~メモリアル・ファーム・ホテル - 初デート~

メモリアル・ファームホテルの新サービスとして、簡易キャラクター養成システムが開始された。


正式なサービスは、コンピュータ内のシステムに現実社会の人間の複製を作成して、そのトピアと呼ばれる世界で、虚構の実体験とともに育成して行くシステムであり、複製される本人の容姿や体格、医学的なデータはもとより、性格、趣味嗜好、癖、思想などの個人属性、それにかかわる親や友人といったあらゆるデータが入力され、極力現実社会の本人に近いキャラクターを作りあげ、それを長年の間さまざまなイベントを通して育成して行くため、料金としても莫大な額となっていた。

しかし、もっと手軽にこのシステムを利用したいという要望にこたえてバーチャル・ブレイン・テクノロジー社では簡易的な個人データと容姿、性別を入れて数日間のみ育成する低額サービスを開始した。

このサービスを利用する顧客もまたさまざまであった。

ある音楽学校の学生はトピアに広告を出し、自分のバイオリン演奏の聴衆として聴いてもらうことにより、実際の卒業演奏の準備を行った。

またある心理学者はたくさんの群衆を作成して、そこに未曽有の天変地異を起こし大衆心理のデータを取った。

ある調査会社では、依頼主のスポンサーから依頼された製品をトピアで販売して事前マーケティングやアンケート分析で実績をあげた。

そして今、ある一人の少年が彼の同級生の女の子とデートをしていた。この少年は明後日に迫った現実の彼女と本当の初デートに備えて、そして彼自身女性とデートをするなど初めての経験だったため、このサービスを利用してデートの予行練習をしようと考えたのだ。


ホテルの一室のテーブルを挟んで面談をすることも、仮想的に乗り物や遊園地、海などを作り、現実社会の人間は巨大ディスプレイの外側、トピア側の人間は内側で決してその間を行き来はできないものの、バーチャルな環境を作り出すこともできた。


二人は遊園地の手漕ぎボートに仲良く座り、いろいろ他愛もない会話をしながら楽しいひと時を過ごした。趣味の話、好きな歌手の話、映画の話、学校の話、幼い頃の話。話は途切れることなく、彼のバーチャル初デートは順調に進み、帰りの電車を降りた後は、実際に握ることはできないものの、お互いに手を触れあって夕暮れの中を自宅に帰って行った。


「よし!いい雰囲気だ。今度のデートはこれでバッチリだ。」

彼はそう言うとウキウキしながら帰って行った。


その翌週、その少年はぽつんと家路の途中にある公園のベンチに座っていた。

「ふーっ」

大きなため息をつくと、それにも負けない大きな石を近くの池に思い切り投げ込んだ。

「くそーっ!」

今日の初デートがうまく行かなかったのだ。最初はバーチャルサービスの通りうまく進んでいたが、だんだん雲行きが怪しくなって行った。

最初は昼食の時に、口をクチャクチャ言わせながら食べる彼の癖を嫌がられた。

反対にハンカチを買う時の彼女のわがままにムッとした。

そんな些細なわだかまりがだんだん溜まって行き、帰りの電車ではお互いに口をきくこともなく、ぼんやり流れ去る窓の外の景色に目をさまよわせるだけだった。


やはりバーチャルな世界での理想的な作成物と現実の世界では大きな隔たりがあるようだ。


どうしてもそれに絡み合うお互いの感情は仮想化できるものではないし、人の心とはその時々にうつろうものなのだ。


何にも増して、女性の心を仮想現実の世界に再現する事は到底無理だというものだ。


なぜなら男から見ると、女性の心ほど非現実的な世界を形作っているものはないと思えるから。

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