不調和
明星泰造
「全人類天国救済計画。すべてを仕組んだのは私だ。いまさら説明するのは面倒だからしないが、永倉の言ったとおり私が黒幕だ。そして計画は完了した。これからすべての死者は天国へ向かうだろう。私はディストピアが隠していた天国への道を示しただけだ。誰も止めることはできない」
疲れ切った声だった。溜息混じりの言葉が響き、天啓にふれるが如く威厳を感じさせた。
国光
「本間さん、何言ってるかわかります? 誰もやったことのない本当かどうかもわからないことに、たくさんの人を巻き込んで。自分の理想や目的を押しつけようとする最低のクソ親父ですよ。ぜんぜん理解できない」
国光が天啓を一蹴すると泰造は大きく息を吐いた。深い失望を含んだ長い呼吸。
本間
「本当に天国へ行けるんですか?」
救いを求める子羊となった本間が前のめりになって言った。
泰造
「行けなければ全人類が消滅するだけだ。それは神すら望まぬことだろう。そこまでの犠牲を神が容認するようなら、まあそれまでだったということだ」
国光
「勝手だな。いつだって勝手に何でも決めてきたもんな」
泰造
「独善的かも知れないが、これが人類にとって最善の選択だ」
国光
「母さんの見舞いにも来なかったもんな! 弁護士の仕事が忙しいだなんて、この嘘付きチキン野郎が!」
国光の目は失望と怒りで充血し、鬱憤を晴らすつもりか、唾をまき散らして罵った。
泰造
「相変わらずオマエは会話にならんな。キール、そっちにいるということはそういうことなんだろう? 説明してやれ。私は行く」
泰造は桐原の離反もすべて想定済みなのか、落ち着いた様子で言った。泰造が目を閉じると、速やかに魔力が集まっていき、風が巻き起こって姿を消した。
しばしの静寂の後、永倉の遺体が淡い輝きを放ち始めた。
国光
「死んじゃったんですか?」
遺体の傍らに寄り添って、誰に言うともなくつぶやいた。
桐原
「いや、この世界じゃ消滅することはあっても死は存在しない。身の丈以上の魔力を消費したせいで、力尽きただけだろう」
国光
「え!? じゃあ生きているんですか!?」
本間
「生きているって表現も違うかも知れないが、本人が望めばいつか戻ってくるはずだ」
桐原
「だが魂の離れた肉体は腐敗する。そうなったら手遅れだ。遺体に保護魔法をかけよう」
桐原と本間が、永倉の遺体に保護魔法をかけている光景をぼんやり眺めていると、国光は唐突な睡魔に襲われて立っていられなくなった。
そして夢を見た。
大勢の死者が天国へ向かって歩いていく夢だった。誰もが幸せに満ちた表情で、ひとかけらの不安もなく、真っ白な階段を進んでいく。
誰もが許され、誰もが受け入れられる世界。穏やかで満ち足りたユートピア。虹色の泡や霧となって天に召されていく人々。
場所は、最北端ドリーマーズファクトリーのさらに先。
『時は満ちた。集え! 解放者たち!』
国光が白昼夢のような世界から戻ってくると、同様に夢から覚めた桐原と本間が頭を振って目を開けるのが見えた。
本間
「見たか?」
国光
「見ました」
桐原
「ディストピアだけじゃない、かなり広い範囲に配信したはずだ。悪魔、囚人、俺たちの順番で夢を見せたとすると、すでに動いている者もいるだろうな。自らの意志で天国へ向かう者を止めることは難しい」
国光
「それでも止めないと!」
本間
「正直俺は、本当に天国に行けるなら行きたい。現実の世は苦労が多すぎる。幸せになりたくても簡単じゃあないのが現状だ」
国光
「俺は憂いや嘆きが無い人生が幸福だとは思いません。誰かに用意された幸福よりも、自分で見つけた幸福の方が価値があると思います」
本間
「桐原はどうだ?」
桐原
「俺は……わかりません……最初は、俺のせいで国光の母親の恵美子さんを死なせてしまったことがわかって、泰造さんに協力しようと思いました。生きている時間を少しでも多く一緒に過ごしたいっていう国光の気持ちもわかりますが、人間の一生は短い。せいぜい一世紀ほどです。けど、泰造さんは死後の永い時間を共に過ごすことを選んだ。そして天国に行ける可能性を見つけると全てをかけて計画を実行した。泰造さんは恵美子さんを本当に愛しているんだと思う」
国光
「だったらディストピアで暮らせばいいじゃないか!」
桐原
「このディストピアで泰造さんの代わりを務められる者はいない。恵美子さんをディストピアに来させても、同じように仕事が忙しくて一緒の時間は作れないかも知れない」
国光
「百歩譲って、あの嘘つきウジ虫チキン野郎が母さんを天国に行かせたことは良しとして、他の人が天国に行くためにはたくさんの犠牲が必要なんだろ? しかも犠牲を払ったところで、いるのかどうかもわからない神がそれを容認したら単純に無に還るだけ」
桐原
「そこだよ。どこにもなんの保証もないんだ。そもそも死後は無の世界だと考える者もいる。ただ存在が消えるだけ。このディストピア自体が異例の産物だとしたら……」
本間
「恐ろしいことだが、やってみないことには答えはわからない」
桐原
「俺たちがここで議論していても仕方ないか」
ニャー
部屋の入り口から猫の鳴き声がした。
国光
「ミシカ? なんでこんなところに」
ミシカ
「答えを知る者がいるって言ったらどうする?」
国光
「ミシカが喋った!?」
驚く国光を見て、ミシカは嬉しそうに笑った
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