今のところ縁は無いですね」
国光は初めて見るディストピアの舞台裏の光景に心を奪われ、これが面接だって事を一瞬忘れていた。永倉は興味なさげに「あ、そう」と答えると、左手にある窓口に肘掛けながら「試験用の眼鏡を」と女性に伝え、国光に向き直って建物の説明を始めた。
永倉
「1階は見ての通り右手側に各種施設があって、反対側はコスチュームの交換施設とか支給備品などの窓口がある。2階はロッカールームになっていて、簡易的なシャワールームも併設されている。まあ使うようになったら自然と覚えるだろう」
受付
「お待たせいたしました、試験用の眼鏡になります」
永倉が戻ってきた窓口の女性にお礼を言って眼鏡を受け取ると、国光を真剣な顔で見つめて「俺がかけろと言うまで勝手にかけるなよ」と念押ししてから差し出した。
永倉
「3階はトレーニングルームや会議室があって、4階は内勤の者が働く事務所になっている。これから行くのはトレーニングルームだ」
階数表示の無いエレベーターに乗り込んで、トレーニングルームに向かう道中、永倉はディストピアの仕事について説明した。
永倉
「地獄型テーマパーク、ディストピアには大きく分けて販売、案内の接客業務と、調理や在庫管理などの非接客がある。おまえさんの仕事は案内業務に属する接客業務だ」
国光
「ディストピアに案内する誘導係って事ですか」
永倉
「まあ、そんなとこだ。これから面接試験をするが、無事に合格したらの話だな」
トレーニングルームと書かれた部屋に着くと、永倉は扉の横にあった小さな白いプレートを裏返して、使用中と書かれた面にして枠に差し込んだ。
部屋の中は生暖かい空気で満ちており、中央に木製のテーブルと、それを挟む形で椅子があるだけだった。
永倉が封筒から書類を取り出して、署名捺印を求めた。国光がろくに読まずに契約をしようとするので、書類の重要な要項を抜粋して再度確認を取らせる。
国光
「試験ってどんなことをするんですか?」
永倉
「簡単な適性検査だ。視力や聴力の検査とか基本的な知識があるかどうか、様々な状況での判断力と適応能力も審査する」
国光
「難しそうですね」
永倉
「そうでもないさ。別に死ぬ訳じゃあない。最初は危険の無い退屈な仕事だ。桐原の推薦もあるし、まず心配ないだろう」
推薦の話が通ってなかった時の為に、桐原からスカウトカードと呼ばれる物を貰っていたことをすっかり忘れていた。
すでに桐原の口添えがあったことが確認できて国光は少しホッとしたように表情を緩ませた。
国光
「危険な仕事もあるんですか」
永倉
「やっかいな客のトラブル対応もあるし、高所や危険物を取り扱う場合もある。まずは職場に慣れることからだな」
永倉は国光が記入した書類を封筒に入れて立ち上がり、服装を正すと「じゃ、準備はいいか」と言った。
国光
「準備?」
永倉
「俺の面接試験を受ける心の準備はいいかと聞いている」
国光
「いいですけど……何をするんです?」
永倉が口の端を持ちあげて、国光に初めての笑顔を見せて壁に手をあてると、電子機器に電源が入ったような音がして、部屋が揺れた。
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