任務

人の姿をした悪魔に遭遇する少し前、本間と一緒に持ち場であった駐車場を離れ、コンサート会場に立ち寄った。


連絡通路の警備を担当しているのは、ゴッピの所属するチームBだ。


ゴッピ

「国光、何してるんだ? こんなところで」


連絡通路に足を踏み入れると、即座にゴッピが飛んできた。国光が事情を説明するとゴッピは「いいね、国光らしいじゃん」と言い上司を説得し、駐車場警備のフォローをしてくれる手筈となった。


本間

「ライバルであるチームの垣根を簡単に越えるんだなお前は」


国光

「最初のメンバーが各チームに散っていてくれたんで助かりました。頼りになる仲間なんですよ」


本間

「普通は自分より上のランクである人間を動かそうとは思わないし、若い奴は特に自分を大きく見せたがるもんだろ? 弱味や貸しを作りたくない奴の方が多いと思うけどな」


国光

「俺は魔力が上手く使えないんで、使える人に頼るしかないんですよ。これだって本間さんが行くって言うからじっとしていられなくて着いて来ちゃっただけで、どうしたらいいか全然わかんないんすよ」


本間

「素直で正直だな」


国光

「なんすか、ベタほめッスね」


本間

「ココから先は何が起こるかわからないぞ? 足を引っ張るなよ」


国光

「それは約束できないっすね」


本間が困ったような顔でため息を吐くが、口元には穏やかな笑みが広がっていた。


本間

「このへんか?」


立体駐車場で聞こえた悲鳴の発信地に到着すると本間が言った。


国光

「た、たぶんそうッスね」


本間

「まったく信憑性がないなあ。雷雲もないし、異常も見当たらない」


そこは乾いて隆起した岩肌だらけの場所で、およそ人の住むような土地には見えなかった。


国光

「あそこ! 誰か倒れてます!」


岩陰に人間の足が見えた。近付いてみるとぐったりした男が意識障害を起こしているようでうわごとのように『やられた、油断した』とつぶやいている。


数メートル離れた場所に少し潰れた左足が無造作に転がっていた。ここが現場であることは間違いなかった。


本間

「雷が直撃したらしいな、服の下にアザが残ってる。服装から察するにパンドラの囚人だ。この剣を振りかざしたところに落雷が当たったんだろう」


国光

「当たったんじゃなくて当てたんじゃないですかね、こっちに誰かの左足が落ちてます。こいつが犯人かも」


本間は囚人に両手を向けると、魔力を操作して岩製の牢獄を創造した。囚人の背後に空洞を掘って、縦横に格子が設置してある。


普通の人間相手ならば、無骨なデザインながら機能性は十分と言えた。


国光

「さすがッスね、これ鉄ッスか?」


格子に手をかけながら国光が言った。


本間

「いや、地獄に鉄鉱石は無いから鉄の生成は無理だよ。それは鉄に見える岩かな。それより助けを呼んでたのはこの囚人か?」


国光

「落雷でノドがやられちゃっているんじゃなきゃ、別の声だった気がします」


本間

「現場の状況から推察するに、この囚人がそっちの足の持ち主を襲って、身を守るために落雷を当てたってところかな。片足なら、まだ近くにいるはずだ」


国光

「探しましょう。ニオイで追跡できるかも……くっせーーー!!」


この世のものとは思えないほど強烈な悪臭が鼻を襲い、国光は地面を転がり回った。


追跡を再開して間もなく、ひとりの男にたどり着いた。


本間

「あいつじゃないか? 足はあるが、落ちてた足と同じニオイだぞ」


国光の鼻は至近距離で刺激臭を嗅いだ影響が色濃く、ニオイでの判別は不可能だったが、淡く光を放つ赤みを帯びた角と、すべてを飲み込む夜の海と同じ色をした翼が生えた悪魔が、そこにいた。


マンガやゲームの中で見たような、スミレ色の肌をした悪魔に相対し、国光は有名人に会ったときのような高揚感を味わっていた。


国充

「悪魔だ。初めて見ました」


本間

「悪魔? 悪魔がこの人に化けてるってことか?」


本間の問いに無言で頷き、そのスミレ色の肌に触れてみたい気持ちと、見ず知らずの人に急に触られたら怒るだろうなという思いの狭間で葛藤していた。


悪魔

「俺が悪魔だって? 創造で物事を判断してるんじゃないのか? 見るべきでないものまで見ようと目を凝らしすぎると、本当に大切な事まで見落としちまうぞ」


悪魔が小難しいことを言い出したが、記憶の中の助けを求めていた声と一致するか確認することに集中していて、よく聞いてなかった。


国光

「助けが必要なんだろ? 何があったんだ?」


同じ声だと確信した国光が問うと、悪魔は目の前の囚人収容施設であるパンドラの防衛を頼んできた。


ディストピア本部が諦めたパンドラを守りきれば、本間の処分も軽くなるかもしれない。それとも勝手なことをしたとして逆効果だろうか。


国光

「わかった。任せろ」


気付けば国光は快諾していた。自信も根拠もないが、やるべき事が明確なのはありがたかった。


本間

「いいのか? 安請け合いして」


国光

「やれるだけのことをやるだけです。ダメだったときのことは、その時になってから考えるタイプなんで」


本間

「まあ、乗りかかった船だ。まずは結界の中に入ろう。俺たちは囚人じゃあないから通り抜けられるはずだ。見られないように場所を移動しよう」


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