パンドラ

俺の頭上にある水分が急激に冷却されて、いくつもの氷の固まりが出現すると、落下してきた。


俺は即座に落下地点を計測すると、致命傷にならず、かつハリボテみたいになってる頭部がヘコまないようにかばいながら、ダメージを最小限に食い止め、左足を1本犠牲にした。


「ギャアアアアアアア!」


俺は大げさに叫び声をあげながら、潰された左足を引きずりながら逃げるように後ずさった。


「下手な演技するなよ悪魔」


これは手厳しいな。はてさて演技が下手なだけか、魔力の目で見抜いたのか、変身するところを見られたのか。


「急に何をするんだ、ヒドいじゃないか! だ、誰かいないか!? 誰か助けてくれ!」


あくまでもかよわい格下を演じるのを俺はやめない。人は相手が格下だと油断する生き物だ。


「悪魔にも痛みがあるのか?」


「なんだよ悪魔って! こんなことをするなんて……この悪魔め!」


俺は言ってやった。悪魔に悪魔と呼ばれるのは面白いだろう?


初対面の相手に氷の固まりを降らせて足を潰すなんて、悪魔よりタチが悪い。


「悪魔じゃないのか? まあ、どっちでもいいけど。少なくともアンタ人間のニオイはしてないぜ」


なるほどニオイか。魔力による嗅覚上昇で人外の者と判断したわけか。犬みたいなやつだ。


俺はヤツに気づかれないように注意して、ヤツの後方に音もなく雷雲を発生させる。


「ご忠告どうも、それにしたってヒドい仕打ちじゃないか?」


奴が近づいてくるので、俺は手を伸ばして身を守るためのナイフを出現させて構えた。


ディストピア内で人間に直接斬りかかることはできないが、そのことは知らないはずだし、牽制くらいにはなる。


「へぇ、そんなことも出来るのか」


ヤツは俺の動きをトレースするように手を伸ばすと、大きな剣を出現させて自分の創造した剣の出来の良さに酔いしれた。


「ニオイを忠告してくれた礼に教えてやろう。雷は高いところに落ちる。そんなふうに金属を振りかざすのは自殺行為だ」


目が眩むほどの閃光が瞬き、稲妻がヤツの身体を貫いた。数メートルほど吹っ飛ばされていくヤツの姿を見送ると、俺は大気中の水分を集めてヴェールのような膜で電流の通り道を作って感電を防いだ。


これでしばらく邪魔されずに済むだろう。俺は潰れた左足を切り離して新たな足を創造するとパンドラへ向かった。今の俺にパンドラ襲撃を阻止する魔力は無いが、囚人に紛れて情報を集めれば、仕返しの活路が見いだせるはずだ。


クライブの安否はどうでもいいが、見かけたら助けてやらんでもない。ドリーマーズファクトリーで見た予知夢が正しければ、キールの右腕であるクリサスはいないはずだ。


あいつは俺の変身を容易に見抜くだろうからな。いつ襲われても対処できるように、雷雲も連れて行こう。俺の仕業だとは気付くまい。



パンドラに近付くと、多くの人間がドーム型の結界に進入を拒まれて立ち往生していた。


この結界を通って、荒れ狂いながら渦を巻く水域を渡り、多くの魔法生物が住む樹海を抜ければ、黒塗りの高い岩壁に囲まれたパンドラにたどり着く。


そこは旧地獄。元々の地獄があった場所だ。囚人たちはそこで想像通りの地獄の生活をする。なんの疑いもなく終わる事なき償いを続ける。


ここで立ち往生しているって事は、キールの挟み撃ち作戦は難航しているって意味だろう。


今頃キールは孤軍奮闘中かもしれないな。


『ティミー、聞こえる? 聞こえたら返事して』


ミシカの声だ。俺は周囲を見回したが姿は見えない。魔力で周囲を探知しても気配は見つからない。返事しろったってどうやって。


『よかった。聞こえてるみたいね』


向こうは俺の周囲を探す姿が見えているのかミシカが言った。


『そっちに便利な道具を送るから受け取って』


言うが早いか目の前の空間に、円形の透明なシールが創造される。どうやら向こうには優秀な魔法使いがいるらしい。


便利な発明をさせたら人間の右にでる者はいないな。


『こめかみに貼って』


言われたとおりにすると、皮膚に魔力の波動が広がった。おそらく体内に流れる生体電気の信号を変換して情報をやりとりする代物だろう。


『これで連絡が取れるわね』


ミシカの嬉しそうな声が響き、続いて男の声がした。


『君がティミーか。私はスティーブン。それは君の神経にアクセスして交信を可能にした魔道具だ。まだ開発途中だが、きっと役に立つと思う。仕組みはー』


『御託はいい。要件を言え』


頭の中で念じた言葉が変換器を通って相手に送られるのを感じる。確かに便利な道具だ。


『そうか、我々は君の協力を感謝している。ミシカは我々が保護している。安心してくれ』


『別に協力するつもりはない。俺は俺のやりたいようにやる』


『ティミー、いちいちつっかからないで!』


ミシカの怒鳴り声が響いて頭がキンキンした。不本意だがおとなしくしておこう。


『こちらはディストピア本部。現在悪魔クリサスの攻撃を受けている。そちらへの増援は無いと思ってくれ』


『なるほど、それで?』


『我々は、先にクリサスを封じる決断に至った。可能ならばこちらに急行してもらいたい。君なら囚人たちを騙して本部の方へ誘導することも出来るんじゃないか?』


『パンドラはどうするんだ?』


『パンドラの陥落は防げない。我々はより良い未来のために決断せねばならない』


『パンドラの結界が生きてるって事は、それを守ってる誰かがいるんだろう? それを見捨てるって言うのか?』


『物事には優先順位がある。安全は何よりも最優先される。まずはクリサスの撃破だ』


さすが人間様だ。俺はようやくクライブの行動が理解できた。今頃、結界を制御する装置の前で孤軍奮闘中かもしれないな。


気に入らねえ。


『わかった。クリサスの応援に行けばいいんだな。俺はキール側の船に乗るぞ』


『ティミー冗談でしょ!?』


頭がキンキンする。


『俺は俺のやりたいようにやる』


『わかってらっしゃらないようだから言っておくが。ミシカは我々が保護している。わかるな?』


逆らえばミシカの安全は保証しないって意味だろう。今はまだディストピアの連中に従うほか無いようだ。


今はまだ。

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