フレンドシップ

見せかける意味がなくなったので、煙に投影していた上半身裸のいかつい男を消して、とりあえず可愛らしい小さなネズミに姿を変えた。


せっかくの貢ぎ物であるマズそうな料理に手を付けて、少しでも魔力を取り戻す事にする。


「クソまずいな。嫌がらせにもほどがある」


俺はトカゲの手足を食いちぎりながら言った。良く焼けていて、歯ごたえはある。


「経費で落ちる素材は限られているんでな」


味はともかく、食事は魔力を回復するには有効な手段だ。


まず俺たちはお互いに現状を説明して情報を共有した。クライブとは古いつきあいで、何度かディストピアの治安維持に協力した事がある。


確かそのときの報酬は、ルーベンスやフェルメールなど死後も活躍していた画家の作品だった。


人間と悪魔の関わり方について、ちょうど良い距離感を模索し、お互いが納得のいく落とし所に落ち着けたのは、俺たちの功績があったからだと自負している。


それがなければ、いまだに人間は悪魔の絶滅計画を企てていたかもしれない。今もいないとは言い切れないが表だって動いていないことは確かだ。


「じゃあ寝込みを襲われた感じか? モテる男はツラいな」


俺がこんな姿になった経緯を説明すると、クライブは手の平を地面に向けて魔力で木のイスを創造して腰掛けた。


どうやら床は木材らしい。突然何もない場所に無機質なイスを出現させるより、元からある素材を活用した方が魔力の消費は少ない。


「まあそんなとこだな。嫉妬深い人間と関わると、ろくな目に遭わんよ」


「こっちも例の予知夢を受けてパンドラの防衛に手は打ってある。パンドラが占拠されるのは時間の問題だが、すでにもぬけの殻だ」


「なるほど囚人を移送したのか。それでもあの堅城を奪われるのは面白くないだろう?」


俺はヘビとトカゲの黒コゲ焼きを腹におさめると、クライブを改めて観察した。呼び出した理由が情報交換だけでは無いことは分かっている。


穏やかな笑みを浮かべたまま、目を細めて優しい視線を向けてくる。まるで懐かしい級友でも見るかのように。


「ティミー、明星泰造という男の居場所を知らないか?」


「誰なんだそいつは、聞いたこともないな。キールやクリサスを止める手伝いをしろって言うのかと思ったが、違うのか?」


仮にキールとクリサスを止めろと言われても今の状態じゃ厳しい。いまの俺の魔力じゃ逃げることすら難しいだろう。


「キールに罪の意識を植え付け、クリサスを手引きした張本人だ。今回の黒幕と言ってもいい。明星泰造はディストピアで最終的な死者の行き先を決める仕事をしていた。データ化された生前の行いから天国か地獄、もしくはパンドラに収容するかどうかを判断されたすべての死者と面談し、罪を認め悔い改めるか、嘘を重ねるかを見極める重要な仕事だ。明星泰造は第6の目まで持っていたらしい。嘘を見抜くことに長けた男だよ」


「なるほど、夢に出てきた人間の女が天国行きになったのは、そいつが不正をしたからなんだな」


「そうだ。本来身内を裁くなんてありえない事だが、そこもどうやったのか手を回していたらしい。すぐに不正は発覚したんだが、1度下された判決は覆らない。明星泰造は捕らえられ、処分を受けるはずだったんだが……」


「逃げられたのか?」


「死者が生きている人間に手出しをする事は禁止されている。それを逆手に取られた。ディストピアの外に出た人間を探すのも難しい」


「生きている人間がそんな重要なポストに就くとはな、相当優秀だったわけだ。人間界へ行った可能性は?」


「真っ先にその可能性が懸念されて、出入り口は厳重に警備されていた。可能性は低いだろう。もちろん捜索は続けている。ただ、人間界はまだしも魔界は広すぎてな」


クライブは右の眉を持ち上げて、お前なら広い魔界に精通しているだろとでもいうように口の端も持ち上げた。


「俺はこんな状態だからな、協力すると言っても人探しくらいが丁度良いかもしれん。その男が姿を隠していると言っても、キールやクリサスと接触するはず。そう遠くには行っていないだろう」


これでクライブの思惑は見えた。ディストピアを守るためにキールとクリサスの計画を阻止し、元凶である明星泰造を捕らえる。


それに協力しろということだ。


「さて、俺が協力するメリットについて聞こうか」


何度も言うが俺は聖人でもなければ聖者でもない。ディストピアが滅ぼうが悪人がはびころうが、知ったこっちゃない。


「キールの計画は、天国への扉を開き、全ての死者を天国行きにしようというものだ。魔界からディストピアが消え去り、悪魔だけの楽園になればさぞかし自由な世界が待っていることだろう」


「なんだ、人間にとっても俺たちにとっても最高のシナリオじゃないか。なぜ邪魔をするんだ?」


「犠牲が必要だからだよ」


「どういう意味だ?」


「天国への階段は見たことがあるだろう? 悪しき者、邪な考えを持つ者を阻み、清く正しく美しい心を持つ者だけを通す神の結界が張られた扉の先にある」


「ああ、夢にまで見たな。その階段を上る為に偉人たちが集まってバカみたいな実験を繰り返していたのを覚えているよ。結局結界は破れず、人間は諦めてディストピアを作ったんだ」


「その結界を破る方法が判明した」


「なんだって?」


「あの結界には臨界点があり、大量の悪意を継続して与えることによって、結界は決壊する」


「へぇ……わかりやすく言えば、悪人を大量に放り込めば裁ききれなくなってガバガバになるってことか。それでパンドラ襲撃なんだな」


「まあそういうことだ。人道的に許される事じゃない」


「それが俺のメリットと、どんな関係があるんだ? まさかそれを聞いた俺が正義の心にでも目覚めて協力するとでも?」


バカげた話だ。正義なんて言葉ほど曖昧なものはない。まして今回は危険が多く、相応の報酬がみつかるとは思えない。


「ふふ……ティミー。勘違いしないでくれ、俺は協力を求めたくて呼んだんじゃない。そんなこと1度も頼んでないだろう?」


「じゃあどうして俺を呼び出した?」


「知っての通りディストピア滅亡の危機だ。おまえには世話になったからな。最後に話しておきたかったんだ」


「最後? いやらしい言い方をするじゃないか、はっきり言え」


「俺はこれからパンドラの防衛に赴く。命を懸けてディストピアの人間を守らねばならない。わかるだろ?」


「わからんな。人間の考えることはいつだって意味不明だ。簡単に俺の理解を超えていく。この世界じゃ死ぬわけでもあるまいし、命を懸けるの意味が分からん」


「忘れないでくれ。おまえはこれからもずっと魔界にいるだろう? 俺という人間の親友がいたことを。覚えておいてくれ」


まったく、こいつは何を言っているんだか。人間じゃあないんだ、俺が簡単に記憶を失うわけがないだろう。


「じゃあ話はそれだけか、ならもう行くぞ」


「ああ、元気でな」


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