ネバーギブアップ


スティーブンの指示に従って、パンドラの防衛を諦め、ディストピア本部の応援に行かなければ、ミシカの安全は保証しないらしい。それはクライブを見捨てることを意味する。


そう言われたからといって、ハイそうですかと素直に従うなんて、まっぴらごめんだ。悪魔ってのは天の邪鬼甚だしい生き物だからな。


本部の応援には向かうさ。クリサス撃破に協力はしよう。ただ、今の魔力じゃ数秒で塵にされるだろう。だからまずは、ミシカを救出するしかない。あいつもさっさと逃げればいいのに何をモタモタしていやがるんだか。


俺は、あまり長くは持ちそうにないパンドラの結界を尻目にディストピア本部へ向かおうと足に魔力を込める。


「あいつじゃないか? 足はあるが、落ちてた足と同じニオイだぞ」


俺が移動しようとすると、そう言って二人の人間が近付いてきた。片方はでっかいマッチ棒みたいなやつで、もう片方は、どこかで見覚えがあったが思い出せない。


その澄んだ瞳には敵意が無く、疑いや恐れ、偏見を感じない不思議な若者だった。


「俺に何か用があるみたいだな。けど悪いがディストピア本部の救援に行かなくちゃならないんだ。どいてくれるか?」


囚人服ではないとこを見ると、ディストピア側の人間だろう。何の用か知らんが俺にはあまり時間がない。


おおかた、落雷で吹っ飛ばした囚人がディストピア警備の人間に泣きついたとか、そのあたりだろう。


「悪魔だ。初めて見ました」


妙な目をした若者が言った。どうやら俺の変身を見抜いているようだ。だとすれば、深紅の角に藍色の翼が生えた紫の肉体が見えたはずだ。


「悪魔? 悪魔がこの人に化けてるってことか?」


でっかいマッチ棒が眉間にしわを寄せて魔力

を込めた眼差しを向けてくる。


「俺が悪魔だって? 創造で物事を判断してるんじゃないのか? 見るべきでないものまで見ようと目を凝らしすぎると、本当に大切な事まで見落としちまうぞ」


本質的な忠告をしてやったが、首をひねった困惑顔が返って来やがった。まあ、この人間には早すぎるか。


「助けが必要なんだろ? 何があったんだ?」


若者が進み出て言った。氷岩で左足を潰された時のことを言っているのだろう、不思議な目をした若者は悪魔の俺を助けようとしているようだ。


助けが必要には見えなかったはずだがな。いや、見た目こそ細くて弱々しくはあるか。本心か、それとも見返りを期待しているのか。


「俺が悪魔に見えてるんだろ? 悪魔を助けようってのか? 物好きな奴だな。気持ちはありがたいがアンタらじゃ役不足だ」


「目の前で困ってる奴がいたら助けるのは当然だろ、それにやってみなきゃわからないじゃないか」


若者が反論してきた。考え方は青臭いが、やってみなきゃわからないってのは確かにそうだな。


せっかく協力を申し出てくれているんだ。利用させてもらうか。


「パンドラの囚人移送中に、魔法の使い方に目覚めた囚人が暴れ出して収拾がつかなくなってる。いまはまだ結界で進入を防いでいるが、時間の問題だろう。おそらく中でクライブという男が事件の首謀者と対峙しているはずだ。パンドラが占拠されれば、敵はディストピアに侵攻する絶好の拠点を得ることになる。ディストピア本部はパンドラを放棄するつもりのようだが、防げるものならやってみたらいい。とにかく俺には時間がない、せいぜい頑張るんだな」


俺は状況の説明だけ手短かにすると、改めて足に魔力を集めた。


「わかった。任せろ」


「任せろだって? どこからその自信が生まれてくるんだか、溢れる魔力が並じゃないのはわかるが、コントロールできずに放出し続けているじゃないか! もったいない少しよこせ」


「ちょっと何言ってるかわかんないんだけど」


「やれやれ、おまえは生まれたての赤ん坊かよ、魔力ってのは内にあるものをただ出せばいいってもんじゃないんだ。しっかり肉体の器にしまって、放出量をコントロールするもんなんだよ、そんなことも知らないのか」


まったく、こんなド素人に頼むなんて、俺はどうかしていたのかもしれない。ただ、俺の言葉にポカンとした間抜け面を晒していた若者は、どこか何とかしてくれそうな、不思議と期待を預けてしまいそうな男だった。


「おい待て、おまえは敵なのか? 味方なのか?」


でっかいマッチ棒が聞いてきたが、俺は鼻で笑って返事をすると飛び立った。


なぜかって? 意味のない質問だったからだ。ここで味方だの敵だの答えたところで何も変わらない。俺は俺の味方であって、どちらでもない。それは全ての生物にいえることで、本当に信じられる味方なんて自分だけだろ。


ディストピア本部に近付くと、霧が濃くなった。まるで雨上がりみたいに湿気で地面が塗れていて、空気がひんやりしている。おそらくクリサスの仕業だろう。


歩道は赤い煉瓦が敷き詰められていて街灯が寂しげな光を放っている。人影はなく、千億近い人間の居住エリアは静まりかえっていた。


目的地までは魔法で移動するから、人間がこの道を歩くことは無い。それでも街灯や路面が整備されているのは、何のためだ?


人間には理屈では説明できない行動がある。それはきっとこれからも、俺には到底理解出来ない謎なのだろう。


あの不思議な若造ならなんて言うかな?


「綺麗な方が気持ちが良いじゃないか」


そんなようなことを言いそうな男だった。確かに、これから死地に向かう俺としては、静かで綺麗なのは心地良い。


俺はこめかみに貼ってある通信装置を使って連絡した。


『こちらティミー。本部付近に到着した。クリサスの位置を教えてくれ』

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