罠めく旅路
劣等生である国光の意見など、聞く耳を持たないのではないか。国光はそんな不安でいっぱいだったが、誰も文句を言わず黙って耳を傾けた。
国光
「まず、さっき添田さんを連れ去ったやつが見えていた人は?」
鈴音と大地、ゴッピが首を振ったが、太陽は国光の質問に驚いた様子で手を挙げた。
太陽
「驚いた、みんな見えてなかったのか」
鈴音
「添田さんは、ひとりで飛んでいったように見えていました。でもそれは違って、何者かに連れ去られたんですね」
添田の安否を心配するように真剣な表情で確認され、国光は神妙な面もちで頷いた。自分に見えるものしか信じない者がいるが、鈴音は見えない物事でも柔軟に受け入れる感性を持っていた。
国光
「そう、典型的な悪魔って感じだった。鳥みたいなやつが近付いてくるって言った時、ゴッピが全然違うところ見てたし、大地さんが化け物? って聞き返していたから、もしかして見えていないのかもって思ったんだ」
太陽
「あの悪魔、俺を見て笑ったんだ。目が合った瞬間、あいつにとって俺が虫けら以下の存在だってことが肌でわかったよ。あの化け物が見えていたなら、不用意に助けに行こうなんて思わないと思うぞ」
太陽の声は震えていた。平然としているように振る舞っていたが、手にはぐっしょり汗をかいているようだった。
大地
「そんな化け物相手に助けに行くって言わなかった? えーと、あんた名前は?」
国光
「ああ、そういえば、お互い自己紹介してなかったな、俺は明星国光」
大地
「俺は天野大地」
太陽
「天野太陽だ」
鈴音
「羽鳥鈴音です」
ゴッピ
「俺の名はゴッピ! 海賊王になる男だ!」
国光
「うぉいっ」
ゴッピ
「ごめん、後藤瑛仁」
ゴッピの小ボケを軽くいなして先を続ける。
国光
「確かに姿は恐ろしかったかもしれないけど、見たことのある目をしていたんだ。それに胸に名札をつけていた。ディストピアで働く人が付ける名札と同じやつ」
太陽
「マジかよ、全然気がつかなかった」
太陽は自分の胸にもある仮の名札に目を落としてから国光を見ると、記憶の中に悪魔の姿を探して、左上の虚空に視線を泳がせた。
国光
「オリエンテーションは、もう始まっていて、俺たちがどうするか見ているんじゃないかと俺は思う」
思い返せば不自然な位置に添田はいた。まるでさらわれることがわかっていたかのように。
クリアファイルの中身も、さほど重要な書類
があったわけではない。わざと落とした可能性がある。
大地
「……だとしても、上司に報告するべきだろ、助けに行くなんて論外だ」
鈴音
「でもこれが本当だったり、ビジターだったとしたら、あたしたちはどうするべきなんでしょうか」
同意を求めて大地がみんなに視線を送ったが、期待していた反応はなかった。
考えさせることが目的だったとしたら、それは成功している。大切なのは過程か結果か。それとも両方か。
ゴッピ
「俺には難しいことはわからねえけど、こういう時は心のコンパスに従うんだ。俺は評価がどうより、添田さんを助けたいって気持ちがデカい」
太陽
「確かに助けたい気持ちはある。でも敵の規模がわからない以上、俺たちだけで救出ってのは現実的じゃあない。そもそも、どこに連れ去られたかだってわかってないんだ」
感情的なゴッピの意見に対して、太陽は冷静に状況を分析した。あまりの鋭い返し刀に、ゴッピは困り顔で国光に助けを求める。
国光
「あれ、見えるか?」
そう言って国光が指した方向には、キラキラと輝く光の粉が点々と続いていた。それは添田が連れ去られながらも残した痕跡だった。
大地
「追跡は可能ってことか」
国光
「さっき太陽さんが言ったとおり……」
太陽
「太陽でいいよ」
さん付けはいらないと太陽が微笑む。いかつい見た目ではあるが、笑った顔は無邪気だ。
国光
「太陽が言ったとおり、相手の勢力がわからない以上、無茶は出来ない。でも気持ちの面では俺もゴッピと同じだよ。正しい答えなんてわからないし、俺は魔力のコントロールすら上手く出来ない。でもみんなは出来るだろ? 報告するにしても、もう少しやれることがあるかもしれない」
太陽
「なんか考えがあるのか?」
国光
「みんなで協力すればなんとかなると思う。ちなみに、霧は出せそう?」
ゴッピ
「霧?」
鈴音
「さっき教わったことの応用で、できるとは思いますけど……」
水蒸気を魔力でコントロールして霧を発生させれば、目くらましになる。
覚えたばかりの環境操作をさっそく利用する計画を国光は提案した。規模は大きいがやることは同じだ。
ただ、落ちこぼれの国光だけは、この作戦に参加できない。
国光
「言い出した俺が見てるだけってのが申し訳ないけど、みんなで添田さんを救出してくれないか? このメンバーならやれると思うんだ」
太陽
「安心しろ国光、俺たちは仲間だ。お前を仲間外れにしたりしないよ。俺たちみんなで添田さんを助けよう!」
イジワルな笑みを浮かべて太陽は言った。その真意が国光にはわからず、この時はただ首を傾げるしかなかった。
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