完全論破

囚人たちのいない方へ大きく迂回して、結界を通り抜ける。結界の内側はサウナのような蒸し暑さと息苦しさがあった。


無人島の砂浜のような地面には、頭蓋骨に良く似た白い石がたくさんあって歩きにくい。


荒れ狂いながら渦を巻く水域が目の前に広がっていて、向こう岸にジャングルが侵入を拒むように鎮座していた。


目的地であるパンドラは、ほとんど霞んで見えないが、黒塗りの高い岩壁に囲まれた向こう側で、天まで届きそうな虹色に輝く結界が弱々しく明滅していた。


国光

「先は長そうですね」


本間

「まともに向かったらな。近くにコンシェルジュ専用通路があるはずだ。まずはそれを探そう」


桐原

「国光じゃあないか、一緒にいるのは……本間さんか」


本間

「桐原、なんでおまえがこんなところに?」


本間の目に魔力が集まるのがわかった。目の前の桐原が本物かどうか確認しているのだ。


せっかく一緒に働くことになった桐原だが、国光がディストピア内で会うのは初めてのことだった。


桐原

「どうやら命を削って創造した結界みたいでね、どうにも破れないからコンシェルジュ専用通路を探しに来た所さ」


国光には桐原が言っていることが理解できず、首を傾げて本間を見たが、同様に疑問の表情が浮かんでいた。


桐原

「そうだ、手伝ってくれないか? このままじゃ永倉さんが死んでしまう」


本間

「ちょっと状況が見えないんだが、結界を張っているのは永倉さんなんだな? 何のために?」


桐原

「んー、俺の邪魔をするため? なんか勘違いしているみたいでね、俺は全人類のために正しい行いをしようとしているんだけど、なかなか理解が得られないんだ」


国光

「理解してもらう前に行動を起こそうとしているからじゃないですか? 急ぎなんですか?」


桐原

「ハハハ、その通りなんだ。もちろん急ぎだし、おそらく理解できないことだと思う」


桐原はとても悲しげに笑った。その瞳には決意による強い輝きがある。だがそれは苦しみを背負った影も同時に含んでいた。


国光

「俺たちは、悪魔にパンドラの防衛を頼まれてきたんです」


桐原

「悪魔に? それは興味深いな。詳しく聞かせてくれ」


本間

「結界を張っているのが永倉さんで、桐原の侵入を拒んでいる。つまりオマエは敵か?」


本間が警戒して身構えると、全身に魔力を巡らせた。何らかの武器を創造せず、身体能力を向上させたのは、同じ人間の仲間を傷つけずに捕らえたいという思いからだろう。


桐原

「それは本間さん次第でしょ? わかりやすく言うと、俺は全人類を天国へ行かせようと行動している。俺は人類の味方であり、ディストピアの敵だ」


国光

「全人類をって死者のことですよね? そんな事が可能なんですか? っていうか、ディストピアが無くなったら俺たち職を失うことになりますね」


国光は緊張感無く笑っていった。桐原は悪い人間ではないと信じている。


桐原

「確かにな、でも泰造さんを救うことが出来る」


国光

「父さん……? 父さんが何か関係してるんですか?」


桐原

「恵美子さんが死んだのは俺のせいなんだ国光。せっかく泰造さんが魔界の瘴気を吸わせないように恵美子さんから遠ざかっていたのに、俺が見舞いに行ったせいで発作を起こした。泰造さんは恵美子さんを天国行きにするため不正に手を染めた。俺が国光の家族を壊してしまったんだ。だから俺はディストピアを変える。全ての死者を天国に行けるようにして罪を償いたい。パンドラの罪人を生け贄に捧げて天国への扉を開く。悪意の塊である罪人の魂を使えばそれが可能になる。頼む国光、俺に協力してくれ、おまえとは争いたくない」


桐原が吐き出すように打ち明けると、国光は黙って考え込んだ。


本間

「罪人とはいえ同じ人間の魂を犠牲にするなんて、許されることじゃない! ディストピアを敵に回して出来るわけないじゃないか! やめるんだ桐原」


桐原

「俺は未来をこの目で見た。実現のためには邪魔者を排除することだ。もし国光が協力してくれないのなら、ここで始末するしかないんだ。協力すると言ってくれ国光!」


懇願して訴えるように言いながら、桐原は青白い刀身の日本刀を創造して構えた。身体中に魔力が満ちていて、空気がビリビリ震えていた。


血走った瞳は、目的のためなら手段を問わない決意が滲んでいる。本気で国光を殺すつもりがあるのかどうか、推し量るには桐原の背負っているものが大きすぎた。


だが、国光には恐怖は無かった。地獄では死の恐怖は無い。あるのは痛みへの恐怖だ。そして痛みに関して言えば、桐原が国光に痛い思いをさせるとは考えられなかった。


きっと痛みを感じる間もなく行動不能にされ、桐原の目的が達成されるまで魂だけの存在となり、魔界を漂うだけの意識となるのだと感じた。


ただ、国光にはどうしても聞きたいことがあった。


国光

「桐原さん、ひとつ聞いても良いですか?」


桐原

「なんだ?」


国光

「本当なんですか?」


桐原

「俺がディストピアに対して反乱を起こしていることか? 本当だ」


国光

「いや、そうじゃなくて。罪人の魂を犠牲にしたら全ての死者が天国に行けるってやつ」


桐原

「そうだ。俺がパンドラを狙ったのはそのためだ」


本間

「国光! おまえまさか桐原と一緒に反乱を起こす気か?」


国光の警戒心のない態度に、本間が疑いの目を向ける。


国光

「え? いや、反乱って言うか、全員天国に行けるならその方が良いんじゃないですか? でもそうじゃなくて、俺が聞きたいのは、それが本当に可能なのか証拠がないって話しです」


桐原

「証拠はある! 俺は未来を見たんだ!」


国光

「えーと、すいませんよくわからないんですが。未来を見たって何ですか?」


本間

「ああ、ディストピアには予知夢を研究している所があってだな」


国光

「え? 夢?」


桐原

「ゆ、夢だけじゃない! 長く魔界にいる悪魔も言っていた!」


国光

「……悪魔が言っていた」


桐原

「な、なにが言いたいんだ国光」


国光

「前例もなければ確証もない。夢や悪魔から聞いただけで、全て信じて他人の魂をどうにかするとか、桐原さんらしくないですよ。どうしちゃったんですか?」


桐原

「………………」


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