お見舞いに音楽を
国光たちは、恵美子の入院している市立病院へ来ていた。ロビーには平日にも関わらず、たくさんの人が順番を待っている。
ゴッピ
「病院っつーのは苦手ッスねー、においがダメなんスよね、俺」
桐原
「そうか? 静かだし清潔で俺は好きだな」
国光
「苦手なくせに何でゴッピまで着いて来たんだ?」
ゴッピ
「いいじゃねーか、俺達仲間だろ、例え地獄の果てだって着いていくぜ」
国光
「地獄の果てって、ストーカーじゃないんだから……」
恵美子のいる病室に向かうにつれて、ロビーの騒がしさが嘘のように静かになるので、3人の口数は自然と少なくなった。
室内に入ると、開け放たれたカーテンの向こうから陽光が射し込み、太陽のぬくもりと爽やかな風が、眠っている恵美子の髪をそよがせていた。
看護師は国光達に気付いて「今日は安定しているみたいですので、何かあったら呼んでください」とを外してくれた。
国光は自分のボディバッグから音楽プレーヤーを取り出して言う。
国光
「母さん、新しい曲持ってきたよ」
音楽を聴くのが好きだった恵美子の為に、定期的に訪れては、携帯型音楽プレーヤーを交換していた。
国光
「意識が無くても、耳は聞こえてるみたいで……音楽を聴くと嬉しそうなんですよ」
桐原
「国光が歌った方が良いんじゃないか?」
ゴッピ
「そりゃ良い考えだ! 3人でバンド組みましょうや」
国光&桐原
「だが断る!」
国光としては、恵美子の意識が戻ったとき、安定した仕事に就いて安心させたいと思っていた。
ゴッピ
「ちぇっ! 良い案だと思ったのによ」
桐原
「無事2人とも受かって、仕事にも慣れて余裕ができたら、また考えよう」
機嫌を損ねたゴッピを桐原が優しくさとす。まずは目の前に迫っている面接をクリアすることが先決だ。
大手企業であるディストピアに就職とあれば、親の恵美子としては嬉しい報告のハズである。
だが、現実というのは残酷で、時と場所を選ばず猛威を振るう。良いことも悪いことも、都合などお構い無しだ。
ピーーーーーーーーー
電子音
それは前触れもなく始まった
桐原
「ナースコール!」
真っ先に異変に気付いたのは桐原で、電子音は恵美子の異常を知らせるものだった。
国光は飛び付くように枕元のボタンを押し、いてもたってもいられず廊下に飛び出すと「誰か!」と叫び、走り出していた。
この世界で、恵美子の命を救えるとすれば医者だけだ。だが、その医者が原因がわからないと言う。本当に救える確証などない。
国光
「母さんを救えるなら悪魔でも何でもいい、助けてくれ!」
国光は無力さに打ちのめされ、医者が救ってくれることを願い、すがりつくことしかできない。
その後、恵美子は集中治療室へ連れ出され、看護師から父親に連絡するように告げられた。
国光
「クソッ! 何で出ないんだ!」
何度かけても父親が電話に出ないので、焦りと不安から乱暴な口調になる。
あきらめて桐原とゴッピのもとに引き返すと、ようやく父親から折り返しの連絡がきた。
泰造
「どうした?」
国光
「……母さんが」
泰造
「母さんがどうした?」
国光
「集中治療室に連れていかれた……」
泰造
「そうか……私は行けない。国光、お前が話を聞いてどうするか決めるんだ。出来るな?」
国光
「は? 来れないってどういうことだよ? 母さんがこんな時に何してんだよ! テメーが真っ先に駆けつけねーで誰が駆けつけるって言うんだ!」
桐原
「国光、代わってくれ」
国光では冷静な話しが出来ないと判断した桐原が交替を申し出て、国光はそれに従った。
ゴッピが近くの自動販売機で買った飲み物を国光に差し出して何か言いかけるが、かける言葉が見つからないのか結局黙ったままうつむいて国光の隣に腰を下ろした。
ゴッピ
「こんなとき何を言ったらいいかわかんねーけどよ、元気出せよ」
国光
「俺は元気だよ。元気が必要なのは母さんだ」
ゴッピの言葉に対してトゲのある態度を返してしまい、そんな自分に苛立ち、乱暴にペットボトルを開けると、ひとくち飲んで心を落ち着かせた。
しばらくして電話を終えた桐原が戻ってきて、スマホを国光に返すと深々と頭を下げた。
桐原
「国光、すまない。俺のせいだ」
国光
「何言ってんスか、桐原さんは関係ないッスよ」
桐原
「……親父さんは仕事の都合で来れない。俺もディストピアに戻る」
国光
「……」
桐原
「……恵美子さんの入院費や治療費を稼ぐために仕事を選ぶのも、ひとつの愛情なんだ。親父さんは恵美子さんを大切に思っているよ。わかってあげてくれ」
国光
「……」
頭では仕方の無いことだとわかっていても、気持ちを落ち着けることが、どうしても出来なかった。
国光
「俺は親父を絶対に許さない!」
桐原が帰ったあと、恵美子の容態は安定したが、家族ですら面会謝絶となり、油断を許さない状態となった。
国光は少しでも早くディストピアの面接に合格したい。と強く思うのだった。
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