カンファレンス

ディストピアD館大ホールに、関係者が集められた。


コンシェルジュ以外にも俺が呼んだ悪魔が出席している。数は多くないが、信頼できるやつらだ。


ここで言う信頼とは、仮に裏切ったとて制御しうる能力者って意味だ。今回の場合、人間どもを一掃して悪魔だけの世界をつくれる可能性がある。


そうなると、敵側につく悪魔が出てもおかしくはない。そっちのほうが俺たち悪魔にとっては都合がいいかもしれない。


いや、人間だけが成し得る料理や芸術が失われるのは惜しいと俺は思う。


ステージの上で作戦の説明をしているのはスティーブンだ。この場にいる全員の意識をひとつにして、同じ目的に向かって邁進する為、さっきまで演出家と照明や音響にこだわっていた。


俺は偉そうに演説するスティーブンに嫌悪感を抱きながら参加者に目を配った。


ここで手柄を立てれば名誉と権力を得られるとあって、やる気に満ちた者たちが多くいた。


綺麗事を並べ立て、さも正義はこちらにあると主張するスティーブンの言葉に、誰もが聞き入っている。


「結局総力戦なんだろう?」


俺は国光とかいう若造に声をかけた。もてる魔力を使って、天国へ向かう罪人やディストピア住民を無力化する。


それは自由のかけらもない強制執行だ。すでに大勢の人間が天国に行きたくて動き出している。今更作戦も何もない。


「うまく行くと思う?」


心配そうな顔で若造が言った。そんなものはやってみなきゃわからないことだ。それでも不安で、言わずにはいられないのだろう。


「さあね、興味がないな」


俺は正直な気持ちを伝えた。この作戦が失敗して人間が滅んだところで、俺の生き方は変わらない。


「だよね。大変なことが起こってるんだろうけど、全然実感がないよ」


「やれやれ、辛気くさい野郎だな。だいたい、どいつもこいつも他者を止めようとしてるから大変なんだよ。他者の気持ちってのは自分には変えられないし、完全に理解することなんて無理なんだよ。もっと俺みたいに自分のことだけ考えればいいのさ」


「例えば?」


「俺に聞くな。自分のしたいようにやればいいだろ? 自分のこともわからないのか」


「わからない。親父を止めたい」


「それって具体的に何をすれば止まるんだ? 殺すことか? 親父さんを殺したってこの騒動は止まらないぞ」


「そうやってすぐ物騒な話しにするなよ。他にどうしようもないだろ」


不毛な議論をしているうちに、俺はいくつか打開策を思いついた。だがまあ教えてやる義理はない。


「答えなんてないんだ。なるようになるだろ」


「なんだよそれ、結局おまえだって思いつかないだけだろ!」


「さあね」


俺はすっとぼけて言った。自分には答えがわかっている時に、答えがわからなくて困ってるヤツを見るのは気分がいい。


「へえ、あるんだ?」


優越感に浸っている俺に若造が言った。


「は?」


「いまの態度と答え方! 何か方法があるんだろ?」


まったくめざとい野郎だ。俺としたことが軽率だったな。若造の洞察力を甘く見ていた。


「……教えてやる義理はない」


「すっげぇ! やっぱりあるんだ! 打開策が!」


「おい! でかい声でわめくな!」


周囲の目も気にせず若造が叫ぶので、俺は若造の口を抑えて大ホールを出た。


若造の期待と尊敬の眼差しを向けられて、くすぐったい気持ちになった。うっかり教えてしまいそうになるのをぐっと飲み込む。


若造の思い通りにしてやるのは気に入らないからだ。


「ヒント! ヒントくれよ!」


「わかった、わかったから大きな声を出すな!」


若造は俺がもったいぶって教えなくても怒ることなく、それどころか解決策が存在すると信じ込んで、喜び、興奮していた。


頭の中にミシカがあらわれ『ね? いいヤツでしょ?』というのが見えた。


俺は頭を振って雑念を追い払うと、落ち着かせるようにゆっくりと説明した。


「まず、おまえさんが山に登りたいとしよう。見たこともない山だ。目的地に向かったはいいが、似たような山がたくさんあったらどうする?」


「山にはあんまり興味がないかな」


「そういう話しをしているんじゃあない。じゃあ、ママからミルクの買い物を頼まれて店に行ったら、いろんなメーカーがミルクを出してるだろ? どれを買ったらいいかわかるか?」


「安いやつ」


「……もういい」


俺はうんざりしてその場を離れることにする。こんなアホに付き合っていられない。


「わかったわかった! 親父を止めるんじゃなくて、目的そのものをどうにかしようってことだ!」


若造が慌てて着いてくる。憎めないというかなんというか。退屈はしなそうではある。


「天国がどんな所かなんて誰にもわかりゃしないんだ。なんなら偽物の天国を作っちまってもいい。それが出来る男にも心当たりがある」


「マジで!? でも、やっぱり教えてくれないのかな?」


「そうだな、そいつのことならミシカに聞くといい。天国を作れる男がいるとしたらそいつ以外にいないだろう」


「いやあそれがさ、今まで喋らない猫だったのが急に変わったからさ、戸惑っちゃって」


まったく人間ってやつは面倒くさい生き物だ。


「うおおおお!」


大ホールから怒号が聞こえてきて、決起集会が終わったことを告げた。


スティーブンの鼓舞は成功したらしい。大ホールから出てくる人間が魔力で空を飛び吶喊とっかんしていく。


「国光くん、ちょっといいかな」


若造が笑顔のスティーブンに呼ばれた。スティーブンの目は笑っていない。良くない兆候だ。

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