アグリーティミー

クライブと別れ、魔力の枷から解放された俺は、鳥の姿でドリーマーズファクトリーへ向かっていた。


「くそったれ!」


俺は悪態をつきながら、それこそフンを撒き散らしながら滑空した。


「くそったれくそったれくそったれ! 気にいらねぇ。何もかもが気にいらねぇよ!」


少なからずディストピアの創立には手を貸したし、お互いが納得出来る距離感を保つため、面倒な契約も結んできた。


それをぶち壊そうとするキールはもちろんのこと、俺をこんな状況に追い込んだクリサスだって気にいらねぇ。


何よりも気にいらねぇのは、パンドラ襲撃を阻止する力が今の俺には無い事だ。


ディストピア最北端、ドリーマーズファクトリーに到着した俺は、フクロウに姿を変えて五感を研ぎ澄ました。


さらに鼻部分だけ、優れた嗅覚を持つゾウに変えて高く掲げる。さすがにすべてを大きなゾウに変えるほどの魔力はまだ無い。


「いた!」


サンドマンの石像の上で、ミシカの居場所を関知した俺は、鼻を元に戻して急行する。


「ミシカ!」


「ティミー! どこに行っていたのよ! 心配したんだから!」


俺が地表に降り立つと、ミシカが猫の姿で飛びついてくるので、はたから見たら狩られたように見えたかもしれない。


「まあ無事に合流できたんだ、ひとまず落ち着け。爪を立てるなよ」


俺は仕方なくミシカを翼で包み込むと、泣き止ませようと尽力した。


「それより大変なのよ! あいつら、ドリーマーズファクトリーで夢を使って悪人たちにメッセージを送ったの!」


思い出したようにミシカが飛び退いて言った。あいかわらず騒々しい。だが、元気そうで何よりだ。


「内容は?」


「魔力の扱い方」


「なるほど最悪のケースだな」


魔法の使えない囚人なら、ただの人だ。管理もラクだし移送もスムーズに出来るだろう。だが、魔法が使えるとなると話は別だ。しかもそれを知らないとなると。


「パンドラの看守たちには知らせたのか」


「それが、夢を送る装置は破壊されて使えないし、魔法でメッセージを送りたくても妨害されてるみたいなの。直接伝えにいこうと思ったんだけど、今ディストピア全域の出入り口が封鎖されてて」


「ウメダとかドリーマーズファクトリーの人間はどうした?」


「……!」


ミシカが口をぎゅっと結んで涙を堪え始めた。俺としたことが余計な質問だった。あいつらが何もせず放っておくはずがない。


「なるほど、生きてはいるのか?」


「氷漬けにされて……あたし逃げるのが精一杯で……何も出来なくて……」


「いい判断だった。無謀にも立ち向かうだけが正解じゃないさ。ところであれはなんだ? 新しいペットか?」


重たそうな鉄球を引きずりながら近付いてくる、果物の王様ドリアンのような生き物について聞いた。


「ドリーマーズファクトリーからずっとついてくるのよ、近づくと爆発するから気をつけて。どうやっても消えないから重しをつけたの」


「なんだ、あの鉄球はオマエがつけたのか。おそらく自動追尾魔法生物だろう。ターゲットが消滅するまで永遠に追い続ける。こいつは運が向いてきたな」


俺は自動追尾魔法生物を魔力の膜で包み込むと、クチバシの部分だけワニのような大きな口に変えて丸ごと飲み込んだ。


「ちょっと大丈夫なの?」


ミシカが心配そうな顔をする。腹の中で何度か爆発が起こり、ゲフッと黒煙を吐き出した。


「よし、ディストピアに侵入するぞ」


「え? 侵入するってどうやって、ディストピアは封鎖されてるのよ?」


「そりゃ正規ルートだろ? 俺たち悪魔には悪魔のやり方ってのがある」


正規の手順は、人間に召喚されて使役するか、魔力も姿形も完全な人間に変換することがある。


ドリーマーズファクトリー同様に、ディストピア全域にも悪魔の力を無効化する結界があるから、本来侵入は出来ない。


俺たちはディストピアの結界前まで移動した。結界の向こう側には、すべてがお菓子で作られたエリアが広がっている。


「準備はいいか? 今からディストピアに攻撃を仕掛ける。おまえは警備の奴らが来たらドリーマーズファクトリーで起こったことを説明するんだ」


「え!? ちょっと待ってよ、ちゃんと全部説明してからにしてよ!」


「そんな時間はないだろう?」


俺は腹の中からクリサスが送り出したと思われる自動追尾魔法生物を吐き出して、結界にぶつけた。


自動追尾魔法生物は結界に捕らわれたまま爆発を繰り返し、1メートルほどの風穴を開けた。


俺はハヤブサに姿を変えると、警備の奴らが来る前に爆発の合間を見て穴をすり抜けディストピアの空を優雅に舞った。


お菓子の国の住人たちは悲鳴を上げることもなく黙々と自動形成されるお菓子を食べ続けている。


平和ボケして満腹という概念のなくなった人間どもは、永遠の味覚を味わうことに夢中で、俺たちのことなんか無関心だ。


せっかくなのでチョコレートで出来た電線をつまみ食いして、カカオと粉乳の香りを楽しみながらパンドラへと急いだ。






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