ギャルパンティー

拘束の魔法が発動してウメダの動きを封じたが、ウメダから余裕の笑みが消えなかった。


出現させた大蛇に、普通の人間なら身体中の骨が軋むほどの力で締め上げさせたが、まったく効果がない。


「無駄だよ、ティムエル・ヒューイット。夢の中での主導権はこちらにある」


いつの間に夢を見せられていたのか、現実ではないらしい。気付けばすでに術中だったというわけか。


どこからどこまで夢なのか、いやむしろ本当にこれが夢なのか。現実と夢との境界が見えない。


「たしかに、恐ろしい力だな」


「我々に協力しなければ、ずっと夢を見ていてもらうぞ」


正直、外に出て誰かのいいなりになるくらいなら、夢の中に閉じこめられていても構わない気もする。どこにいたってしがらみはあり、真の自由など、どこにもないのだ。


ただ、気に入らないという感情は拭えない。だから俺は計画の穴について指摘してやった。


「たとえ協力すると言ったところで裏切る可能性だってある。ここで言質を取る意味もないだろう」


「いいや、大事なことだ。協力すると言わないのなら永遠に夢の中だ。よく考えると良い」


「じゃあひとまず数年寝て考えることにするから忘れた頃にまた聞きに来い」


そのころには、俺の必要性も無くなっていることだろう。


俺は自分の座布団を折りたたんで枕にすると、横になって瞳を閉じた。別に焦ることはない。のんびりしよう。夢の中で夢を見るってのもオツなものじゃないか。


「おい、なんだ何をした! なぜだ!」


突然ウメダの狼狽えた言葉が聞こえてくる。せっかくの睡眠を妨害するとは何のつもりだ。


「俺は何もしていないぞ、少し静かにしろ」


俺は聴力を魔力でシャットアウトした。外界で何が起こっているのか興味がない訳じゃあないが、知ったところで手の出しようがないなら快眠優先だ。


だが若い男の子声が頭に響いてきて、それを邪魔した。


「古の盟約に従いティムエル・ヒューイットをここに召喚する」


「マジかよ! このタイミングでか」


身体がひっぱられて、いつものかせが発動する。まるで金縛りにあったように硬直し、指1本動かせない。


とてもじゃないが眠りにつける状態ではない。


ウメダが狼狽していた理由が判明した。せっかく捕らえた俺を誰かが召喚したらしい。


俺は痛みを堪えてまでこの場にとどまる理由もないので、喜んで召喚に応じた。


停電したかのような暗闇の後、制御室らしき部屋に出た。壁のモニターが独房を映し出していることから察するに、パンドラだろうか。


正面に見覚えのある若造が立っていた。パンドラからディストピアに向かう途中で会った奇妙な目をした若造だ。


「また会ったな」


俺は消えてしまった座布団の代わりに腕を使い、涅槃ねはんのポーズで言った。俺の正体を見抜く若造に、いまさら別の姿を見せかける必要は無いからな。


「急に呼び出してごめんなさい、邪魔してないといいけど」


「そうだな、ちょうど一眠りしようかと思っていたところだ」


俺はタイミング良く召喚されたことで助けられたことなどおくびにも出さずに言った。貸しなんか作りたくない、当然だろ?


「ごめん、あとにしたほうがいい? 眠いよね?」


「いや、いい。さっさと用件を言え」


なんともやりにくい若造だと思った。悪党の方がまだマシだ。なかなか用件を言い出さないので、俺は周囲に目を凝らしたり、魔法の痕跡がないか調べ始めた。


そして微かに残るクライブの成分と匂いを嗅ぎ取った。


「たしか、クライブを助けてくれって頼んだよな。オマエ任せろって言わなかったか?」


キラキラした目を向けてくる若造が、申し訳なさそうにうつむく。これはいいぞ、期待などしていなかったが交渉が有利に進められそうだ。


「ごめん、間に合わなかった」


「やれやれ、期待した俺がバカだったよ。それでなんだ? なぜ俺を呼びだした。好きな女のパンティーでも欲しいのか?」


「頼み事があるんだ」


「だろうな、人間が俺を呼び出して頼みごとをしなかった事は一度も無い」


厳密にはあったかもしれないが、いまは覚えてないな。


いまや完全に主導権を握った俺に対して、若造は頼み事を言い出せないほどに恐縮していた。


退屈すぎるので聴力を上げて周囲を探る。


「ああ、もうじれったい」


「しっ、静かに。国光に任せると約束したでしょう」


部屋の外で男女の言い合う声が漏れ聞こえてきた。聞き覚えのあるような気もするが、遠すぎて判断できない。


俺はもう少し魔力を集めて聴力を上げたが、それはタイミングが悪かった。


「天国への扉を開けようとしているバカ親父を一緒に止めてほしいんだ!」


キーン


聴力を上げていた俺の耳に若造の大声が炸裂する。


「なぜ俺が協力しなきゃならない? 身内のいざこざなんだろ、自分でやれ」


俺は耳鳴りが治まるのを待って断った。


召喚された俺に断る権利は無いが、言うのはタダだ。


「アンタの協力が必要なんだ。俺だけじゃ手に余る。アンタにしか出来ない、アンタなら出来ると聞いた」


「誰に聞いたか知らないが、買いかぶりだ。俺じゃなくても適任者はいる。なんなら紹介しよう」


「ダメだもう我慢できない、ちょっと待ってて!」


「は?」


若造はそう言うと、あわてて部屋を出ていく。召喚中にその場を離れるなんて前代未聞だ。


俺は呆気にとられて間抜け面をさらして部屋に取り残されることとなった。

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