団体行動

深澤が魔力を集中して視力を上げる。コンサート会場よりはるか彼方、確かに雷雲はあった。


深澤

「ずいぶん目が良いのね」


国光

「ね、なんか嫌な感じでしょ?」


深澤

「こことは関係ないと思うけど……念の為報告しといた方がいいかもね、お手柄かもよ?」


深澤が上の階を指さして促す。直接言ってきたらという意味ではない。魔力を使って伝えたらどうかという意味である。


国光

「あー、自分苦手なんでお願いしてもいいですか?」


深澤

「アハハ、ごめんごめん、苦手なの知ってた。ちょっとイジワルしただけ。目は良いのにねー?」


深澤は無邪気に笑ってからかうように言った。兄弟に接するような親しみがある。


空間を認識して相手の位置を特定する。空気を振動させて音をコントロール。離れた相手と連絡を取るのは、生きている世界の方が簡単だ。


魔力を自由自在に扱えたなら、別の方法だってあるかもしれない。いまの国光には考えも及ばないことだった。


本間

「聞こえたよ。あれはまあ、問題ないだろ」


気付くと屋上にいたはずの本間が後ろにいた。聴力をコントロールして駐車場の些細な異音すら逃すまいとしていたのだろう。


ディストピアでの無駄口や陰口には細心の注意が必要だ。その気になれば、心の声すら聞き取ることが出来る。


長くディストピアにいる者は、そういったことへの防御法を学ばねばならない。


国光

「悲鳴だ……」


本間

「え?」


国光

「悲鳴が聞こえました。痛そうな男の声。誰か助けてくれーって」


本間

「深澤さん聞こえた?」


深澤

「いえ、あっちには注意を向けていなかったので」


本間は目を閉じて耳の後ろに手をやると、魔力を耳に集中させた。深澤もそれに倣う。


本間

「本当に聞こえたのか? かなり距離があるぞ? 気のせいとかじゃ」


国光

「そう言われると自信ないですけど……」


深澤

「念の為、上に報告しておいた方が良いのでは?」


本間

「担当外の区域だからなあ、上はそういうのうるさいんだよ」


本間が困ったように言った。上司の顔色を見て仕事を判断するのは違う気がして、国光は口を尖らせた。


国光

「もしも、助けを求めてる人が大切な人だったら、後悔しませんか? 会社の事情とかは分からないんで何とも言えないですけど、目の前に助けられる人がいるなら、俺は助けたいです」


本間

「いればな。本当に助けを求めてる人が」


深澤

「国光くん、気持ちは分かるけど手に余ることだってあるわ。ただ出来ることがあるのに何もしないのは、あたしも嫌い。本間さん、報告だけでもいれておくべきですよ」


本間

「そう……だな。本部、本部応答願います」


二対一となって、形勢不利と感じた本間が頭を掻きながら折れると、本部に連絡を入れた。


スティーブン

「こちら本部、どうした?」


本間は声を聞いて相手が誰だかわかったのか、苦虫を噛み潰したような顔をする。通信相手の声は落ち着いていたが、騒々しいアラート音が漏れ聞こえ、たくさんの人が慌ただしく動き回っているようだった。


本間

「コンサート会場横立体駐車場担当の本間です。パンドラ方面に怪しい雷雲と、悲鳴が聞こえたと報告があり、念の為お知らせしておこうと思いまして」


スティーブン

「……確認だが、警備の担当範囲はどこだって言った?」


本間

「立体駐車場です」


スティーブン

「なるほど、で、異変を感じたのはどこだと?」


本間

「……パンドラ方面です」


スティーブン

「そうか。ごくろう。本間くんだったかな」


本間

「はい」


スティーブン

「確認はまだしていないんだね? 我々が救援を向かわせた結果、助けを求めている者がいない可能性があるということで間違いないかな?」


本間がうんざりして天を仰いだ。上司の反応に苛立っているのが肌に伝わってくる。


本間

「は、はい、間違いありません……確認のために持ち場を離れるわけにはいかないと判断し、真っ先に報告したまでで」


スティーブン

「うん、うん。いいんだ。我々は忙しいが、そんなことで腹を立てたりはしない。そこで真面目に働き報告してくれた君に褒美をやろうとおもう」


『褒美』という聞こえの良い言葉を使っているが、決して喜ばしい結果が訪れないことがハッキリわかった。


本間

「スティーブンさん待ってください、話を聞いてください」


スティーブン

「話は以上だ。詳細は書面で」


本間

「スティーブンさん!」


通信が途絶え、静寂が訪れる。


深澤

「すみません。余計なことでした」


信じられないといった表情で、深澤が言った。期待していた対応ではなかった事に、怒りよりも落胆の色が強いように見える。


国光

「すみません俺のせいで」


本間

「いいんだ。気にしないでくれ。間違ったことはしていない」


本間は笑って言ったが、納得していないことは明らかだ。


担当区域を離れて雷雲と悲鳴の調査を先にしていたとしても、結果は変わらなかったかもしれない。


スティーブンの態度は、嫌がらせとしか思えないものだった。


国光

「本間さん、現場を調べに行きましょう」


本間

「あの本部の様子だと、おそらく俺は担当を外される。嫌われているからな。俺がこれから何をしようと、上の決定は変わらない」


国光

「だったらなおさら行きましょうよ。上の評価がどうより、助けを求めている人がいるかどうかのほうが重要です」


自分のせいで本間が危うい状況になった責任を感じて、国光は何とか状況を打開したかった。そのためには動くことだ。じっとしていても何も始まらない。


本間

「そんな事言ったって、ここの警備はどうする。担当区域を離れるわけには行かない」


国光

「俺に考えがあります」


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