プロテクションマッピング

現世と魔界をつなぐディストピア。中央にそびえ立つのはマスターキングダムと呼ばれる管理施設だ。


時間や角度によって、見える姿が変わる魔法が使われている。俺の第6、7の目を持ってしても真実の姿が見えないほどの強力な魔法で、今はなき偉人どもの遺産だ。


共通してわかるのは、天国でも目指しているのか、はるか上空に最上階がある。いつの時代も人間は高い建物が好きだな。


マスターキングダムの東西南北には4つのメインエリアがあり、それを囲むようにドーナツ型の居住区がある。死後の世界の終わり無き時間を過ごすために、食やファッションなど娯楽施設が多く隣接している。


その周囲に様々な人間が独特のテーマで街を創造している。それぞれの理想を追求した個性あふれる世界観。現世によく似た場所もあれば、品位を疑うような欲望にまみれた地域もある。


最北端にドリーマーファクトリー。反対の南にはディストピアゲートがあり、東には監獄パンドラがある。


俺のいる場所は、西端に位置する街レタリアのゲート前。特徴的なのは昔ながらの手法により悪魔と人間が契約を交わすって部分だ。


生前の人間相手と違って、命を脅かして契約を有利にする方法が通用しない点が、俺たち悪魔にとって実に好ましくない。


「そういや、聞いたか? クリサスの噂」


俺がボタンとして付いているダウグが、相棒のディビーに思い出したように切り出した。


「ええ、なんでも人間と組みしてディストピア転覆を企てているみたいで」


悪魔がディストピアに入国する手段のひとつとして、人間に使役される方法がある。契約を交わし、人間の手伝いをする事で自由に行き来する権利を得るものだ。


面倒なおつかいを押し付けられはするが、人間の生み出す創造物を利用できる。退屈な悪魔の日常に刺激をもたらすメリットと言えるだろう。


人間の創造する芸術作品には、悪魔では生み出せない素晴らしいものが多数ある。ダウグとディビーに理解できる感性が備わっているかは疑わしいが、どうやらアルバートという人間に仕えているようだった。


「噂が本当ならアルバートとの契約を打ち切った方がいい。戦争にかり出されたらたまったもんじゃないからな」


「戦争になるんすかね」


「さあな、なってからじゃ遅いしな。いまの依頼が片付いたら姿を消そう」


いよいよレタリアのゲートが近づいて、俺は人間の張った結界に弾かれてバレてしまわぬよう、袖口からそっと落下した。


こんなザコどもにすら噂が広まっているってことは、あまり時間がない。俺の魔力は、まだカマキリ程度の力しか取り戻せていないが、意識はしっかりしている。


間に合うかわからないが、俺は綿毛に姿を変えると、風に乗って地上よりは比較的安全な空へ舞い上がった。


魔力を回復させる手段としては、想像力を働かせれば無数にあるが、簡単で確実な選択肢なら食事か睡眠だろう。


問題は食事が出来る場所は限られている事と、昆虫レベルの俺に狩猟は難しい。つまり睡眠しか残されていないわけだが、眠っている間は無防備になる。


安眠が妨害されやすい性質だって事実がわかってもらえるだろうか、ご存じの通り眠っていたからクリサスにやられたんだ。魔界で安心して眠る場所を探すのは苦労を伴う。


俺はダウグとディビーが感知できない程度に離れたことを確認すると、蓄えた魔力を動員して、とっておきの隠れ家に移動しようと集中した。


こういうときの為に、たいていの悪魔は秘密の場所を用意してある。


「古の盟約に従いティムエル・ヒューイットをここに召喚する」


「マジかよ! このタイミングでか」


俺が移動しようとすると、頭の中に男の声が響き、身体がひっぱられた。まるで金縛りにあったようで、指すら動かせない。


綿毛の俺に指はないのだが。


目の前に魔力の太い腕が出現し、小さな俺を掴んだ。いや、つまんだ。


空間が歪んで引きずり込まれると、そこは暗い部屋の中だった。カーテンは閉められ、ろうそくの明かりが揺らめいている。


部屋の主が陰気な性格ってわけじゃあない。これは配慮だ。誰だって突然ライトを向けられたらまぶしいだろ?


床には魔法陣が描かれ、お香が焚かれた室内にいくつかの捧げ物が置いてある。


ヘビとトカゲの黒コゲ焼きだ。おえっマズそう。


さすがに綿毛のままじゃ威厳も何もあったもんじゃないので、俺は紫色の煙で円を描きながら自分を隠すと、そこに太い腕を持った上半身裸のいかつい男を投影した。


俺を呼びだしたヤツが正面で腕を組みながら待っている。紺色のローブを羽織ったそいつの顔は、フードのせいでよく見えない。


地獄の底から響くような低い声で演出しながら問いかける。


「この俺様に、何の用だ? 何者だ?」


「久しいな、ティミー。俺だよ、クライブだ」


フードの奥から見知った顔が表れた。彫りの深い目が油断無くこちらを覗いている。トレードマークなのか無精髭は記憶の中のクライブと変わらない。見た目に反して

神経質な男だから、きっと毎朝同じ長さに調節しているんだろう。


「まだ生きていたとはな、元気そうじゃないか。どうしてこんな古臭い手法で呼びだしたんだ? やっかいごとか?」


おおよその見当はついているが、挨拶がてら聞いておいた。


「そっちこそ、ずいぶんとまあ痩せちまって、やっかいごとに巻き込まれているようじゃないか」


するとクライブは綿毛姿の俺を見透かして笑い、新しいタバコに火を付けた。


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