地獄型遊園地

テレビから桜の開花情報が流れている。


笑顔の爽やかな男性アナウンサーを気の抜けた顔でぼんやり眺めているのが、ミシカの飼い主である明星国光あけぼしくにみつだ。


スマホが着信を知らせるランプと共にメロディを奏で始めたので、国光は画面のタッチパネルを操作して電話に出た。


桐原薫

「国光、ヒマか? いますぐ出て来いよ」


電話の相手は、1年ほど前にコンビニのバイトで知り合い、リピーター率9割を誇る遊園地ディストピアで働いている桐原薫きりはらかおるだった。


国光は、高校の頃からバイトを続けてはいるが、特にやりたいことも見つからず、目標もなく進学するのも嫌で、卒業しても定職にも就けずにいた。


国光

「いいですけど、今日はこれから母親の見舞いに行きたいんでそんなに時間無いですよ?」


国光は実家で両親と共に暮らしていたが、数か月前に母親の明星恵美子が原因不明の病に倒れてからは、弁護士事務所の所長を務める父、明星泰造と二人で暮らしている。


桐原薫

「恵美子さんの見舞いか、せっかくだから俺も行こう。具合、良くなってるのか?」


明星国光

「いえ、相変わらず意識は戻らないし眠ったままです。親父は諦めてるみたいで病院に顔も出しません。他所よそに女でも作っているんじゃあないですかね」


桐原薫

「ハハハ、そんな人じゃないのは国光が一番知ってるだろ」


明星国光

「……すいません変なこと言っちゃって」


桐原薫

「聞いて欲しけりゃいつでも愚痴れよ、じゃあいつもの場所で待ってるよ」


国光は電話を終えて、鏡の前で寝癖がないかチェックして歯を磨いた。167センチ50キロの細身の身体は頼りなく見えるが、在学時の体力テストなどでは平均以上の成績だった。


ネットで購入した長さ5センチにカットできるバリカンで頭髪は短く整えられ、奥二重ながら長く伸びたマツゲと少し大きめの鼻、幼少の頃に転んで下唇に小さな傷跡がある以外は、良くも悪くもない容姿だと自負していた。


いつも待ち合わせ場所に使っているバイト先のコンビニに到着すると、桐原はバイト仲間の後藤暎仁ごとうあきひとと話していた。


後藤瑛仁

「お、国光。おつかれさん」


桐原薫

「来たな。ほら、これを見せたかったんだ」


桐原はサラサラした髪を風になびかせながら、女性がうっとりする笑顔で1枚の紙を差し出した。くっきり二重で鼻筋も通っていて、コンビニで働いていた時もファンがいて桐原が辞めたことが原因で売り上げが低下するほどだった。


明星国光

「なんですか?」


後藤瑛仁

「桐原さんが人生を変える運命の出会いを連れてきてくれたんだぜ」


天然パーマでメガネを掛けた後藤は、桐原とは対称的なルックスが原因なのか、それとも一重で視力が悪く睨むような目付きのせいか、「愛想が無くて怖い」と客からの苦情を頻繁に受けていた。


それでもめげない心の強い性格で、決して怒らず前向きで、一緒にいる人を元気にしてくれる国光の親友である。


桐原に渡された紙は、たくさんの人が笑顔で働く夢と魔法の求人広告をだった。


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ディストピアは地獄をテーマにした国内最大手の遊園地で、お客のことをビジターと呼び、死を迎えたものとして扱う。働くものはコンシェルジュと呼び、例えコンシェルジュ専用区域でもコンシェルジュとして演じる点を徹底している。閻魔えんま様をはじめ、赤鬼や青鬼などの主要キャラクターを演じる者は、「ディストピアでキャラクターを演じている(いた)事実を、在職中・退社後問わず外部の人間に漏らさない」という機密保持契約を交わさなければならない。


桐原薫

「仕事探してたろ? 面接会があるんだ。推薦してやるから申し込めよ」


明星国光

「え!? いまですか!?」


桐原薫

「いま。思い立ったら吉日だ。ゴッピはもう申し込んだ」


ゴッピというのは後藤暎仁のニックネームだ。苦情対策として、親しみやすいニックネームを付けようと店長が言い出し、名札に手書きで書くことになった。国光はニック桐原はキールだったが、浸透したのは結局ゴッピだけだった。


ゴッピ

「俺は21日にしたから一緒にいこうぜ」


国光はこれも何かの縁だと思い、チラシに載っている連絡先に思い切って電話をかけてみることにした。


室井

「こんにちは、ディストピア採用センターの室井が承ります」


数コールの後、女性の親しみやすい声が聞こえた。国光は緊張してウロウロと通りを行ったり来たりしながら名前や住所、生年月日などのいくつかの質問に答えていく。


室井

「ありがとうございます明星国光様、では今回の面接のお日にちなんですけど、21日と22日がすでに埋まってしまっているので、16日から20日の間でご希望はございますか?」


フリーターである国光としては、出来るだけ早くコンビニより将来性のある企業で働きたい。時間はいくらでも融通が利く状態だ。


ゴッピと一緒の21日が無理なので、善は急げと国光は、最も早い16日10時からの面接を希望することにした。


室井

「それでは、当日の面接の会場ですが、ディストピア本社で行います。入り口には警備の者が立っておりますので、お名前と面接に来た事をお伝えください。持ち物ですが、特に必要なものはございません。履歴書なども不要となっております。服装もスーツではなく、できるだけ動きやすい格好でお越しください。では私からは以上となりますが何かご質問はありますか?」


面接会場にスーツではなく動きやすい格好で、という言葉に国光は違和感を覚えた。余計な質問はせずに電話を切りたい気持ちもあったが、思い切って聞いてみる。


国光

「……動きやすい格好ってことは、面接以外に何かやるんですか?」


室井

「はい、当日の面接担当者によっては、直接現場を見学に行ったり、簡単な実施テストを行ったりいたします。面接担当者は現役のコンシェルジュになりますので、一緒に働きたいと思うかどうかを念頭に様々な手法で面接を行っております」


国光

「そうですか、ありがとうございます」


室井

「はい、それでは16日10時にお待ちしておりますので、よろしくお願いいたします」


国光

「よろしくお願いします。失礼します」


室井

「はい。室井が承りました。失礼します」


電話を切ると桐原が国光の肩を組んで言った。


桐原薫

「これで俺たちは仲間だな」


ゴッピ

「まだ受かったって決まったわけじゃないですけどね」


面接に受かればの話だが、また3人で仕事が出来ると思うと、国光は嬉しくてしかたなかった。

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