親の敷いた線路
スティーブンはカーテンを閉めるかのように
何もない空間を手で払い、会話が聞こえないように魔法の幕を張ってから話しを切り出した。
スティーブン
「明星泰造のご子息、明星国光君。君に極秘の任務を頼みたい」
穏やかだが、有無をいわせぬ迫力があった。たくさんの人間の上に立つ男だからなのか、堂々とした物腰と自信に満ちた表情をしている。
国光
「極秘の任務?」
スティーブン
「君は桐原薫の友人だと聞いた。彼のしでかした行動は、明らかな違反行為だ。ディストピアとしては見逃すわけには行かない」
国光
「それには理由があったんです」
弁明しようとする国光に対して、スティーブンは眉間にシワを寄せて人差し指を立てると、黙るよう促した。
スティーブン
「すべてわかっている。仕方のないことだったこともね。だが、これは覆ることのない決定事項だ。どんな反論も聞くつもりはない。そして君はまだ新人で、今回の作戦には力量不足だと判断した。十分に検討した結果、君は桐原薫を連れて現世で待機して貰いたい。後のことは、こちらの世界の者に任せてほしい。話しは以上だ」
国光
「ちょっ」
国光が引き留めようと声をあげたが、次の瞬間には姿を消していた。それと同時に慌ただしく動き回るコンシェルジュ達の喧騒が聞こえてくる。
ティミー
「で、どうだった?」
愉快なものでも見るようにティミーが近づいてきた。姿はメガネをかけたおとなしそうな少年に変えていたが、国光の目には正体が見えていた。
ティミーは、聞くまでもない不満顔の国光を見て、満足そうに笑った。
ティミー
「かっかっか、その様子じゃあ俺は帰ってよさそうだな」
国光
「俺じゃ力量不足だって言われた」
ティミー
「そりゃそうだろうなあ、俺に言わせりゃ誰もが力量不足だ。じゃ、帰っていいか?」
国光
「アンタならどうする?」
国光は神妙な顔で言った。ティミーは面倒臭そうに顔をしかめて答える。
ティミー
「俺に聞いてどうする。オマエさんは俺じゃあない。自分のことは自分で決めるんだな」
国光
「そうだな」
国光は顔を上げた。それからの行動は早かった。まず、ティミーに桐原を連れてくるように指示を出すと、ゴッピに事情を説明した。
ゴッピは当然のように協力を申し出て、仲間を集めだした。計画は何もないが目的だけはあった。
父親をぶっ飛ばして計画を止めること。
それで計画を阻止できるのかなんてわからない。自分に出来ることをやるだけだった。
最後にミシカと共にロイを訪ね、偽天国創造を依頼した。
あっという間に時が過ぎ、全ての手筈が整った。ロイは予期していたかの如く、実に見事な仮想天国を創造した。
桐原の案内で隠れ家に到着した国光は、ティミーに最期の指示を出す。
国光
「俺が親父と決着つける間、巨大化して天国へ向かおうとする人たちを足止めして欲しい」
ティミー
「ああ、夢のやつな」
国光
「えっ?」
ティミー
「なんでもない」
これが世界を巻き込む親子喧嘩であるとあって、桐原は隠れ家の外で待つと言った。もし国光が戻ってこなかったら、その時は隠れ家ごと凍結魔法をかける。
隠れ家は森の奥にあるお菓子の家みたいに、外観はファンシーで可愛らしいものだった。
国光が扉を開けて中に入ると、懐かしい匂いと見慣れた風景が飛び込んできた。
国光
「俺の家だ……」
玄関には母の好きなスミレの花が飾られ、キッチンに続く廊下は、綺麗に掃除が行き届いている。家族3人で住んでいた当時の自宅がそこにあった。
キッチンの扉を開けると、片付けられたシンクがあり、母の恵美子が得意としていたシチューが、弱火で煮込まれていた。
泰造
「おかえり、国光。遅かったじゃないか」
居間のソファでくつろぎながら、母親がいなくなる前のように泰造が言った。テーブルにはキンキンに冷えてやがるビールが置かれている。
国光
「なんだよ、これは」
泰造
「まあ、座れ。腹は減ってないか? シチューがあるぞ」
国光
「なんなんだよ! これは!」
国光本人にも気付かぬうちに、頬を涙が伝った。泰造は赤い目をしながら鼻をすすり、シチューを取り分けた。
泰造
「母さんのいない世界は、意味がないだろう?」
シチューを食べながら泰造が言った。極論を「学校はどうだ?」とでも聞くように投げかけ、「ほれ、おまえも食え」とスプーンを差し出した。
国光
「仕方のないことだってある!」
差し出されたスプーンを仕方なく受け取り、母親に思いを馳せながらシチューをくちに運ぶと、懐かしい味がした。
泰造
「母さんのいない世界はな……地獄だ」
国光
「だからって! 俺たちが善悪の区別を失ったら、母さんが悲しむだろ!」
泰造
「そうだろうなあ……でもな、悲しむ母さんはもう、いないんだよ」
突如として風が吹くと、たちまち世界は変貌し、カップメンだらけの散らかった室内、カビ臭ささえある洗濯物の山、サビだらけのシンクに腐敗した食べかすのこびりついた食器が姿をあらわした。
国光
「もう止めろよ! 止めてくれよ! 頼むからしっかりしてくれよ! そんな親父見たくないんだよ! いつだって偉そうに、強そうにしてたじゃんか!」
泰造
「国光。人間はな、弱い生き物なんだよ。ちょっとしたことで死んでしまうんだ。魔界の風を感じただけで倒れてしまった母さんのようにな」
国光の視界が歪み、頬にキンキンに冷えてやがる床が迫ってきた。
国光がシチューに神経性の毒が入っていたんだと気付いた時、国光はすでに意識を失っていた。
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