黒幕

桐原は何もない空間から曲線なめらかな透明な椅子を魔力で創造し、どっかりと腰を下ろして降参したように言う。


桐原

「まったく参ったぜ。国光の言うとおりだ。確証なんてどこにも無い」


気付けば信念の宿った瞳から邪念のようなものが消えて、本来の穏やかな眼差しが戻っていた。


国光

「そうでしょう? もし嘘だったら無駄に罪無き人を苦しめることになる。あ、罪はあるのか。クソッ上手く出来ない!」


国光が桐原のマネをして空間捻出魔法を試してみるが、落とした粘土の塊にしか見えない『椅子?』が出現しただけだった。


本間

「おい、永倉さんがヤバいんだろ? 早いとこ行った方がいいんじゃないのか」


いつでも動けるよう身構えながら本間が言った。まだ警戒を緩めてはいない。


手分けしてコンシェルジュ専用通路を探し出し、移動速度を魔力で上げて永倉のもとへ向かう。


本間

「本当にもういいのか? 何か企んでいるんじゃないだろうな」


地下通路を抜けて、黒い岩壁の中にあるパンドラに到着すると本間が桐原に向かって構えた。


桐原は困ったような顔をして、穏やかに答える。


桐原

「急な心変わりで信じられないかもしれないが、不思議なことに計画を実行する気持ちは完全に消えた。国光、なにか俺にしたのか?」


国光

「え? 俺は何もしてないッスよ。ただ桐原さんは仲間だって信じているだけです」


本間

「良いレッテルを貼られた人間は、それに応えようとしてしまう。ピグマリオン効果っていうんだっけ、魔力でそれをやったのか」


国光

「ええっ!? 何も考えてないッスよ俺」


バチバチッ


その時、コンピューター端末が漏電したような、それか小虫が電熱の罠によって魂を解放されたような音が鳴り響いた。


上空にかかっていたドーム型の結界が消え去り、夜の学校のように静まりかえった建屋が黙祷しているかのようだった。


三人

「急ごう」


顔を見合わせて頷くと先を急いだ。


罪人の魂を収容する監獄は地下にあり、食事の必要もなければ睡眠も排泄も運動も必要ないので、魂の置き所があるだけだ。


地上部分には、それを管理するコンシェルジュ用の設備が揃っていて、食堂や休憩室はもちろんのこと、娯楽施設や温泉まで完備されていた。


労働を好んで行う死者は少ないため、働くものには相応の待遇も必要となる。


入り口から見えるカウンターの右奥にある部屋から明かりが見える。入るとそこは、壁一面にモニターが設置された制御室だった。


本間

「ああ……嘘だろ……なんてことだ」


室内には、ふたりの男がいた。


両方とも、国光の良く知る人物だった。


ひとりは永倉崇司。国光の面接担当官だった男だ。いまは身体中の魔力と水分が失われたように、干からびたミイラのようで、にわかに本当に永倉なのかどうか疑わしい。


そして死神のような黒いスーツに身を包んだ男がひとり。


国光の父親、明星泰造だった。


泰造

「間に合わなかった。私が来たときにはもう……」


状況的に、永倉をミイラにしたのは明星泰造かと思われたが、それを否定するかのように悲しい表情で寄り添うと、永倉の見開きくぼんだ瞼を閉じさせようと手をかざした。


永倉

「ダマ……されるナ! コイツが黒幕ダ!」


永倉はカッと口を開き絞り出すように叫び、動かなくなった。


桐原

「泰造さん! 俺……」


泰造

「シーッ! キール。何も言うな。今はな」


桐原が何かを言い掛けるのを泰造が制すと、国光を見据えた。


国光

「なんで親父がココにいるんだよ。母さんの見舞いにすらこなかったくせに。それにキールってなんだよ桐原さんとそんなに仲良かったのか?」


桐原をニックネームで呼んだことに違和感を覚えた国光がとげとげしく言う。


泰造

「キャンキャンわめくな鬱陶うっとうしい。本来の目的は、モノのように扱われているパンドラの罪人を解放する名目だったものをディストピア側の人間が罪人を移送することで阻止した。その時点で、計画は変更された。動かぬモノをゴミのように捨てることと意識ある人間を消滅させるのは意味合いが変わってくるからな。命を賭してまで結界を張る必要はなかったんだ」


本間

「明星泰造さん、あなたはディストピア法違反の罪で指名手配されています。こんなところで何を?」


泰造

「それでも私を捕らえる気はないのだろう? 本間くんも妻帯者だからな。君が私と同じ立場だったなら、同じことをしたはずだ」


本間

「愛する者を天国に行かせたい。誰もが思うところでしょう。ですが、それを実行できる者はいない」


本間からは泰造に対する敵意を感じない。同情か、それとも実力に差があり過ぎて諦めているのか。


国光

「永倉さんは、あんたが黒幕だって言ったぞ。それについてはどうなんだ!」


この場で敵意むき出しなのは国光だけだった。だがそれは単なる反抗期の子供のようで、悪党であってほしくないという懇願にも似た感情だった。


泰造

「まったく、出来の悪い息子だ。その質問に答えたところで真偽はわかるまい」


国光

「いいから答えろよ! ちゃんとあんたの口から聞きたいんだ!」


泰造

「ウソだとしてもか?」


国光

「俺の知っている親父なら、息子に嘘はつかない」


泰造

「やれやれ、誰に似たんだか」


ため息混じりに、でもどこか愛おしそうにつぶやくと、泰造は語り出した。

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