カモフラ


スミレの花言葉は「謙虚」「誠実」「小さな幸せ」で、俺にとってスミレの花は契約における指針のようなものだ。


契約時にスミレの花を差し出されたら、お互いに誠実でなければならない。


それは、俺がスミレの花から生まれた悪魔として抗えない原点のようなものでもある。


俺は若造に言われたとおり、姿を巨大な化け物に変えて、天国の扉に向かう人間達の上空を飛び回り、天候を操作して進行を妨害した。


地面を隆起させたり、動く者を捕らえて離さない魔法植物の種をバラまく。そうして人間達の注意を引きつけた後は、目標地点に移動して、灰色の空に自分の姿を投影した。


これで人間どもが魔法の攻撃を撃ってきても、幻影をすり抜けるだけで俺自身は無傷でいられる。


この作戦が見破られるのは時間の問題だろうが、若造の指示通りに俺は働いた。


こんな状況でも俺が傷付かない方法を考えるあたり、若造の甘さが知れると言うものだ。それでも俺が余計な口は挟まなかったのには理由がある。


若造からこの作戦を指示されるよりも前に、ある男とある取り引きをした。


それは俺が桐原薫を迎えに行った時のことだ。


桐原は迎えに来た俺に言った。


「取り引きしないか」


急にそんな提案を持ちかけられて、俺は疑惑の目を向けた。


「何を企んでるんだ? まあ報酬次第では聞いてやってもいい」


ここに来て裏切りか。人間とはなんて醜い生き物だと再認識した。いつだって自分のことばかり考えていて、隙あらば欲望を満たそうと企んでいる。


俺は悪魔だから、そういった考えを否定しやしないが、他者の悪魔じみた行動を見るのは好きじゃないな。


「ちょっとした贖罪さ」


「なんだって?」


意外な言葉が聞こえてきて、聞き違いじゃないかと耳を疑った。


「国光には迷惑かけっぱなしだからな。報酬は、俺の魂でどうだ? 俺の全てをやってもいい。国光を助けてやってくれ」


なんとまあ美しい自己犠牲だろうか。


俺の予想に反して、寒気がするほど爽やかな笑顔で宣言した。


「キサマの魂にどれほどの価値があると思っているのか知らないが、そんな自己満足に付き合う気はないね」


実際には人間の魂の価値は、悪魔にとってかなり高い。まして、献上された魂は力で奪い取った魂とは比較にならないほど、多くの利用価値がある。


俺じゃなかったら喜んで引き受けただろう。ただ、残念なことに俺は天の邪鬼甚だしい性分でね。


さらに言えば、降って沸いた幸せより、自分の力で掴み取った幸せの方に価値を見いだすタイプなんだ。


「どうしたら願いを聞いてもらえるんだ? 俺は、このままじゃ国光に合わせる顔がないんだ」


「じゃあ魔法で顔を変えればいいだろ」


「そういう意味じゃ無いだろ」


「わかったわかった、落ち着けよ。だったらこうしよう。出来る限りオマエの願いは叶える努力をしよう。だが、俺の命を懸けてまでは守りたくはない。俺は自分が一番大切なんだ。だから報酬も半分でいい。俺がオマエの魂が必要なときだけ、魂をちょっとだけ貸してくれよ。どうだ?」


俺は桐原薫を連れて来いと命令を受けている。合わせる顔がないといわれて、連れていけないのは困る。


とはいえ提示した条件は俺にとって都合の良い解釈が可能な文言だ。これであきらめて着いて来るとは思えないが、妥協案でも出してくれれば、条件によっては折り合いをつけてもいい。


「それでいい」


「まあ、さすがに今言った条件じゃ納得しないわな。だったら妥協案を提示して貰えなんだって!?」


「それでいい。出来る限りでいい。命を懸けてまで守れなんて言わないよ。頼んだよ」


あきれるほどのバカがいた。


たまーにいるんだ、こういうバカが。


やだやだ、こういう人種が一番いやだ。


「何がおかしい、本当に頼むぞ、国光のこと」


「え? 笑ってたか?」


「ニヤニヤ笑って俺をバカにしてる顔だったな」


「オマエがバカなんだから仕方ないだろ?」


「確かに自分でもバカだと思ってるよ。でも何よりも重要なことだ」



というわけで、若造の命令を迅速に対応した後のこれからが、本番というわけだ。


『桐原、そっちの状況はどうだ?』


俺は、こめかみの通信装置を使って連絡を取った。桐原はこの通信装置を一目見ただけで

理解し、改良して独自のネットワークを構築した。そういった所は、黒幕がいたとはいえ、ディストピア転覆を企てただけのことはある。


『こちら桐原、国光の生体反応が感じられない。妨害魔法のせいか、俺の魔力じゃ中の様子が分からない。そっちが終わったならこっちを頼めるか?』


『若造の命令は全部終わった。意識を入れ替えて役割を交換しよう』


俺は目を閉じると意識を集中させて桐原の肉体へ飛ばした。やることが済んでいるとはいえ、不測の事態が起こらないとも限らない為、肉体ごと移動するわけにはいかない。


『え! 今か? 今はちょっとダメだ! 待ってくれ!』


桐原が何かゴチャゴチャ言っていたが、俺は気にせず強行した。


桐原と俺の精神が交代し、桐原がゴチャゴチャ言っていた理由が判明した。


アンモニア性の老廃物を排出していたらしい。人間はこういうところが面倒だな。俺はすっきりした感覚を変わりに味わった後、ソレをしまって国光救出へ向かった。


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