ビュッフェスタイル

『こちらスティーブン、現在クリサスはディストピア本部二階で交戦している。至急向かってくれ』


『おいおい、情報はそれだけか? 作戦もなくただ現場に急行したところで数分でやられるだけだぞ?』


『それでいい、君は言われたとおりにクリサスと対峙して時間を稼いでくれ。あとのことはこちらで何とかする』


なるほど、どうやら俺は捨て駒らしい。俺がクリサスとやりあっている間に、何らかの対策を講じるつもりのようだ。


このディストピアでは悪魔が人間に直接危害を加えることはできない。おそらくクリサスは傀儡くぐつの魔法で人間を操って侵攻しているのだろう。


意識を奪って操り人形の如く操作する。類い希なる戦闘能力に加え同士討ちさせることで単体で敵地に乗り込んで、多くの戦果を上げてきた殺戮マシーンだ。


俺がスティーブンなら、クリサスとオレを戦わせておいて、その間に現場ごと転移魔法で被害の少ない区域に移動させ、無限地獄の魔法で封じ込めるとか、そのあたりの手を打つだろう。


いかにも人間の作った緊急対策マニュアルに掲載されていそうな措置だ。問題を先送りにするのは得意なやつらだからな。


『ミシカは何してる?』


『今は別の任務に就いている。とても優秀で助かっているよ』


『あいつは人間と悪魔の共生に積極的だからな。実情が主従関係でも構わんようだ』


『何が不服なんだ。現状と大差ないだろう』


『そうかもな。誰だって何かに縛られて生きている。だが、それでも自由を求めることが生きるって事だ』


人気のない通りの先に、ディストピアの本部ビルがある。相変わらずてっぺんが見えないほど高い。


耳を澄ましてみたが、何の音も聞こえてこない。本部で起きている喧騒が住民に聞こえないよう、魔法による配慮がされているようだ。


左右に立ち並ぶ人間たちの居住施設は、壁の色こそ暖かみを感じる赤茶色だが、無機質でシステマチックに整列して、その目的を全うせんと佇む門番のようだった。


今の俺には、その門番でさえ突破できぬほどに弱っている。わかりやすく例えるなら、リモコンの電池が切れたけど、暖めたり冷やしたり振ったりしながら何とか使ってるみたいなものだ。


俺は陰気に垂れた長い髪をかきあげると、枝のように細い手足に魔力を補填して身体能力を向上させた。


生気のない肌に赤みが差し、恨めしそうな目の下のクマが消えてまともな見た目を取り戻す。


右手を掲げて頭上の雷雲を集めると、球体の器に閉じ込めて囚人服のポケットにしまった。


一度きりだが圧縮した雷撃を放つことが出来る奥の手だ。クリサスを倒すことは出来ないだろうが、怯ませることくらいは出来るはずだ。


他に持ち札はふたつ。来る途中で手に入れた囚人が二人だ。クリサスには無い俺の特技として、変身した者のポテンシャルを流用することが出来る。


今の姿は、三人の中で魔力を集める速度が早いのが特徴で、残りの二人は魔力による創造速度に優れたヤツと、肉体強化値の高い男だ。


たったこれだけ。俺は先行きに不安を感じながらも、ディストピア本部内に足を踏み入れた。


破壊されたガラス扉をくぐり抜けると、けたたましいアラート音が鳴り響いていた。書類や情報端末の残骸が散らばっていて、ソファーやテーブルはひっくり返されている。


「そうとう派手にやってるらしいな」


壁には人か魔法がぶつかったらしく、あちこちヘコんでいて、クリサスが暴れた爪痕が色濃く見えた。


気がかりは、二階へと続く通路とは関係ない扉が開いていることだ。


「進行方向とは関係無い別の扉が破壊されている。妙だな……」


ID認証の端末が破壊され、分厚い両開きの扉がひしゃげていた。偶然魔法がぶつかったとは思えぬほど綺麗な通り道が出来ている。


不自然に壊された扉の方に向かう俺の目に、さらなる興味深い文字が飛び込んできた。


「従業員食堂……だと?」


途端に腹が鳴り、ヨダレがわいてくる。


クリサスの進行方向とも不自然な破壊による通路とも関係がなさそうな、被害の無さ過ぎる食堂方面。


「いや逆に怪しいに決まっている! 俺の第六感が怪しいと決めた!」


念には念を入れて調査が必要だ。間違いない。


俺は魔力の消費を押さえるのも忘れて食堂内に飛び込んだ。


様々な食材が淫らに乱れまくる光景は俺から理性を脱ぎ去り、ただの獣の本能を呼び覚ますに容易だった。


まずミルクを三リットルほど飲み干し、生野菜を十キロほどかっこむ。牛、豚、鳥はもちろんの事、ヤギや羊、クマなどのあらゆる肉を魔力の炎でこんがり焼き上げて、片っ端から胃袋に納める。


気がつくと俺はすっかり体型が変わって動けなくなっていた。


『気が済んだかティムエル・ヒューイット。誇り高き悪魔よ』


スティーブンから皮肉たっぷりな通信が入る。見られていることは知っていた。そしてクリサスがいるから俺を止めにくる事が出来ないことも計算ずくだ。


『ああ、毒味は完了した。ここは異常無しだ』


俺は床に寝ころびながら、部屋の隅にある監視カメラにウインクを送った。


『あえて、黙っておいてやったんだ。わかっているな? 相応の働きはしてもらうぞ』


『任せておけ』


根本的な魔力差はあれど、消化してエネルギーへの変換が済めば、クリサスとも対峙できるだろう。


『期待しておけ、満腹の俺は良い仕事をする』


『そう願うよ』

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