~メモリアル・ファーム・ホテル - 虚構の住人~

イナムラヒロシに初恋イベント発生

シチュエーション

場所:中学校の教室

学年:2年生

状況:女生徒名タナカシズカ、イギリスより帰国子女として編入


ヒロシはときめく心と半分あきらめた気持ちを抱きながら、帰国子女として編入してきた少女のさわやかな笑顔と聡明な瞳としなやかな長い髪と可愛く引き締まったピンクの唇を見つめた。

タナカシズカ十六歳。帰国子女のため一年ほど学年がずれてしまい、一歳年上の飛び切りの美少女だった。ヒロシは到底自分には不釣り合いな高根の花だとは思いつつ、彼女を見ると思春期の少年にはもうたまらず、ついついじっと見つめてしまうのだった。

担任はヒロシの隣の空いた席を指さして席に着くように彼女に伝え、早速英語の授業の準備を始めた。シズカは少し緊張した面持ちで机の間を進み、ヒロシの隣の席に腰かけようとした。

その時。

ガチャン。

激しい音がした。

ヒロシの筆箱が床に落ち、中身が散乱していた。

「あっ、ごめんなさい。」

彼女は慌ててしゃがみ、ヒロシの筆箱の中身を拾い集め始めた。ヒロシの鼻の先で彼女の長い髪が何とも言えない甘い香りを漂わせた。

「ああ、いいよ。」

ヒロシは急いで自分も席を降りると一緒に拾い始めた。そして、最後の消しゴムを拾おうとしたとき、彼女の細い指が彼の指と重なった。

ヒロシはとっさに手を引っ込めた。彼女の頬もほんのり紅色になっていた。

「あっ、ありがとう。」

ヒロシが右の手のひらを上に差し出すと、彼女はそっとその上に消しゴムを乗せてくれた。

その時もかすかに彼女の指先を感じ、それだけでもうれしかった。

それから二人ともそれぞれの席について、一時間目の英語の授業が始まった。

しかし、ヒロシの心は教室の中を風に飛ばされた風船のように漂い、先ほどのアクシデントが頭の中で何度も再生されていた。

ヒロシの筆箱をひっかけて落としてしまった彼女のスカートにも、うまく引っかかって落ちてくれた筆箱にも感謝せずにはいられなかった。

「ヒロシ、ヒロシ、ヒロシ!!」

鋭い声が突如彼のこの思いを断ち切った。担任教師の怖い視線がヒロシを睨みつけていた。

「こらヒロシ、お前目を開けたまま眠ってるのか?」

ヒロシは我に返り級友の顔を見回した。級友たちはニヤニヤ笑いながらヒロシの顔を見ていた。

「あっ、あっ、すみません先生。ぼーっとして聞き逃しました。」

ふと隣を見るとシズカは心配そうな表情でヒロシを見つめていた。

「まったく、お前はいつもこうだ。もういい。答えはイギリスから帰って来たばかりの隣のタナカに教えてもらえ。」

教室中が笑いに包まれた。

ヒロシも思わずうれしくてついつい笑ってしまうのだった。


ヒロシはドアをノックして部屋に入ると、部屋の向こう側で息子を待ちわびる両親の顔がパッと明るくなるのが分かった。

「ヒロシ、元気そうで安心したわ?最近どう、元気で学校行ってる?」

矢継ぎ早の母親の質問にヒロシは少し戸惑いながらも笑顔で答えた。

「うん楽しいよ母さん。俺さあ、あのお、俺、俺さあ、彼女が出来たんだ」

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