嵐の前の静けさ

チームリーダーであり正社員の本間が、今回の警備について説明を始めようと、細長い手指で準備をしている。


緑色の小さな丸いマグネットをつまんでいる姿は、巨人が小人を捕まえたかのように見える。細長いのは手指だけではなく、顔も身体も余すとこなくすべてで、陰では『巨大なマッチ棒』と呼ばれていた。


本間

「今回、俺たちが担当するのはキングオブダンスとして名高いモーガン・ジェフリーのライブコンサートだ。会場内の警備はチームAが担当する。チームBは各連絡通路、チームCが控え室やレストルーム担当だ。俺たちチームDが警備するのはココだ!」


本間がホワイトボードに貼られた地図にあるコンサート会場横の立体駐車場を指し示した。


ディストピアで生活する死者たちにおいては、自動車よりも便利な移動手段があるため、駐車場を利用するケースは少ない。


それでも駐車場が存在するのは、趣味として自動車を好む人間や、生前に思いを馳せる人間が少なからずいるからだ。


国光

「平松くん、残念だけどコンサートは観れそうにないね」


平松

「本音を言えば観たい気持ちもありますけど、それよりもライブコンサートを成功させる事の方が大切ですから」


国光は、退屈な仕事になりそうだと思ったが、平松のやる気は衰えはしなかった。


本間

「立体駐車場は4階建てだ。俺を含めて20人いるから、4チームに分かれて行動しよう。どんな些細なことでも何か異変を感じたら報告し合うこと」


そう言って本間は、チーム分けされたリストをみんなに配った。


本間のチームが屋上、3階を国光のチーム。

2階が平松たちで、残りが1階。


5名ずつが、それぞれの階で警備を担当することになった。


本間

「何か質問はあるか?」


深澤

「このリストにある星のマークはなんですか? あたしの名前のところにも付いてるんですけど」


本間

「団体行動だからな、それそれがバラバラに勝手なことをしたら統制がとれない。何かあったときは星マークの人間の指示に従ってくれ」


国光のいる3階チームは、深澤という女性に星マークが付いていた。


深澤は大柄で国光より背が高く、ちょっとしたことでは動じず、ハッキリと物事を言う女性だった。


魔力のコントロールも、チームDの中では優秀な方で、納得の采配である。


平松

「俺の名前にも付いてるんですけど、俺でいいんですか?」


本間

「キングオブダンスのこと尊敬してるんだろ? しっかり頼むぞ」


平松

「は、はい!」


本間

「もし判断に困るよう時は……佐伯さん、サポートお願いします」


佐伯

「わかりました」


入社時期が同じなので、年齢的に責任あるポジションには選ばれることの無かった平松だが、今回はやる気を買われたようだ。


最年少とはいえ魔力による肉体操作は得意だし、飲み込みも早いので問題はないだろう。サポートを頼まれた佐伯さんは、出世欲のないタイプだが、与えられた仕事はそつなくこなすタイプで、真面目で信頼できる人物だ。


本間

「よし、じゃあ準備はいいか? 出発!」


全員の準備が整うと、本間の合図で魔力をコントロールし、現場まで急行する。全身の細胞の働きを活性化させて、瞬間的に移動する基本的な魔法だ。


立体駐車場には、まだ客は来ていない。国光は3階に移動すると、早速魔力を集中して周囲の状況を確認した。


魔力で五感を刺激して、通常の人間よりも鋭敏な感覚を発揮させ、周囲に違和感がないか調べていく。


国光

「ん?」


ふと本間の気配を感じた。警備範囲を割り振ったとはいえ、任せきりには出来ないのがチームリーダーである責任だろう、担当外の範囲も警戒を怠らない。


国光

「深澤さん、異常なさそうですね」


深澤

「そうね」


深澤が同意して、本間に異常なしと信号を送った。爆発物、不審者、悪魔などが主だが、はっきりしたものだけではなく、違和感や嫌な予感なども報告対象になる。


客が来るまでの間は、特にする事もないので、国光はライブコンサート会場の方に視線を向けた。


国光

「これからライブコンサートだなんて、思えないほど静かですね」


国光が近くに巡回してきた深澤に気づいて声をかけた。深澤はさらに距離を詰めると、小声で囁くように言う。


深澤

「おかしいと思わない? こんな本格的な警備、今までやらせてもらえなかったじゃない」


国光

「確かにそうですね、急に新人を現場に投入した感じはありますね。でもまあ、いつまでも研修みたいなことじゃ退屈だし良いんじゃないですか?」


深澤

「なんだか、裏で大きな事件でも起きてて、人手が足りないから駆り出されたようなきがするのよね」


国光

「違和感ですか……? 本間さんに報告してみては?」


深澤

「警備に関する違和感じゃなくて会社に対する違和感だもの、言ってもしょうがないわ。忘れて」


国光

「そういうもんですか? 俺は楽しければそれでいいんですけどね」


深澤

「気楽で良いわね」


子供扱いされたような気がする国光だったが、深澤さんが笑ってリラックスしてくれたならそれでもいいかと笑顔を返した。


国光

「根拠なんてないんですけど、この駐車場では何事も起こらない気がするんです」


深澤

「なにそれ、勘?」


国光

「うーん、うまく言えないんですけど、空気がよどんでないっていうか……ライブ会場の向こうに雨でも来そうな雲が見えるじゃないですか? 俺はよっぽどそっちの方が嫌な予感するって言うか」


深澤

「あはは……雨の気配感じてどうすんのよ、まじめにやってよねー……ん? 雨雲なんて見えないけど?」


国光

「え? アレですよ。おっきな黒い雲」



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