初級編
勤務時間は、10時30分から18時30分。
ゴッピと一緒に通勤し、ロッカーで着替えをすませると、それぞれのクラスに別れる。
午前中は座学で、主に基礎的なことを学ぶ。
100人いた救世主候補は、88人に減っていた。脱落した12人は、魔法で記憶を操作され、通常の業務チームに異動したり辞めたりしていた。
座学が終わって30分間の昼休みになると、従業員食堂でゴッピと合流して昼食を取る。簡単な炒め物にお新香と味噌汁がついて280円、ご飯の大盛は無料だ。おかずの味と量は少し物足りないが、早くて安いので利用者は多い。
ゴッピ
「うちのチーム、またひとり辞めたよ。永倉さんは、俺たちがこの仕事やるかどうか決める時、なんで情報出し惜しみしたんだろうな」
国光
「じゃあいまチームBは23人ってことか。結局記憶を操作するんなら最初から全部説明したっていいのにな。俺のチームDはもう6人いなくなって19人しかいないよ。なんか学校にでも通っているみたいで、仕事って感じもしないしな」
組み分け試験で一緒だった鈴音のことは何度か見かけたが、チームCの仲間と親しげに話していたので、あれいらい交流はなかった。太陽と大地に至ってはチームAともなると忙しいのか、見かけることすらなかった。
午後になると、ディストピア各地を回って異常がないか巡回する。些細なことでも気付けば上司に報告することになってはいるが、国光のいるチームDは危険の少ない区域が担当なので、平和で何事もない日々が続いていた。
ゴッピ
「面接とか組み分け試験とか、ずっと刺激的だったからギャップが大きいよな」
国光
「確かに退屈だよ。さすがにチームAは何度か悪魔と対峙したりしたらしいけどな。うちのチームじゃ安全らくちんで給料が貰えるって喜んでるやつもいる」
ゴッピ
「今度、緊急時を想定した模擬テストがあるだろ? そこでまたチームの再編成があるらしいぞ」
国光
「モチベーションを保つ為の昇級テストだろ? うちのチームはやる気ゼロだよ。諦めムードっていうか、むしろこのままの方が変な責任背負わなくていいってやつらの集まりだ」
ゴッピ
「じゃあライバルはいないってことだ。国光が頑張れば同じチームになれるかもな」
期待され、能力が優秀だと認められることは誰だって嬉しい。現にチームAの者たちは誰も辞めていない。チームBは頑張れば手が届くところにそのポジションがある。
逆に落ちこぼれと認定された者たちは、誰かの役に立てているという実感もなく、向上心を見せようものなら、自分たちとは違う空気の読めない異端者として扱われてしまう。
国光は死者たちの為にディストピアを守りたいという使命感はなく、救世主になりたいというわけでもない。ただ安定した企業に就職したかっただけ。まして魔力のコントロールもヘタクソで、ゴッピと同じチームで働きたいという気持ちはあるが、いまいち前向きに考えることが出来なかった。
平松伸隆
「あ、国光さん。今日やべぇッスよ」
同じチームDの
国光
「やばいって何が?」
前室と呼ばれている巡回地に赴く前の待機室は、夢の国とは思えないほどの普通の控え室で、魔法が存在する非現実的な世界で超現実的な光景を見せられ、いっそう気分が盛り下がる。
平松伸隆
「俺、今日ほどこの会社入って良かったと思ったことは無いッスよ! キングオブダンス! あのダンスの神様のコンサート会場巡回するとかマジやべぇッスよ! この人のダンス見てダンサーになろうと決意したようなもんスからね! やべぇヨダレが止まらねぇ」
平松伸隆は子犬のようなあどけない瞳をキラキラさせてメガネを正しながらヨダレを拭い、嬉しさのあまりホワイトボードを叩いて熱弁した。
国光
「へーそう、なんでダンサー目指してるのにディストピア入ったの?」
平松伸隆
「レッスン料稼がないとダメなんスよ。ってか『へーそう』って国光さんキングオブダンス知らないンスか?」
国光
「いや、知ってるけどね。知らない人はいないくらい有名だけどね、ダンスは出来ないから興味はないかな」
ダンスに限らず国光は、平松伸隆ほど何かに熱中するような好きなものは無かった。これほどまでに人を魅了することの出来る存在や、ここまで熱狂できる人を見ると、羨ましく思う。
それは、この先も感情を揺さぶる何かと出会うことは無いのではないかという不安でもあった。ただ、自分が感情を揺さぶられる事が無いとしても、そういう人の思いを大切にし、守ってやりたい。平松伸隆の姿を見て国光はそう思った。
平穏で何事も起こらない退屈な日常こそ、望まれている事なんだと気づく。
国光
「じゃあ、コンサート成功のためにも、安心安全な業務遂行を目指して、しっかり仕事しますか」
平松伸隆
「はい、俺がお願いするのも変ですけど、今回は皆さんよろしくお願いします」
「今回はってなんだよ、毎回じゃなきゃダメだろ」
ほどなくして正社員のコンシェルジュ本間が前室に迎えに来て、いつもと違う雰囲気の中、説明を始めた。
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