~メモリアル・ファーム・ホテル - 削除申請~

「チーフ。トピアから削除申請が来ました。」

オペレータの佐藤がチーフに報告にやって来た。

「何?トピアから削除申請?」

チーフは驚いて佐藤に振り向いた。


現実社会と同様のバーチャル世界の中に顧客からの依頼でそれぞれにゆかりのある人物や動物などの様々なキャラクターを作り出し、その世界で実社会と同様の人生経験をさせ、依頼主の顧客とそのキャラクターが面会した時に何の違和感もなく交流できるように育成するのがこのシステムなのだ。

このキャラクターは様々で、夭折した我が子であったり愛する妻であったり、単に心理学上の治験対象であったり、10年来ともに過ごしたペットだったりするのだが、その依頼者の思いを受けてこのバーチャル社会のキャラクタたちもそれぞれの生涯をこの世界で送っているのである。

しかし、社会が出来れば善悪の歪みが生まれいつしかコンピュータ内の社会でも犯罪を犯す者が現われてくる。

現実社会から見ると、その様な犯罪者はすぐに抹殺いや削除してしまえばよいのではあるが、善悪もやはり社会の縮図であり簡単にその様な事は行わない規則になっていた。


しかし、このバーチャル世界をホテルと見立てて運営するバーチャル・ブレイン・テクノロジー社が「トピア」と呼ぶ世界からキャラクターの削除申請が来たのである。

トピア内にある裁判所で下した極刑判決が、外部の現実社会では削除申請として同社のオペレータに通知されるシステムになっている。


「削除申請?被告は一体何をしたんだ?」

チーフは削除申請と一緒に提出された判決文を見て愕然とした。

被告はなんと五人もの人を殺害して遺体を山中に埋め、普段は何食わぬ顔をして慈善活動家の仮面をかぶっていたのである。

チーフは困惑したがこれも通常の手続きとして、早速この死刑犯のキャラクターの依頼主に連絡する事にした。


トピアでは依頼主に断りもなしに削除される事もなければ、キャラクターが依頼者よりも先に不慮の死を遂げることもない仕様になっていたが、トピア裁判所からこの様な判決が下された以上、依頼者に承諾を以って削除せざるを得ない。

やがてこの知らせを聞いた60歳前後の夫婦がバーチャル・ブレイン・テクノロジー社を訪れて、この苦渋の報告を聞いた。

その夫はしばらくうつむいていたが、やがて顔をあげ涙を浮かべてポツリポツリと話し始めた。

「あの子は私たち夫婦にとってかけがえのないひとり息子でした。でも10歳の誕生日を迎える前日に交通事故に会い不慮の死を遂げてしまいました。その子がこんなことをするとは信じがたい。もし、もし私たちがこの手で育てていたら、この様な事は決して起こらなかったはずなのに....」

その夫はそう言うと妻を見て絶句してしまった。

チーフはそんな男性の様子を見ながら、口を押し開いた。

「この様な場合、皆さんそうおっしゃいます。しかし逆の場合だってあるのです。実社会では極悪人となってしまっても、トピアのそのキャラクターはみんなの尊敬を集める人物であったりとか。トピアから削除申請が来た以上実施せざるを得ません。」

それを聞き妻は無念の気持ちを抑えながら最後の頼みを口にした。

「最後に面会はさせてくれるのですか?実はここ3年ばかり会っていなかったのですが、昔はよく息子のやっている活動の話を聞かせてくれてそんな様子は一切なかったのに、本人に会って直接確かめなければ気がおさまりません。」


こうして3年ぶりの親子の再会を果たした夫婦は、面会室を出て来て静かに言った。

「間違いないそうです。私たちの知らない息子があの世界には生きていたんです。誰にも、親にでさえ素顔を見せない仮面をかぶった息子があの世界で生きていたのです。」


しばらくして夫は言った。


「私に削除させていただけますか?」


チーフはきっぱりと言った。


「それはできません。最初の契約の時にご説明していると思いますが、いくら虚構の世界の人間だからといって、それを削除した事実はそれをした者を一生苦しめる事になります。わが社ではただ単に申請に対して承認を行うのみで、実際の刑はトピア社会に一任される形になります。あくまでもそれはシステム上の表向きの仕組みではありますが。」


それを聞いてその夫婦は肩を落として朝から降り続く冷たい雨の中に消えて行った。

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