のっぴきならない事情


飼い猫であるミシカが人間の言葉を話したことにも驚いたが、実は悪魔だったと聞いて国光は自分の目と耳を疑った。


国光の父親である泰造の蛮行を止めるためには、とある悪魔の協力が不可欠だとミシカは言う。


ミシカ

「手筈は整えたわ。契約を交わして、父上を止めましょう!」


国光

「俺ぇ!? 確かに身内の問題だけど、手に負える問題じゃないよ」


ミシカ

「だから手伝ってもらうのよ。おそらくアイツを説得できるのは、他の誰にも無理だと思うわ。きっとあたしが言ってもダメ」


国光

「そういうのは桐原さんの方が向いてるんじゃないかな」


チラリと助けを求めて桐原に視線を送るが、無言で首を横に振るだけだった。


本間

「俺もなんだかんだ言って、引っ張られてここまで来たところあるからなあ、ストームみたいに周囲を巻き込む不思議な力があるのかもな」


本間が妙に納得したように頷く。何かを期待するような眼差しで見つめられた国光は、プレッシャーを感じて緊張したように顔を強ばらせた。


ミシカの指示に従って、召喚の準備を済ませると、悪魔を呼びだす儀式が始まった。


国光

「古の盟約に従いティムエル・ヒューイットをここに召喚する」


ミシカに渡されたカンニングペーパーを読み上げる頃には、国光は緊張でトイレに行きたくなっていた。


しかし粛々と儀式は進み、半ば強制的に国光から魔力が抜けると、遠いかの地から悪魔を呼び寄せた。身体に強い疲労感を感じてよろめく国光。


穏やかだった部屋の空気が濁り、風と煙に渦を巻かせて姿を現した悪魔は、禍々しい邪気を纏い、不機嫌そうな瞳が怪しく輝いていた。


だが、国光は早く切り上げてトイレに行きたい気持ちでいっぱいになり、目の前の悪魔に集中出来なかった。


そんな国光の思いとは裏腹に、悪魔は協力を渋り、交渉を長引かせようとした。


国光

「ごめんトイレ!」


ついには膀胱の限界を迎え、国光は部屋を飛び出すと、唖然とするミシカのわきをすり抜けた。


国光

「ふうぅぅぅう。危なかったぜ」


誰もが呆れた視線を送る中、すっきり顔の国光が部屋に戻ると、悪魔は律儀にそこにいた。


国光

「ハハハ、ちゃんと待っててくれたんだ、ありがとう」


ティミー

「召喚中は勝手に移動できないんでな。もっとも俺に尿意は無いが」


国光

「ごめんごめん、思っていたより長くなりそうだったからさ」


ティミー

「今後は先に済ませておいてもらいたいもんだ」


間が空いたことで場がしらけたのか、先ほどまでの威厳や威圧感は薄れていた。


国光

「そうだ、何か飲む? コーヒーとか。自販機とか無いかな?」


ティミー

「で、どうするんだ?」


ティミーのイラついた態度に困ったように鼻の頭をかくと、国光は会話の内容を思い出しながら答える。


国光

「たしか、適任者を紹介してくれるんだっけ? せっかくだから、それもお願いするよ。仲間は多い方がいいだろうし」


ティミー

「おいおい、俺の代わりを紹介するって言ったんだ。俺のことは解放してもらう」


国光

「でもアレだろ? 話しがまとまらないと、勝手に移動できないんだろ? ずっとここにいるよりはいいんじゃないのか?」


ティミー

「チッ、その通りだな。オマエからしたら俺にも協力させて、紹介したヤツにも手伝ってもらった方が都合がいいか」


余計なことを言ってしまったとティミーが舌打ちした。


国光

「細かい事情とか駆け引きとか苦手だから、単刀直入に言うよ。親父が間違ったことをしようとしてる。俺はそれを止めたい。けどひとりじゃ無理なんだ助けてほしい。契約とか強制もしたくない。どうしたら手伝ってくれる?」


国光がまっすぐな瞳で言うと、片方の眉毛を上げて口をへの字にしてしばらく考えこんだ。


ティミー

「……紅茶がいい」


国光

「え?」


ティミー

「ごちそうしてくれるんだろう? ウマい紅茶を飲ましてくれるなら、そのために働こう。それが俺のルールだ」


国光

「ああ、わかった。格別の紅茶をごちそうするよ!」


先ほどまで計画に否定的だったティミーが、急に協力する気になって戸惑ったが、ともかく協力してくれる約束を取り付け、国光はホッとしたように息をついた。


ティミー

「契約は親父さんの計画を阻止することだよな?」


国光

「そう」


ティミー

「親父さんを殺せばいいのか?」


国光

「なんでだよ、だったら親父を殺せって言うわ。止めてくれって言ってるんだ」


ティミー

「だよな、めんどくせえ。いいか、自分を変えることは可能でも他者を変えるのは大変なことなんだぞ?」


国光

「わかってるよ。でも止めなきゃダメなんだよ」


やるべきことだけはハッキリとしていたが、そのために何をすればいいのかは、まったく見当もつかなかった。


国光

「じゃあ、えーと元いた場所に戻せばいいのか?」


この召喚をどう終わらせればいいのかわからず、部屋の外にいるミシカを求めて振り返る。


ティミー

「いやまて、このままオマエに同道しよう。どうせこのあと具体的にどうするか作戦会議でもするんだろう?」


国光

「わかんないけど、そうなのかな?」


ティミーの予測通り、部屋を出ると迎えのコンシェルジュが来ていた。




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